惑溺アゴーギク(1/7更新)

業突く張り

　諦め続けたものを今更になって欲しいと、願ってしまったのだ。彼女とのセックスはもう何度数えたか判らない。それ程まで愛の睦を交わしているというのに、ドロップという女が自分のモノになったという実感がまるで掴めなかった。ガマズミは神を信じていない。信じられるのは己だけだ。そうやってガマズミは一人で孤独に、血を血で洗う闘争を必死で生き繋いできた。
　それなのにふとした契機でドロップという女が現れた途端、ガマズミは生まれ変わってしまった。初めて出会う感情は名前が見当たらず、右往左往とするしか出来ない。他の者には有り触れたものだったかもしれないが、ガマズミにとっては異常な日常に身を置かせたのだ。ドロップの心は、ガマズミが求める形をしていないだろう。それでも、それでも。無いものねだりをしてしまう、子供のような心をむずむずと湧き起こしてくれたのは、見まごう事なくこの目の前の女なのだ。
　浴室と寝室で散々セックスをし通した夜はとっぷりと更けていて、ガマズミは手探りで枕元に置いたスタンドライトの灯りを付ける。ぼんやりとした橙の光に照らされた彼女は、いつものように一糸まとわぬままぐったりと身を転がしていた。
　ぽつりと浮かんで充血した乳首と白い肌に歯型やキスマークが映えるのが楽しくて、ベタついた手を用意しておいた濡れたタオルで拭い、ドロップの躰を清めてゆく。彼女はもう何も抵抗する気力がないのか、されるがままに身を任せていた。それが尚更愛おしくて、ガマズミの唇は釣り上がる。愛玩動物を飼っているようでもあり、最上の恋人を手に入れたようでもある。

「私は君を愛する事で！」

　至近距離で声を荒らげたガマズミに、今にも眠ってしまいそうだったドロップの意識が覚醒する。途端に大人に叱られた子供のような顔をした男は、ドロップに縋りついた。

「……どこにでもいる、まっとうな人間ヒトに戻れたと思ったのに……」

　剥き出しの背中に、布の感触が滑る。ドロップが着込んだ服の袖口がガマズミの背中を辿り、まるで赤子を眠らせるように肌を叩いていた。

「ガマズミさんのしたい事には好きなだけ付き合いますから」

　それはこの恋愛カンケイを続けるという、暗黙の了解だった。尚もドロップは言葉を続けた。残酷で、美しい言葉を。

「貴方は、可哀想な人間でしかないのですね」

　その途端にガマズミは、こんな犯罪者に情を向けてくれるドロップという人間を一層愛おしいと思った。