藤の食卓

狂言巡

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お祭りフード

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 釣られた提灯、並んだ屋台、賑やかな声が交わされる人の群れ。

「夏といえばやっぱオマツリだろ」

 地元の祭だからそこまで混んでいないだろうと思っていたら、例年にない大盛況だ。屋台を出している側からすれば嬉しい悲鳴というヤツだろうか。

「ミノくん、それ似合ってる」

 祭! と大きく書かれた団扇を腰に挿し、頭にハチマキを巻いた富徳を、紫がフランクフルトを食べながら指差した。

「だろ! じーちゃんに貰ったんだ」

 甚平は動きやすくていい。着替えるのメンドクセというのが本音だったが、雰囲気は重要だと母親に言われてしぶしぶ着替えて来た。それはともかく、身嗜みは完璧だがお洒落にあまり興味の無い紫が浴衣を着て来てくれたのは予想外だった。薄水色の浴衣に金魚の模様が入っている。いかにも紫が選びそうな柄だ。

「面倒くさがりなお前が、よくそんな面倒くさいもん着て来たなあ」
「ママとおばあちゃんがやってくれた」

 髪型もいつもよりやたらと派手にキメていると思ったら、なるほど。過保護者組パパとシスコンを出し抜いて、紫のいつもと違うこんな姿を見られた事に対しては、今度礼をしないとな。

「いいじゃん。可愛い」
「……そう」

 可愛いからせっかく誉めてやったのに、顔の一つでも赤らめたらどうなんだ。デートなんだから塩対応は寂しいぞ。まあドンカンムスメにそんな事を要求する方が間違っているのか。紫は富徳の誉め言葉よりフランクフルトに夢中なようだ。花より団子、女子ならそこは花より男子にチェンジしてほしいのだが。

「あ、もうすぐ花火の時間だぜ」
「そうだね」

 少し、紫の気持ちが食べ物から花火に揺らいだ。目を見ればすぐ判る。

「いい場所、見つけておいたんだ。行こう」

 紫の手を握ると、人にぶつかりながら人ごみを抜けていく。腰に挿した団扇が抜けていないか心配だ。

「あったあった、」

 神社の境内と下の祭がやっている道を繋ぐ石段。ほとんどのヤツは花火を境内ではなく近所の川で見ようとするから、ここは意外に空いているのだ。石段の一つに腰を下ろすと、隣に紫が座った。彼女は食べるのが遅いので、手にはまだフランクフルト半分以上残っている。

「よく見つけたねえ」
「だろ! 彼氏っぽいだろ!」

 お手柄だと言わんばかりに目を輝かせている富徳に、紫は背伸びして頭を撫でてきた。まるで獲物を拾ってきた犬のようだと。せめて狼にしてくれ。

「フランクフルト、うまいか」
「……うん、食べる?」
「いや俺が食べたら、一口がでかいからユカの分が無くなるぞ」
「……別にいいけど」

 ぐいとつき出されたウィンナー。小さな歯形は紫のものだ。それならと遠慮なくガブリと一かみ。ケチャップが口いっぱいに広がる。

「うまいな」

 口についたケチャップを拭った時だった。
 ――ひゅるる、どん。
 花火が光り、数秒遅れて音が鳴る。

「始まった!」

 次次といろんな色の花火が上がっては、遅れてドドンと音が鳴り、また新しい花火が打ち上がる。

「……綺麗」

 横でぽそりと紫が呟いたが、その時富徳は花火を見ていたので、彼女がどんな顔をしていたのかは判らなかった。
 どん!
 一際、大きな花火が上がった。どうやらラストらしい。大きな花火を最後に打ち上げ、花火大会は終了した。

「あー、終わっちゃったな」

 楽しみにしていた大きなイベントが終わった後は、終わってしまったという虚しさがしみじみ込み上げるものがある。今、まさにそれだ。隣の紫を見やると、流石に食べ終え石段から立ち上がったところだった。

「ユカ、俺んち泊まりにこいよ」
「……大丈夫だけど、どうしたの」
「もっと、イチャイチャしたくなった」
「っ!」

 祭が終わった虚しさと、富徳は部活、紫は習い事が忙しくてまた暫らく二人きりで会えない寂しさが込み上げて、どうにもならなくなって、急に紫とアレコレしたくなった。

「ッ、みの、くん……」

 おっと、さっきは可愛いと誉めてもフランクフルトに夢中で変化がなかった顔が、今はどうだ。赤くなっているじゃないか、こんなに暗くても判る程に。

「はは、ユカってほんと可愛いな」

 そう言うと更に顔を赤らめ、固まってしまった。どうやらさっきの「可愛い」よりは言われて恥ずかしいらしい。さて、持ち帰りやすいようにいい感じに固まった手土産カノジョの手を引いて、明後日まで誰もいない家に帰るとしよう。
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