おかしなふたり(5/14更新)

狂言巡

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少し未来/確約

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「可愛い、可愛い。渚さんは本当に可愛いですね」

 小さい頃は両親や弟相手に、おふさげの一環で頬にキスくらいはしていた気がする。そんな事を何とは無しに思い出しながら、旋毛に鼻先を埋めて抱きしめるばかりの高野をチラリと見上げた。猛獣を思わせる鋭い切れ長の瞳が、優しげに細められる。

「……コーヤは次の誕生日にうちをお嫁さんにするん?」
「そうですよ」

 ふとした時に聞こえる周囲の大人達の潜めた声は、当然彼女の耳にも届いていた。同級生達はまさかと一笑に付したけれど、彼女は笑って流す事はできなかった。いや、自分だけではない。緑の瞳が美しい同級生も同じだったのだろう、何かあったら即相談だぞと珍しく上から目線でなく声を潜めて言われた。高野の、迷いのない答えに妙に納得する。だって高野と暮らすようになって数年経った頃から、彼が未来の夫であると言われて育ってきたのだ。いつか来ると言われ続けたものが、目の前にやって来ただけの事である。

「説得というか、催促というか、少し時間はかかりましたけどね。まあ問題ないですよ。嬉しいんです、渚さんはあっという間に綺麗になってらっしゃいますからね。正直気が気じゃなくて」
「……新宮君のこと?」
「流石渚さん、賢い子に育って嬉しいです」
「そんなんとちゃうもん……」
「当事者よりも周りが先に気づくなんて往々にしてある事ですよ」

 頬と頬が擦り合わされる。珍しい。いつもはハグで終わるのに。手を伸ばしてそっと髪を撫でれば、高野が心地良さげに息を潜めた。体の触れた部分が、少し熱い気がする。

「渚さんは俺のお嫁さんになるの、嫌ですか?」
「いやちゃうよ。コーヤのお嫁さんになりたい、ずっと一緒におるの」
「うん、そっか。じゃあ末永くよろしくお願いしますね、俺のお嫁さん。――やる事やるのは、少し先になるけど」

 低い声で言った意味が理解わからず渚は首を傾げる。その辺りは考えなくていいのだと、額を合わせてぐりぐりと押し当てれば彼女は底抜けに明るい声で笑った。そう、それでいい。高野はかつて愛した女性の転生体をうっとりと見つめた。もう少し、もう少し……まだ我慢。

「渚さんはどんな指輪をつけてみたいですか? 今度探しに行きましょうか」
「お出かけ? うん、行きたい。楽しみやなぁ」

 高野の無骨な手が、少女の二回りは小さい左手を捕まえた。その四番目を撫でる高野の表情に彼女は気づかない。堪えの効かない高野の唇が、偶然を装って彼女の首筋を静かに掠めるのだった。
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