口承怪談(2/1更新)

狂言巡

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「ハーイ! パール・クガツちゃんでーす! 次はこの前駅で体験した変なこと話すね。これ全部、同じ駅で起きたことなんだよ。ほんと、へんてこりんな体験だった。そこまで昔のことじゃないから、忘れないうちに話しとくね!」

 自宅から一番近い駅のエレベーターに乗った時の事。駅の端にあって、普段はほとんど使わない。ホームから改札へ行くには、階段とエレベーターがあるのだが、パールはずっと降りた場所から近い階段を使っていた。そもそも駅は三階までしかない。
 合コンの帰り、深夜の終電間際に駅のホームに降りたら、ほとんど利用者が居なかった。降りたのも数人だけで、物寂しい雰囲気だった。
 もうこれから乗る人も居なくて、ホームにほぼ一人ぽっきりの貸し切り状態。その時、エレベーターが何となく目に留まった。車椅子の人やベビーカーを使う人が乗るから、駅自体はよく使うのにパールは一度も利用したことなかった。そして、ふと思いついた。今は他に誰も居ないのだから、自分が使ってもいいだろう。
 なかなかドアが閉まらなかったので、だから何度も閉まる方のボタンを押した。ずっと開く方のドアのボタンが点灯したままで、調子が悪いんだなと思ったから、閉まるの方を連打する。めちゃくちゃ力いっぱい押したらやっと閉まり、地上にエレベーターが到着して、降りようとした時。
 エレベーターの降り口の真ん前には大きな鏡があり、それにパールの姿が映る。その鏡……自分の他に、エレベーターから降りる人が映っていた。
 パールの横を色んな人も通り過ぎていく。パールが降りかけた姿勢のまま突っ立ってたら、急に閉まりかけていたドアが開いた。誰かが『開』のボタンを押したように。
 鏡を見たら、杖をついた腰の曲がった見知らぬ老人が、パールの事を睨みながら、一生懸命ボタンを押し続けているのが見えた。パールが鏡をずっと見ていたら、横をすり抜けていった。横を見たら誰も居ない。鏡をまた見たら、まだエレベーター内に居た先生っぽい中年女性と、鏡越しに目があった。

「絶対一人で乗ったのに。あんなちっさいエレベーターにあんな数十人入ってたとかありえるわけないじゃん。乗るとき、なかなかドアが閉まってくれなかったのって……ね? マジ怖くない? あー、あと、これもヘンだった!」

 パールは普通に改札へ向かおうと階段を降りていた。それも、結構深夜に。ホームから改札へ向かう階段降りかけていた時、もう誰もパール以外居ない。先程話したエレベーターの出来事なのだが、その時はパールはもうすっかり忘れかけていた。
 電車で漫画雑誌を読んでいて、駅についてからもどうしても結末ラストが気になってホームのベンチで読んでいた。ふと見渡したらホームにはパール以外誰も居なかった、絶対に。

『きゃははは……』

 なのに子供の笑い声がする。パールのすぐ真後ろから。絶対ホームに誰も居なかったのに。幼稚園くらいの子が、笑いながらパールの脇を通り過ぎて降りていった。ツインテールで可愛いワンピースの女の子。そんなと振り返ると、すぐ後ろに人が立っていたので驚いた。セーターとキュロット姿の高齢女性。すぐ隣まで降りていたの気付かなかったなんて。

『こらこら……ほらっ走っちゃダメでしょ? 危ない危ない! ぶつかったお姉さんにごめんなさいしなさい……』

 子供の祖母らしき女性はパールの横を通り過ぎて降りていった。パールも別に子供にぶつかられたわけじゃないからどうという事はない。

『あ、大丈夫ですし、別に』

 見た感じは七十歳くらいの女性は、パールに軽くお辞儀して見て子供を追いかけていった。
 下に辿り着いた時、もうその二人の姿は見えなかった。
 ……パールが先程見回した時、ホームには誰も居なかったはずなのに。何だか変だなとは思ったが、その時は深く考えたりはしなかった。きっとあのおばあちゃんとお孫さん、エレベーターでパールが見えない所から上がってきたから、ギリギリまでわからなかったのだ。そのまま帰ろうとして改札まで来て、気づいてしまった。
 つい先程まで読んでいた漫画雑誌をホームに忘れて来たということに。面倒だが仕方なく階段をまた登ってホームのベンチまで戻った。ベンチで回収して周りを見渡したが、向かいのホームにも誰も居なかった。列車も来る様子がないから、何となく物悲しい光景だ。かなり薄暗くて、人気のない駅というは薄気味悪いと思った。
 ……パールは再び階段を降りる。また後ろから子供の声が聞こえた。おそるおそる振り返ったら先程すれ違った子供と女性が、すぐ後ろに居た。パールの横を、子供が走って通り過ぎていく。

『こらこら……ほらっ走っちゃダメでしょ? 危ない危ない! ぶつかったお姉さんにごめんなさいしなさい……』

 軽くお辞儀しながら、女性も通り過ぎていく。自分と同じく忘れ物でも取りに来たのか。それとも……。
 普通に考えて有り得ない、おかしい、さすがに気味が悪いからさっさと帰ろうとしたら、パールはまたホームに忘れ物したことに気が付いた。雑誌を回収する時まで持っていた鞄を持っていないことに。
 慌ててまたホームに戻ったら、ベンチの所に鞄があった。財布や図書館で借りた本とかも入っていたから、失くしたり誰かに拾われてたら大変なことになるところだ。幸いホームにはまだ誰も居なくて、人影もないから中身を盗まれたりしている心配はないって安心できた。
 そして階段を降りていたらまた……子供の声がする。すぐワンピースの子供が、笑いながらすぐ横をすり抜けていった。
 パールはもう、今度は振り返れなかった。何か絶対居る! 振り返れない! すぐ背後に……気配というのとも違うが何か居るというのが確実に判ったから。

『こらこら……ほらっ走っちゃダメでしょ? 危ない危ない! ぶつかったお姉さんにごめんなさいしなさい……』

「って、おばあちゃんがさっきみたいに言う……と思った? これ、絶対王道の怖い話だったらそうなるって、あたしも思った。……ププーッ、どうしたの今の顔すごく面白いよ! でもねーそれは違うの! 三回目はね、ちょっと違ったよ」

 三回目。何も言わずに、パールの横をすり抜けて行った。無言で、パールの事をじっと見つめながら。……何故か顔、ではない、目が、その人から離せない。
 とん、とん……。
 女性が降りて行くのを、目が逸らせなくて見つめ合ったまま……。

「でもヘンなの。じっとあたしのこと見ながら降りていくわけだから、見つめあってても降りるうちにおばあちゃんの顔は自然に前に向いてって、あたしには後頭部が見えるはずじゃん、普通。でもどんどんそのおばあちゃん、降り続けてるのに、一向に顔が前に向かないの。あー……これ説明むずかしー……分かってくれた?」

 顔の向きだけ固定されたかのように、パールの事を見つめたままで、躰はそのまま進行方向に向いたまま、静かに降りていく。パールはそこから動けなかった。そして最後は首が真逆に向いて、顔だけは自分の事を向きながら、下へ下へ降りていった。
 その女性が視界から消えた瞬間、躰の強張りが解けてやっと目が逸らせた。人間であんな首の向き、フクロウじゃあるまいし人間じゃありえない。

「ハッとなって降りた瞬間、腰抜けちゃって大変だったよーホント。やっとのことで駅の改札まで行って駅長室のドア叩いたの。あ、誰か居た! って思って、あんなに安心したとかホントないね! それで夜勤してたらしい駅員のおばちゃんに今あったその変なこと喋ったら、」
『お姉さん酔ってるの? 夜遅いし、早く帰りなさい。危ないよ~』
「日誌を書きながら、こっちも見ないで呑気なことをいうんだよ。……酔ってないし、あたし別に悪くないし!? 何もしてないし! ほんと意味分かんないってー……そのときはムカムカしながら帰ったよ」

 それから何日か経った頃。今度は深夜の最終列車一本手前くらいの時間。十一時半とかその辺に駅のホームにパールは居た。ホームに降りてからベンチに座って、メールのやりとりをしていた。送信ボタンを押して一息ついた頃。
 画面を見続けていて目が疲れたので遠く見ようと向かいのホームを見たら……電車を待っている人が大勢居た。ずらりと並んで、ホームからうっかりはみ出そうな人も居たくらいだから、観光客の団体なんだろうと思った。すぐに向こうホームに列車が来て、見えなくなる。これが最終列車ですというアナウンスが聞こえた。
 つまりこの列車が行ったら、もう向こうのホームに群衆はいなくなるんだなと思った。その列車が去った後、また携帯でメールを読んでいたパールは、向かいホームに目を向けてみた。そうしたら、列車が来る前と変わらず人がすらりと並んだままだった。よく見たら全員こちらを向いているではないか。しかも全員似たような格好だ。帽子を深く被って暗い色のコートを着ている。

「なんかこう、カチッとした制服、ううん、軍服っぽかった気がする。でも今そんなの着るやつなんていないし! しかもあんな大人数ってありえないでしょ。てかヤバいんじゃない?」

 そこでエレベーターと階段での体験を思い出して鳥肌がたった。パールとしてはずっと忘れていたかったことだったのに、一気に思い出して怖くなった。
 再び駅員室に駆けこんで何か向こうのホームにたくさん人が居て見てくると正直に訳を話した。また酔ってるのとか言われてスルーされるかと思ったが、言わずにいられなかった。この前と同じ女性駅員だったが、今度は日誌を書く手を止めてちゃんと聞いてくれただけでなく、この駅のことを話してくれた。
 昔の戦争中から、この駅はあった。戦場で怪我した人を列車に乗せて、この近くの病院施設まで運んでいたらしい。満足な治療を受けられないまま列車で運ばれているうちに、辿り着く前に半数以上は息を引き取ったという。この駅は助からなかった人達を降ろした場所なのだと。

『成仏できない兵隊さんが、この駅にまだ居るんだろうね。きっとひもじかったり寒かったり痛かったり、死んでからも辛いままで……可哀相だね』
「あたしが見たアレって、昔の軍服? っぽかったんだよ……そんなしみじみ言われてもあたしチョー困る! マジ怖いもん! あと、その前にあった、階段の話ね」

 この駅ができてすぐ、転落事故があったらしい。亡くなったのは当時幼稚園だった女の子と彼女の祖母。走って降りた孫が足を滑らせて、追いかけようとした祖母も一緒に落ちて、二人とも打ち所が悪くて即死したという。

『あまりにも急に死んだもんだから、二人ともそのことに気付いてないのかもしれないね。……うん、自分達が死んだってことを。だから、何回もあそこで階段降りようとしてるんだと思った。ちゃんと降りられるまで、何度も何度も……』
「もしかしたら、あたしも同じようにホームと改札を行ったり来たりしてたから、同じ仲間だと思われたかも。エレベーターの人達は……よく分かんないけど、その階段のと同じタイプだとあたしは思ってる。……駅とかビルとか人がいっぱい集まるところには、やっぱり【そういった】のも集まるっていうし? もしかしたら、他の場所から来てる人たちなのかもしれないけど」
「あ、でもその駅員のおばちゃんマジいい人だったよ! あたしが遅くなるといつも手ぇ振って、『今日もお疲れさまー』って言ってくれるの。で、駅長室にもまだ話があるんだけどー、先に違うの話すね」

 ある月末、そろそろクリスマスの準備に思いを馳せる頃。終電間際に列車を降りて向かいのホームを見ると、またずらりと同じような服を着た人達がいる。なるべく見ないように知らんぷりして、降車した人の波に隠れて帰るようには心がけていたつもりだったのだが……また、見てしまった。
 あの日以来、もう何度もそれ見ていたので『ああ、またか』と少し慣れはじめていた……向こう側からこちらをじっと見つめてくるだけだから。

「でも、よく考えたら向こうのホームにだけ、彼らが居るわけなかったんだよ。今まで気付かなかっただけで、あたしがいつも降りた時に居る側にも……ずらーっと人が居た。あたしの方を、じっと見てた気がする。っていうか睨んでた? ……怖くてそう思っただけかもしれないけど」

 向こうのホームからも、自分のホームからも、大勢から見られていたなんて……そして線路からホームへ、何かがずるずると這い上がって来るのが見えた。黒いものが手のような形になってまるで手招きしているように揺れて……。

「上半身だけグーッと、ホームから見えるように乗り出して、おいで~ってしてくるの、ソレが! 引きずりこまれでもしたら、ううん、触られるだけでも絶対ヤバイって思った。あたし怖くなって、駅長室まで超ダッシュ!」

 誰一人すれ違わない静まり返った駅構内に、恐怖が加速する。この前の女性駅員が奥の方に居たから、夢中で窓を叩いて助けを求めた。

「ホームの下になんか居ます! 手招きしてくるし! ほんとありえないんですけど!」

 パールに気付いた駅員が椅子から腰を上げたところで、パールはあるものを見つけた。窓に張ってある張り紙に。

【××駅からのお知らせ】

【暮来月十四日より、駅長室は午前九時から午後八時までとさせて頂きます。何かございましたら下記の番号か、改札外に居る警備員までお願いします】

 よく見たら駅長室のドアは外から錠前がかかっている。小さい部屋で扉が一つしかない……だから中に人が居るはずない。急に嫌な予感がして、パールは即座に逃げた。改札に切符を通さないまま走って、家に帰った。
 次の日、開いている時間帯に駅長室に行って聞いてみた。

『そんな人は雇って居ないし昨日は八時で駅長室の鍵をかけたから誰も残ってるはずないよ。なんかあったら改札の外に居る警備会社のガードマンに言いなさい』

「駅員のおばちゃんも、あの駅も、なんなの……? その駅? 今でも使ってるよー。で、深夜の時間になると誰も居ないはずの駅長室におばちゃんが座ってて、業務日誌? なんか書いてんの。今でも、あたしがそのそばを通り過ぎる時、いつも「いってらっしゃい~」「おかえり~」って手ぇ振ってくる」
「……あれって、振り返して大丈夫かな?」
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