その奇蹟に喝采を2(12/26編集)

狂言巡

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八森蛍の誕生日

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「えー、それではやっとこさ大人の仲間入りを果たした八森蛍やもりほたるサンのお祝いを始めたいと思いまっす。おめでとう、取りあえず乾杯!」
「かんぱーい」

 本堂キースのふざけすぎず厳かすぎない緩めな挨拶によって、飲み会が始まった。促されるままに控え目に席が近い蛍や土竜どりゅうきららとグラスを交わす。かちんと音が控えめに響く。
 久し振りに集合した知己達の表情は、伸び伸びとしている。主役の蛍も本当に嬉しそうな顔をしていて、ここに『例の元凶アレ』が来なくて本当によかったと羽衣石誠はごろもせきせいは思った。

「それにしてもすげー店だな」
「そうね。何だか夢のよう」
「蛍さんに気に入ってもらえたなら良かったですよ」

 ビールを煽りながら嘉麻霧子かまきりこが呟き、蛍が賛同する。その様子が微笑ましい。どうせなら、というかせっかくだからというか。皆に寛いでもらいたいし、いい思い出として残したい。完全個室のこの場所は高層ビル内にある飲食店のVIPルーム。石誠はこの店を何度か利用させてもらっている、いわゆる『常連』である。自分の家の名も手伝ってそこそこ融通が利く。ここで友人の誕生日を祝いたいと申し出ると快く開けてくれたのだ。
 幹事はキースだったが、プロデュースは完全に石誠だ。ある程度話は進んでいたようだったが、ゆっくりできるいい店があると口にし、予約もさっさと取ってしまえば誰からも反対の声は上がらなかった。

「つか八森さん、何飲んでんの?」
「烏龍ハイ」
「何だよ蛍、ビール飲まねえの?」

 蛍のグラスの中身が周りと明らかに違う色をしていたのに気付いたのか、キースが目敏く質問する。あっという間に二杯目を飲み乾した霧子も気になったようで会話に混ざった。

「ビールの味は好きじゃない、炭酸だし」
「ぶはっ! あいかわらずおこちゃまじただな!」
「……五月蠅いな」
「そういえば炭酸飲めないんだっけ?」

 中学時代、さんざん繰り返しからかったネタをここでも持ち出す霧子に、思わず石誠は苦笑する。だが、朴代燕ほおじろつばめがすぐにフォローに入る。流石相棒。
 ここにいるメンバーの大半は、ビールを手にしている。だが、例外というのはどこにでもあるものだ。蛍はもちろんの事、きららもビールは飲まないので最初から違う物を手にしているし、気難しい割に場に合わせる事が多い黒猫は一杯目はビールだが、二杯目からはカルーアに変わる。因みに石誠もこの後は日本酒を頂く予定だ。

「あたしもビールきらーい。苦いしまずいしー。一緒だねー」
「そういうきららは何を飲んでいる」
「カシスオレンジ。甘くて美味しいよ?」
「女子か!」
「女子だよ、君も」

 ここできららも会話に混ざり出す。黒猫もようやくきららのドリンクが全く違う物だと気付いたようだ。色所かグラスの形状さえも違う飲み物が何かを尋ねると、スタンダードなカクテル。霧子はすかさず突っ込む。

「まあ仲間内なんだから何でも有りですよ。蛍さんも似たようなものですし」
「そうなの?」
「サワーも炭酸だから苦手。飲める物となれば基本的にはカクテル。特にミルク系のカクテルと蜂蜜梅酒のロックがお好みのようで」
「ほーんと石誠くんって何でも知ってるよねー」

 思わずこの間の事を思い出し、石誠の顔が少し弛緩してしまう。蛍も酔ってしまった事(本人曰く失態らしい)を思い出して、ほんの少し赤くなっていた。まったりと酒を飲みつつお通しを口に運ぶ。
 一時間も経てば、全員ほろ酔い状態で。アルコールに慣れるほど普段から飲んでいるわけではないので、まあこうなるだろうなと予想の範囲内だ。親しい間柄なので、気兼ねする事もない。蛍が二杯目を飲みたいと言ったので前回お気に召していた蜂蜜梅酒のロックを渡すと、ちびちびと美味しそうに飲みだした。

「そーいや蛍ちゃん、恵永くんと別れるってマジ話なのー?」

 和やかだった空気が、きららの一言で変わる。ここにいるメンバーは、蛍から直にその話を聞いているので、知ってはいるものの、どう触れるべきか考えていたのだろう。特に黒猫はこの場に不釣り合いな話題だと感じたのか、きららを咎めるように睨みを利かせる。だが、蛍が淡く笑みを浮かべて首を横に振った。渋々、黒猫は引き下がる。

「本当。でも、まだ本人に告げていないけど。元旦以来会ってないから」
「は? まじかよ」
「まじ」

 何て事ないように答えられて、キースが驚きを顕わにする。霧子も顔を顰めつつ突っ込むが、蛍は至って冷静だ。それどころか気になるなら何を聞いてくれてもいいと言い出す。

「クリスマスとかはサークルでやったじゃん? 獅子クンとはどうだったのよ?」
「何それ。ずるーい」
「ここ一年、お祝い事は一緒にやってないね。因みに恵永くんの誕生日も彼は仕事だと言っていたよ」

 その了解を得たキースが、蛍に質問を投げかけた。クリスマスの件は、石誠も知っている。恵永本人に確認を取った上、蛍からも聞いていたから。けれどそれを知らなかったきららは不服そうに頬を膨らませ、不満を口にする。

「じゃー自分の誕生日は何してたのー?」
「石誠くんのお宅でアルバイト」
「八森さん、今何のバイトしてんだっけ?」

 誕生日にもバイトとかどんだけだよとか思ったが、そういやバイトって何してんだろとキースは首を傾げた。しかも個人宅って。黒猫と燕はもう知って居るようだが、他の面子が興味津津といった感じだ。

「なんて言えばいいのかな。本の整理というか、片付け?」
「そうですね。私の家と言っても、今住んでるマンションではなく、実家です。何度か蛍さんは家に来ていて、いつだったでしょうか。祖父の資料室が整理されずにそのまま残っているという話をしたらずいぶんと興味を持ってくれましてね。とても案内できる状態ではないと言ったら、じゃあ私が片付けるからって」

 蛍のざっくりすぎる説明に石誠が補足する。彼も気分がよさそうだが、別段酔っている感じではなさそうなので、雰囲気に酔っているというか、テンションが上がっているのだろう。更に足される蛍の説明。

「私としては貴重な昔の書物とかを拝見したくて。なら片づけるってそれくらいのノリだったんだけど、石誠さんのお母さんにタダでやらせるわけにはいかないと言われてしまって」

「へー、成る程」

 蛍自身、アルバイト代を貰うことに少し遠慮を覚えているようだ。

「じゃあ羽衣クンのいない家で寂しく過ごしたって事か?」
「違う」

 蛍は赤味が差した頬を横に振って、やんわり否定をする。

「大抵私が石誠くんの家にお邪魔する時は彼が帰ってきてくれてる。人様の家にずっと居るのは流石に気まずいし。なので誕生日も石誠くんに言われて思い出した」
「自分の事なのに忘れてたのかよ」
「そうだね、そういえばそうだったって。石誠くんに突然ケーキを食べるかと聞かれて、頂きますって答えたら、誕生日おめでとうって」

 そこでようやく気付いたらしい。彼女らしいといえばそうだ。ざっくりとした説明に、全員が苦笑する。あの時は本当に、自分が言わなければ忘れていただろうなと石誠はしみじみ思い返した。まあそんなこんなで酒を嗜みつつお互いの近況を報告しあった。
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