その奇蹟に喝采を2(12/26編集)

狂言巡

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夏野原ざくろの誕生日

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 生まれてこさせてくれてアリガトウ、いつか自然に口に出せる日まで。





 絶え間なく鳴り響くメールの着信音。先輩から、友人から、後輩からの誕生日を祝うメール。

『Happy Birthday Dear Friend!』

 ハイテンションで絵文字を大量に使ったメールは、青嵐チャンからだ。チェーンメールみたい。というか、こういう時に限ってみんなLINE使わないわけ? スタンプ送信ポチッですむのに。返事を返すのも億劫で、携帯を一旦閉じて放り投げた。

「なんか今日妙にお前の電話鳴るな」

 隣で眉を顰める春波は、雑誌から目を離してあたしを見ていた。

「あー……今日、あたし誕生日だからぁ」

 なんか、説明するのもかったるい。

「誰のだ」
「あたしのぉ」
「そうかよ」
「言わないのぉ? オメデトウってぇ」
「言って欲しいのか?」
「ぜーんぜん」
「ならいいじゃねぇか」

 春波はまた雑誌に目を戻す。あたしは窓から空を見る。
 一体何がオメデタイ事なのか。一体何が喜ばしい事なのか。
 あたしが何も選ぶ事なく生まれてきて。何も考えずに生きて、でも歳はきちんと重ねて。
 それで何がめでたいというのか。どこが喜ばしいというのか。

「生まれてきてくれてアリガトウ」

 陳腐な恋愛ドラマの台詞。
 生まれる、生まれないは、本人が選んだ事じゃない。
 だからそれは本人に言う事じゃない。
 強いて言うならば、母親に向けるべきだろう。
 生む、生まないの判断。決めたのは母親と父親、出したのは母親。
 苦労してここまで育てたのも母親と周りの大人で。
 あたしは何処にも絡んでいない。あたしは何も苦しい思いなんてしていない。
 ただマヌケ面さらして股の間から出てきて、特に死ぬような目に遭わずにここまで成長しただけ。
 春波の手から雑誌を取り上げて、遠くへ放り投げる。
 スペースの空いたその膝の上に寝転がった。

「何なんだ、テメェ」

 不満丸出しの春波の顔を両手で引き寄せる。唇は渇いた音を立ててすぐ離れた。

「貴重な誕生日のあたしの時間をアンタにあげるよぉ」
「……別にいらねぇ、……つか全然必要ねぇ」
「シャラーップ! いいから貰っときなってぇ」
「……つまりヒマなんだな、テメー」
「バレちゃったぁ?」

 そう、ヒマなんだ。だらだらと続く、夏休み中の一日。誕生日だからって、何も変わる事無い時間。

「仕方ねぇから構ってやるよ」

 冷たいフローリングの床も、肩ごしに見上げる天井も、あたしに触れる体温の低い手も、いつも通りで。ただ、珍しく悪意も敵意も出していない表情だけが違う。

「俺からの誕生日プレゼントだ」
「普通逆じゃなぁい?」

 その首に絡めた腕に、そっと口付けてきたりするから

「いいから受け取れ」
「あざぁっすっ」

 どうしたらいいか解らなくなって、抱きついて顔を隠した。
 春波がいつもより優しく感じるのは誕生日だから。
 その心境の変化に気付きたくないあたしは、打算的な演技をした。携帯はまだ鳴っているが、どうせ明後日は登校日だから問題ないだろう。
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