オウチカイダン(12/22更新)

狂言巡

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番外編 空き家

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 ある空き家の清掃と喚起を頼まれた。庭の隅に枯れ井戸があるが、何もしなくていいと言われた。まさか心霊物件じゃないだろうなと不謹慎に胸を高鳴らせて家に行ったが異変は起きず、庭でゴミ袋を纏めていると、あーんあーんと井戸から泣き声が聞こえた。

「ぱぱぁたすけてぇ」

 娘は嫁の実家から近い市民プールに行ったはずだ。嫌な予感がして嫁に連絡を取ると、集団食中毒にかかり、病院に担ぎ込まれたらしい。後で管理している親戚にそれとなく井戸の話を振ってみた。

「お前さんは善い人だから聞こえたんだ」
「悪い人間には聞こえない?」
「さぁ、そういうのは大体身投げしてるからわかんないなぁ」





 犬と散歩中の人間は脅かさない空き家の地縛霊達。ウンコを持って帰らない場合は鮮やかなフォームで投げ付ける。





 「回想中」という紙が貼られた空き家はよく通行人が立ち止まる。泣いたり微笑んでいるのは問題ないが、怒りながら入っていこうとする人には蛙を投げつけるのが一番効果があったらしいが、大抵間に合わない。





 買い手のつかない空き家から、とても楽しそうなはしゃぎ声が聞こえてくる。雨降って地固まるだね、できれば生きてる内に和解して欲しかったけど。





「帰ってきておくれ」

 手付かずの空家から老婆の嘆きの声が聞こえる。専制君主を気取り、夫や息子、嫁に孫から絶縁されて孤独死したという。一歩でも敷地に入れば怒鳴り散らしてくるため、煩いと思っても憐れむ者はいない。





 子供が住んでいた記録はない空き家では、家の中に入ろうとする小さな足跡が現れるらしい。季節を問わず、みんな裸足だそうだ。





 『葬式の家』と呼ばれる空き家がある。夏の夜間だけ、鯨幕も提灯もないが、黒い服を着た何者かが行列をなしているからだ。今のところ騒ぐ訳でも何かの凶事の前触れでもないので、近隣住民は静観している。





 煙草の不始末で半分以上焼けた空き家から、上機嫌な女性の声がする。モラハラと嫁イビリに耐えきれず夜逃げした若奥さんの声らしい。姑は家と共に真っ黒焦げ、息子は病院で意識不明。もう、尊厳を踏みにじられる事はない。





「チラシ、ビラ、大歓迎」と玄関扉に張り紙がされた空き家が存在すると聞く。扉に備え付けられた郵便受けに紙を入れると、乾いた咀嚼音がする。近隣住民には大不評だ。月に一度か二度、玄関に紙を圧縮して卵の形にした物が置かれるから。冬でもそれに触ると人肌の温かさが残っているらしい。





 テレビをつけると陶器に関する番組だった。

「俺、甕って漢字見ないで書けるよ」
「すごいじゃん」
「隣の家が甕さんで覚えた」
「変わった苗字だな」
「まー母ちゃんが勝手につけたんだけどな。空き家にいつの間にか住んでた」
「え、ホームレスさん?」
「さーな。甕をずっと頭に被ってて、手足がたまに増えてて蛸みたいだったよ。ビビりの犬と人見知り激しい妹が懐いてたから悪いもんじゃなかったんだろうな」





 転勤一家の僕に幼馴染みなんて無縁だ。それでも二十数年の人生の中で一番長く住んだ街にあった空き家を勝手に幼馴染の家にしていた。数年後、妹が結婚で引っ越したので挨拶がてらその家にも訪れる。最早廃墟というに相応しい荒廃ぶり。ガタンとつっかえ棒のような倒木を押しのけるように、玄関が中から開かれ、白くて長い手が手招きしてきた。





 窓から見える空き家の庭には、焼け爛れたナニカがいる。家に入る動きもあるので住んでいるのだろう。子供を刺し、首を吊った心中と聞いていたのだが。





 少し昔、娘にピアノを習わせたいがピアノを買う金も習い事へ行かせる金もない母親は廃材でピアノと独学で楽譜を見様見真似で作り、教えた。空き家になった今でもドレミファソラシドを繰り返す女の声がするのはその名残だ。
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