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雪城白雪の誕生日(R-15)
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雨だって、嵐だって、雷が響いたって、貴方が居れば其処は――。
「あ……」
腕の中の彼女から漏れた呟きに、半分沈んでいた意識が呼び戻される。俗に言う『高級ホテル』のスィートルームの灯りを最低限まで落とした寝室に、愛しい相手と二人きり。
「どうしました?」
離し難くて拘束する腕の力を強くしながら問えば、何とも色っぽい吐息が生まれる。もっとして、まるで請うかのように、確か眠ってしまう前まではこちらを向いていたはずの彼女の、今僕の目に入る可愛らしい耳朶をそっと噛む。身じろぎをした彼女の代わりに、キングサイズのベッドか微かな悲鳴を上げた。
「白雪ちゃん」
静かな静かな部屋に、僕が彼女を呼ぶ声が響いた。初めてその名を聞いた時、健全な精神が健全な肉体に宿ると言うように、美しい生物にはそれに見合った美しい名前が与えられるのだと感じ入ったのを思い出す。
「クリスさん……」
普段より弛緩した、甘えた声音。
「どうしました……?」
「……雨が、降ってる……」
吐息混じりと言うよりは、ほとんど溜め息のような彼女の言葉に窓を見る。しかし残念ながら、外には輝く夜景が広がるのみであり。僕には雨音はおろか、窓硝子に伝う線さえも発見出来ない。
「……僕には、確認出来ませんが」
「……ん、」
身を捩り、彼女はこちらを向く。僕のちょうど顎の下に、愛しい頭部が在るのだが、彼女は體を上へと引き摺りながら少し充血し潤んだ碧眼をこちらに遣る。
「クリスさん……雨の、」
「はい?」
「雨の匂いがする」
「……雨の、匂い?」
深呼吸をしてみるが、僕と同じ彼女のシャンプーの香りしか感じられない。
「……参りましたね」
「……え?」
「君は本当に、感受性が豊かなんですね」
「……んー……」
苦笑混じりに話してみれば。案の定、彼女は頭を離し、困ったような、喜んでいるような、複雑な表情を見せた。急に愛おしくなり、目の前の額に口付けてみる。
「……クリスさん」
「何でしょう」
「……私は、特別感受性が強いわけでも、敏感なわけでもないんだけど……でも、」
「でも?」
柔らかい射干玉色の髪を指で梳き、先を促す。
「…………」
「ちゃん聞いてますよ?」
「……クリスさん」
「何ですか」
「……の、せいだから」
「はい?」
「ん……クリスさんと、居ると……」
「……はい」
「時間の、流れる速さが変わって……感覚が、研ぎ澄まされて……」
「寝呆けているのでしょう」
「雨の音とか……夜明けの瞬間、とか……」
「もう、寝てしまいなさい」
「……まだ、言い終わってない……雨の音とか、夜明けが、わかるようになる……クリスさんのせいで」
「……白雪ちゃん」
うっとりと譫言のように呟く彼女を、僕は時おり持て余す。あまりにも美しいこの子を、愛さずにいられる人間が居るのならば連れてきてもらいたい。そして彼女がどんな素晴らしい存在かを散々自慢してやるのだ。
「私、おかしいかな……」
「白雪ちゃん」
「はい、」
「……何とも風変わりで素敵な告白を、どうもありがとうございます。こちらの方がプレゼントを貰ってしまいましたよ」
「どういう意味……?」
「また、明日まで。おやすみなさい」
「はい……」
もう一度額に接吻単語を落とし、包み込むように抱いてやれば。腕の中の彼女は、夢の中へまっしぐら。
「……ああ、最後に、一つ」
「……はぃ?」
僕も一度寝るとしよう、明日はモーニングコールを頼んである。当日に逢う事すら出来なかった罪滅ぼしに、今日は飽きるほど言ったけれど。最後に、もう一度。
「……お誕生日おめでとうございます」
来年からは、その日に直接祝えるように。
「あ……」
腕の中の彼女から漏れた呟きに、半分沈んでいた意識が呼び戻される。俗に言う『高級ホテル』のスィートルームの灯りを最低限まで落とした寝室に、愛しい相手と二人きり。
「どうしました?」
離し難くて拘束する腕の力を強くしながら問えば、何とも色っぽい吐息が生まれる。もっとして、まるで請うかのように、確か眠ってしまう前まではこちらを向いていたはずの彼女の、今僕の目に入る可愛らしい耳朶をそっと噛む。身じろぎをした彼女の代わりに、キングサイズのベッドか微かな悲鳴を上げた。
「白雪ちゃん」
静かな静かな部屋に、僕が彼女を呼ぶ声が響いた。初めてその名を聞いた時、健全な精神が健全な肉体に宿ると言うように、美しい生物にはそれに見合った美しい名前が与えられるのだと感じ入ったのを思い出す。
「クリスさん……」
普段より弛緩した、甘えた声音。
「どうしました……?」
「……雨が、降ってる……」
吐息混じりと言うよりは、ほとんど溜め息のような彼女の言葉に窓を見る。しかし残念ながら、外には輝く夜景が広がるのみであり。僕には雨音はおろか、窓硝子に伝う線さえも発見出来ない。
「……僕には、確認出来ませんが」
「……ん、」
身を捩り、彼女はこちらを向く。僕のちょうど顎の下に、愛しい頭部が在るのだが、彼女は體を上へと引き摺りながら少し充血し潤んだ碧眼をこちらに遣る。
「クリスさん……雨の、」
「はい?」
「雨の匂いがする」
「……雨の、匂い?」
深呼吸をしてみるが、僕と同じ彼女のシャンプーの香りしか感じられない。
「……参りましたね」
「……え?」
「君は本当に、感受性が豊かなんですね」
「……んー……」
苦笑混じりに話してみれば。案の定、彼女は頭を離し、困ったような、喜んでいるような、複雑な表情を見せた。急に愛おしくなり、目の前の額に口付けてみる。
「……クリスさん」
「何でしょう」
「……私は、特別感受性が強いわけでも、敏感なわけでもないんだけど……でも、」
「でも?」
柔らかい射干玉色の髪を指で梳き、先を促す。
「…………」
「ちゃん聞いてますよ?」
「……クリスさん」
「何ですか」
「……の、せいだから」
「はい?」
「ん……クリスさんと、居ると……」
「……はい」
「時間の、流れる速さが変わって……感覚が、研ぎ澄まされて……」
「寝呆けているのでしょう」
「雨の音とか……夜明けの瞬間、とか……」
「もう、寝てしまいなさい」
「……まだ、言い終わってない……雨の音とか、夜明けが、わかるようになる……クリスさんのせいで」
「……白雪ちゃん」
うっとりと譫言のように呟く彼女を、僕は時おり持て余す。あまりにも美しいこの子を、愛さずにいられる人間が居るのならば連れてきてもらいたい。そして彼女がどんな素晴らしい存在かを散々自慢してやるのだ。
「私、おかしいかな……」
「白雪ちゃん」
「はい、」
「……何とも風変わりで素敵な告白を、どうもありがとうございます。こちらの方がプレゼントを貰ってしまいましたよ」
「どういう意味……?」
「また、明日まで。おやすみなさい」
「はい……」
もう一度額に接吻単語を落とし、包み込むように抱いてやれば。腕の中の彼女は、夢の中へまっしぐら。
「……ああ、最後に、一つ」
「……はぃ?」
僕も一度寝るとしよう、明日はモーニングコールを頼んである。当日に逢う事すら出来なかった罪滅ぼしに、今日は飽きるほど言ったけれど。最後に、もう一度。
「……お誕生日おめでとうございます」
来年からは、その日に直接祝えるように。
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