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「皆さんはいつも使っている道とかトンネルの中、人気のない海や山の中などで、なぜか違和感を感じた事はないですかね? 例えば空気に何か混ざっているような感じがしたり、突然背筋がゾクッとなったり、誰かにじっと見つめられているような気がしたり、そんな違和感が誰しもあると思います。……ありますよね? 俺だけじゃない、ですよね?」
「うちのばあちゃんから聞いた話によると、そんないつもと違う雰囲気や違和感があると感じた時は、確実にそういう――【霊】なんかが周りに【いる】からなんだそうです。自分の事に誰も気づいてくれないので、誰でもいいから【自分はここにいるよ】って知ってほしくてしょうがなくて、その気持ちが強すぎると、そういう現象を引き起こしてしまうんだとか」
「……ここだけの話、俺って実は霊感が強いみたいなんですよ。自慢じゃないですが、皆さんには見えないものが、時おり見えたりしちゃうんですよね。ま、見えるからって、別に得なんてしませんが。都合よく祓えるわけでもないし、見えてしまうからこそ起こってしまった話を、今から話させて頂きます」
「俺、霊感が強いって言いましたよね。見えないモノが見えるというのは本当に恐ろしい事で、もう家族や旧知の人以外、生きてるのか死んでるのさえもはっきり判らなくなるくらいになってしまいました」
数年前、神風夕陽は従姉の青空に用事があり、某県へと行ってきた。用事が済んで、さあ後はゆっくりのんびりしていようと思ったのだが、せっかく遠出して来たのだからその辺を散策してみようじゃないか思い立ち、街を歩いてみる事にした。
「……え、子供っぽいって? そこはスルーしてくださいよ。散歩って楽しいでしょう?」
本当に唐突の思いつきを一応青空に伝えると、なぜか顔を青くさせた。
「その辺を散策してきます」
「なら私も一緒に行く」
あんな顔をしている従姉を見たのは初めてだった。
「大丈夫ですよ、その辺を歩くだけですし」
「付いて行く」
あまりに鬼気迫ったような顔して言い募るものだから、結局一緒に行く事になった。従姉の住む町は全体的に四角い。自分の住んでいる町と全く違う雰囲気で、散歩はとても楽しかった。
道の両脇に植えられた街路樹は空に向かって真っ直ぐに立ち、その外側にはところどころ季節の花が咲いていた。大きな石楠花や赤いニセアカシアの花。黄色の花房を垂らして風に揺れるのは金鎖に、薄紫色の藤。向こうの木立に白い花をつけている高いユリノキ。道の脇には自然に生えてきたのだろう可愛い雛罌粟や蒲公英が群れて咲いていた。
そんな花の展覧会のような道なのに、青空はずっと辺りを注意深く見ていて、緊張感が絶えなかった。
「今思えば――何かに、怯えているようにも見えましたね」
しばらくの間ぶらぶら歩き、日が暮れてきたのでそろそろ帰ろうと思い、歩いていた道を方向転換する。目に入った先には、明らかにこの世のものでは無い【もの】が立っていた。――赤い、少し古い年代を思わせる帽子と爪先しか見えない長いワンピース、紫色の髪を縦ロールにした女の子が――気味の悪い笑みを浮かべていた。
「何となくですが、見えたモノが本当に今ここで存在しているものだとかは判るんです」
しかし、彼女は生きている人には持ち合わせていない、吐き気がするような雰囲気があった。首筋に冷や汗が流れる。直感的に、此処にいれば危ないと感じた。
『おにいさまおにいさま。わたしのこと、みえていらっしゃるんでしょ?』
クスクス笑いながら、女の子は夕陽に近付いてきた。
『ねえ、おにいさま、わかってしますよ。わたしがちゃーんとみえていらっしゃるんでしょう? おにいさま……こちらでわたしとあそびましょう』
今すぐこの子から逃げ出したかった。なのに足どころか全身が竦んで動けなかった。夕陽の周りの世界は、時が止まってしまっていた。
『たすけてくださいおにいさま。おにいさまなら、わたしをたすけてくださいますでしょう? それがだめなら、わたしといっしょにあっちへいきましょうよ……』
にぃいと笑った少女の眼の中は、墨のような黒と紫色の何かがぐるぐる回っていて――。
「いい大人の男として情けない事ですが、俺は今までこんな声を出したかと思うような、声を出して叫んでしまいました」
その瞬間、時の止まっていた世界が、弾けたように動き出した。時間が動き出したと共に、はっとしたように青空は夕陽の腕を引っ張ると、全速力で走り出した。
夕陽は何が何だか判らなくなってしまって、訳の判らないままただ走り続ける事に集中した。
「これは家に戻ってから聞いたんですが、青空さんは、俺に霊感がある事を知っていたそうでして……あの人は人ならざるモノとかが見えると噂で聞いてましたから、きっと何かをお持ちなんでしょうね。俺の名前が陽の気に関するモノなので、あまり近寄られる事はないそうですけど。俺が散歩すると言ってきた時、青空さんは妙な違和感を感じられたのだそうで。皆さん、最初に俺が言った事を覚えてますか?」
「いつもと雰囲気がある時には、必ず近くに何かがいる」
青空もそれを知っていたらしく、その妙な【前兆】は夕陽の背後からしてたらしいので、これは何か起こると一緒に散歩に着いて来てくれたのだ。案の定、それは大当たり。あの少女の姿をした【何か】は、かち合った夕陽をいわゆる異世界へと引きずり込もうとしたのだろう。
「ま、話を簡潔にまとめると、普通の人には見えないモノが見えるというのは、とても大変なわけでして。今回のようにそういうのに狙われかねないし、そういうモノが身近な存在になり、憑かれたというのに気付くどころか、違和感さえもわからなくなってしまいますから」
『おにいさまおにいさま、わたしはあきらめませんから』
夕陽は走っている間、ずっとその子の声が耳元で聞こえ続けていた。今でも少女の声はふと、一人でいる時に限って聞こえてくる。
「ほら、皆さんにも聞こえませんか? こんなことを言っているのが……」
『ねえ――だれか――きづいて』
「聞こえてしまった方はご用心です」
「……今ここで皆さんと話している人が、もしこの世に生きていないとしたらどうします? そんなわけない? 本当にそう言い切れますか? 今まで当たり前だった事がふとしたキッカケで崩されるなんて、そんなの珍しい事じゃないでしょ? 俺が言いたいのはそれと同じ事ですよ? ――もしもこの場で全ての光が消えてしまったら、真っ暗で周りが見えなくなりますね」
「再び光が生まれた時、そこに残っている【俺】は、今までいた【俺】なんでしょうか。もしかしたら、偽物の俺に挿げ替えられてしまってたり、……はたまた今ここにいる俺が既に偽物なのかもしれないですよ。【真実は全て闇の中】……なんて都合のいい展開じゃないですか? あは、すいません、今何となく思っただけだから忘れてくださいね」
「ねぇ、そこの君は今の世界の矛盾に、気付いてますか? 今、自分が見えてる世界が偽りなど何もない、本当の世界であるように願ってますよ。――ところで皆さん、俺が話してる最中に起こった『違和感』に、気付きましたか?」
話し終えてにっこり笑った青年の細められたその双眸は、黒と赤が混じりあうような複雑な色をしていた。
「うちのばあちゃんから聞いた話によると、そんないつもと違う雰囲気や違和感があると感じた時は、確実にそういう――【霊】なんかが周りに【いる】からなんだそうです。自分の事に誰も気づいてくれないので、誰でもいいから【自分はここにいるよ】って知ってほしくてしょうがなくて、その気持ちが強すぎると、そういう現象を引き起こしてしまうんだとか」
「……ここだけの話、俺って実は霊感が強いみたいなんですよ。自慢じゃないですが、皆さんには見えないものが、時おり見えたりしちゃうんですよね。ま、見えるからって、別に得なんてしませんが。都合よく祓えるわけでもないし、見えてしまうからこそ起こってしまった話を、今から話させて頂きます」
「俺、霊感が強いって言いましたよね。見えないモノが見えるというのは本当に恐ろしい事で、もう家族や旧知の人以外、生きてるのか死んでるのさえもはっきり判らなくなるくらいになってしまいました」
数年前、神風夕陽は従姉の青空に用事があり、某県へと行ってきた。用事が済んで、さあ後はゆっくりのんびりしていようと思ったのだが、せっかく遠出して来たのだからその辺を散策してみようじゃないか思い立ち、街を歩いてみる事にした。
「……え、子供っぽいって? そこはスルーしてくださいよ。散歩って楽しいでしょう?」
本当に唐突の思いつきを一応青空に伝えると、なぜか顔を青くさせた。
「その辺を散策してきます」
「なら私も一緒に行く」
あんな顔をしている従姉を見たのは初めてだった。
「大丈夫ですよ、その辺を歩くだけですし」
「付いて行く」
あまりに鬼気迫ったような顔して言い募るものだから、結局一緒に行く事になった。従姉の住む町は全体的に四角い。自分の住んでいる町と全く違う雰囲気で、散歩はとても楽しかった。
道の両脇に植えられた街路樹は空に向かって真っ直ぐに立ち、その外側にはところどころ季節の花が咲いていた。大きな石楠花や赤いニセアカシアの花。黄色の花房を垂らして風に揺れるのは金鎖に、薄紫色の藤。向こうの木立に白い花をつけている高いユリノキ。道の脇には自然に生えてきたのだろう可愛い雛罌粟や蒲公英が群れて咲いていた。
そんな花の展覧会のような道なのに、青空はずっと辺りを注意深く見ていて、緊張感が絶えなかった。
「今思えば――何かに、怯えているようにも見えましたね」
しばらくの間ぶらぶら歩き、日が暮れてきたのでそろそろ帰ろうと思い、歩いていた道を方向転換する。目に入った先には、明らかにこの世のものでは無い【もの】が立っていた。――赤い、少し古い年代を思わせる帽子と爪先しか見えない長いワンピース、紫色の髪を縦ロールにした女の子が――気味の悪い笑みを浮かべていた。
「何となくですが、見えたモノが本当に今ここで存在しているものだとかは判るんです」
しかし、彼女は生きている人には持ち合わせていない、吐き気がするような雰囲気があった。首筋に冷や汗が流れる。直感的に、此処にいれば危ないと感じた。
『おにいさまおにいさま。わたしのこと、みえていらっしゃるんでしょ?』
クスクス笑いながら、女の子は夕陽に近付いてきた。
『ねえ、おにいさま、わかってしますよ。わたしがちゃーんとみえていらっしゃるんでしょう? おにいさま……こちらでわたしとあそびましょう』
今すぐこの子から逃げ出したかった。なのに足どころか全身が竦んで動けなかった。夕陽の周りの世界は、時が止まってしまっていた。
『たすけてくださいおにいさま。おにいさまなら、わたしをたすけてくださいますでしょう? それがだめなら、わたしといっしょにあっちへいきましょうよ……』
にぃいと笑った少女の眼の中は、墨のような黒と紫色の何かがぐるぐる回っていて――。
「いい大人の男として情けない事ですが、俺は今までこんな声を出したかと思うような、声を出して叫んでしまいました」
その瞬間、時の止まっていた世界が、弾けたように動き出した。時間が動き出したと共に、はっとしたように青空は夕陽の腕を引っ張ると、全速力で走り出した。
夕陽は何が何だか判らなくなってしまって、訳の判らないままただ走り続ける事に集中した。
「これは家に戻ってから聞いたんですが、青空さんは、俺に霊感がある事を知っていたそうでして……あの人は人ならざるモノとかが見えると噂で聞いてましたから、きっと何かをお持ちなんでしょうね。俺の名前が陽の気に関するモノなので、あまり近寄られる事はないそうですけど。俺が散歩すると言ってきた時、青空さんは妙な違和感を感じられたのだそうで。皆さん、最初に俺が言った事を覚えてますか?」
「いつもと雰囲気がある時には、必ず近くに何かがいる」
青空もそれを知っていたらしく、その妙な【前兆】は夕陽の背後からしてたらしいので、これは何か起こると一緒に散歩に着いて来てくれたのだ。案の定、それは大当たり。あの少女の姿をした【何か】は、かち合った夕陽をいわゆる異世界へと引きずり込もうとしたのだろう。
「ま、話を簡潔にまとめると、普通の人には見えないモノが見えるというのは、とても大変なわけでして。今回のようにそういうのに狙われかねないし、そういうモノが身近な存在になり、憑かれたというのに気付くどころか、違和感さえもわからなくなってしまいますから」
『おにいさまおにいさま、わたしはあきらめませんから』
夕陽は走っている間、ずっとその子の声が耳元で聞こえ続けていた。今でも少女の声はふと、一人でいる時に限って聞こえてくる。
「ほら、皆さんにも聞こえませんか? こんなことを言っているのが……」
『ねえ――だれか――きづいて』
「聞こえてしまった方はご用心です」
「……今ここで皆さんと話している人が、もしこの世に生きていないとしたらどうします? そんなわけない? 本当にそう言い切れますか? 今まで当たり前だった事がふとしたキッカケで崩されるなんて、そんなの珍しい事じゃないでしょ? 俺が言いたいのはそれと同じ事ですよ? ――もしもこの場で全ての光が消えてしまったら、真っ暗で周りが見えなくなりますね」
「再び光が生まれた時、そこに残っている【俺】は、今までいた【俺】なんでしょうか。もしかしたら、偽物の俺に挿げ替えられてしまってたり、……はたまた今ここにいる俺が既に偽物なのかもしれないですよ。【真実は全て闇の中】……なんて都合のいい展開じゃないですか? あは、すいません、今何となく思っただけだから忘れてくださいね」
「ねぇ、そこの君は今の世界の矛盾に、気付いてますか? 今、自分が見えてる世界が偽りなど何もない、本当の世界であるように願ってますよ。――ところで皆さん、俺が話してる最中に起こった『違和感』に、気付きましたか?」
話し終えてにっこり笑った青年の細められたその双眸は、黒と赤が混じりあうような複雑な色をしていた。
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