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帰宅2
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「昔ね、一人で留守番してた時の話だよ」
新菜・D・カウディーの兄はすごい早口で畳みかけるように話すのが常だが、活舌がいいので聞き取りやすい。
「いいかニーナ。兄ちゃんが居ない間変な事するんじゃないぞ。つか何もするんじゃないぞ。怪我でもしたら大変だからな……万が一でも怪我したらすぐに俺に連絡しろ。台所は自由に使っていいが火と刃物には気をつけろよ。あと誰か来ても居留守を使え。お友達を呼ぶのも今日だけは我慢してくれ。いいな? わかったか?」
「わかったよー兄さんがかえってくるまであたしおとなしくまってるねー」
「それと戸締りもしっかりしとけよ! 絶対夕方には戻っから……」
「わかったってばーはいはい、いってらっしゃーい」
今日は新菜一人で留守番する事になった。シッターは定休日で、兄は急に仕事が入ってしまったのだ。
新菜は出張にいく兄をベランダで見送る。兄はそれでもまだ不安なのか、角を曲がりきるまで妹をチラチラ見ていた。新菜は兄の姿が完全に見えなくなるまで手を振った。
「わーい! フリータイムだーなにしようかなっ」
自分以外家に誰もいないのは確かに寂しいが、苦ではない。兄の出張は今日にはじまった事ではないし、一人で趣味に耽る時間も好きだ。一人がつまらなくなったら友人に電話をかけてお話するのもいい。
昼はうどんをゆでて食べた。いつもは兄かシッターと食べるが一人で食べても美味しい。
「あーたべてるときってなんでこんなにハッピーなんだろね」
暇だから家事でもしようかと思うが、昼食の前に済ませてしまっていた事に気づく。お腹がいっぱいになったせいか急に瞼がどんどん重くなってきた。
「ねむくなってきちゃったなぁーねちゃおッかなーねむいよーねむい……」
ソファーの上にごろんと転がると自然に瞼も降りてきて、一回開けてみようとは全然思わなかった。ソファーがふかふかしていて気持ちよかったのもあるけど。躰がだんだん重くなってきたのを感じながら、新菜はゆっくりと意識を手放した。
「微妙な時間に寝ると変な夢みるよねえ」
「そんなことないよーおひるねは気持ちいいよー? でもゆめはたしかにいっぱいみるよね。パッておきたときにぜーんぶわすれちゃうんだけどね」
「そうだね。気づいたら夕方とか、夕方を朝と間違えちゃったり。今日が何日だったとかちょっとの間忘れていない? お昼寝って寝ぼける事が多くて、たまに夢見るのも怖くなる時があるよ。新菜ちゃんはどんな夢をみるのかなあ?」
「うーんとねー、さいきんみたのはお姉さんとキクさんが出てくるゆめだよー。さんにんで、まっしろなおへやでおにごっこしてるの。キクさんがオニでねーあたしとお姉さんはひっしでにげてるんだ。キクさんすごいニコニコわらってるの。ゆめだからかなぁ、いつもキクさんじゃないの。でも「まてー!」ってさけんでるの。でもそこでびゅーって大きな風が吹いてきてね。お姉さんもキクさんもどこかにいってちゃって、あたしひとりぼっちになったの」
「それって悪夢じゃね?」
「わっかんない。そのあともいろんなゆめをみたきがするけど、おぼえてるのはそこだけ。ハッてなっておきたときめのまえに兄さんがいてね、ほんと、ひとりじゃなくてほっとしたよー。そのとき兄さんがあたしのあたまなでてくれたの」
「それはよかったね」
「うん! みんなはいったいどんなゆめみますか? あ、そうだ兄さん、そういえば兄さんはどこ行ったの? ねえ、あれ? みんなどこいっちゃったの?」
新菜が起きた時、天井しか目に入らなかった。さっきまで見ていた景色とは全く違っていた。
「ゆめ……をみたの。みんながいなくなるゆめ。もう、なんかいめかなあ。まえにもみたことがあるきがする」
首を触ってみると変な汗がべっとり流れ出ていた。ベトベトしてて気持ち悪い。顔を洗ってこようと立ち上がった。
今何時か判らない。兄はまだ帰ってこないのか。
後ろを振り返って壁にかけてある時計を見ると、ちょうど六時になるところだった。
家の中は相変わらずシーンとしている。
――カシャン。
「わっ!」
キッチンから食器がズレた音だった。
「び、ビックリしたぁ~」
あまりの不意打ちに肩が跳ね上がり、心臓もいつもより動いていた。
真っ赤な夕陽が窓から差し込んでできた影が不気味に思えた。自分の影さえも怖く感じた。影が今にもぐにゃぐにゃと動き出しそうな気がしてしまったからだ。
空は西に沈みかけている太陽で真っ赤に染まっていた。
「……ヘンなの。ひとりしかいないのに、なんでこんなこわいんだろ」
怖いというより、気持ち悪かった。
その時、ピンポーン。呼び鈴の音がした。
「あ! 兄さんだ! かえってきたんだー」
ばたばたとかけ足で玄関に向かう。逸る気持ちの所為で半ばドアにぶつかるように、鍵をあけると、そこには予想した通り兄が立っていた。
「Welcome home back! 兄さん! さびしかったよー」
勢いに任せて飛びついた新菜に、兄は頭をなでてくれた。
「ごはんにする? あたしつくるよー」
兄が小さく頷いて、部屋に入るとソファーに座った。
新菜はキッチンにむかう。兄が好きなキャベツの芯とベーコンのかき揚げを作った。饂飩は固ゆでだからすぐに茹で上がる。かき揚げを乗っけて微塵切りの葱をかけて出来上がり。おかずに昨日の揚げ茄子のマリネも温めた。新菜もお腹が空いていたので二人分。
それらをお盆に載せて兄が待つリビングに向かった。
「兄さんーできたよー! ……あれ?」
部屋はシーンとしていて……見渡しても兄はどこにも居なかった。
「兄さん? どこ? きがえにいったのかな? トイレかな?」
お盆をテーブルに置くと部屋の中を少し歩き回った。部屋に居ないのを確認すると自室の二階にも上がってみた。一つ一つ部屋のドアを開けて確認していった。
でも、どの部屋もやっぱりシーンとしてて、誰もいる気配がない。
兄は、どこにも居なかった。トイレにも。リビングに戻ってきても、やっぱり居なかった。
「おっかしいなーどこ行ったのかな~うどんがのびちゃうよぉ……あ、もしかしてチューハイかいにいったのかも! ちょうどきれてたし! ……あれ、でもきのうチューハイをはこがいしてなかったっけ……うー……さきにたべちゃおうかなーおなかすいたよー」
そう、新菜が迷っていた時。
「ニーナ!」
新菜は悲鳴を上げる前に飛び上がった。何せ玄関から兄の叫ぶ声が聞こえたのだから。しかも、この呼び方は、怒られる時のあれだ……。
「なにぃ?」
ドアを少し開けておそるおそるそこからちょっとだけ頭を出した。予想通り、兄は怒っていた。
「鍵が開いてたぞ! 戸締りはしっかりしろって何度も言っただろ!」
「え~なにいってるの~あたりまえじゃない、さっき兄さんがかえってきたときカギあけたんだから」
「は? お前こそなに言ってんだ。寝ぼけてんのか? 俺はたった今帰ってきたんだぞ」
「へ?」
「なんだよその顔は」
「じょうだんやめてよ、さっき兄さんかえってきてあたしのあたまなでてくれたじゃない。それでうどんたべたいっていったからいまうどんゆでたんだよ。なのに兄さんかってにいなくなっちゃってさ、うどんとマリネさめちゃったよ。なのに、げんかんでそんなこというなんてヘン!」
「おい、ちょっと待て。変なのはお前だろ、」
そう言うと怒った顔ががらりと一変して、兄さんが心底困ったような顔をした。というより、混乱しているようだった。
「……ヘンなジョークじゃないの?」
ミシリ、カタン。
今度は家鳴りがした。その音はさっきの不気味さを思い出させた。同時にさっきから感じている違和感にも気づいた。
「兄さん」
「ん?」
「カギ……もってる?」
「当たり前だ」
「じゃあ、ベルなんてならさないよね」
「……?」
「なんでもなーい。うどんたべよー。あ、でもさめちゃったからあたためなおすねっ」
よくよく考えたらそうだ。普通、自分の家に入るのに呼び鈴なんて使わない。
新菜はリビングに置きっぱなしだった料理を片付けようと、皿に手をかけた。
うどんが片方だけ、ちょっと量が少なくなった気がしたが、やっぱり寝ぼけてたんだと思う事にした。
「あのとき、あたしがおうちにいれちゃったのは、なんだったんだろうね。じぶんちじゃないわかってかえってくれたのかな?」
新菜・D・カウディーの兄はすごい早口で畳みかけるように話すのが常だが、活舌がいいので聞き取りやすい。
「いいかニーナ。兄ちゃんが居ない間変な事するんじゃないぞ。つか何もするんじゃないぞ。怪我でもしたら大変だからな……万が一でも怪我したらすぐに俺に連絡しろ。台所は自由に使っていいが火と刃物には気をつけろよ。あと誰か来ても居留守を使え。お友達を呼ぶのも今日だけは我慢してくれ。いいな? わかったか?」
「わかったよー兄さんがかえってくるまであたしおとなしくまってるねー」
「それと戸締りもしっかりしとけよ! 絶対夕方には戻っから……」
「わかったってばーはいはい、いってらっしゃーい」
今日は新菜一人で留守番する事になった。シッターは定休日で、兄は急に仕事が入ってしまったのだ。
新菜は出張にいく兄をベランダで見送る。兄はそれでもまだ不安なのか、角を曲がりきるまで妹をチラチラ見ていた。新菜は兄の姿が完全に見えなくなるまで手を振った。
「わーい! フリータイムだーなにしようかなっ」
自分以外家に誰もいないのは確かに寂しいが、苦ではない。兄の出張は今日にはじまった事ではないし、一人で趣味に耽る時間も好きだ。一人がつまらなくなったら友人に電話をかけてお話するのもいい。
昼はうどんをゆでて食べた。いつもは兄かシッターと食べるが一人で食べても美味しい。
「あーたべてるときってなんでこんなにハッピーなんだろね」
暇だから家事でもしようかと思うが、昼食の前に済ませてしまっていた事に気づく。お腹がいっぱいになったせいか急に瞼がどんどん重くなってきた。
「ねむくなってきちゃったなぁーねちゃおッかなーねむいよーねむい……」
ソファーの上にごろんと転がると自然に瞼も降りてきて、一回開けてみようとは全然思わなかった。ソファーがふかふかしていて気持ちよかったのもあるけど。躰がだんだん重くなってきたのを感じながら、新菜はゆっくりと意識を手放した。
「微妙な時間に寝ると変な夢みるよねえ」
「そんなことないよーおひるねは気持ちいいよー? でもゆめはたしかにいっぱいみるよね。パッておきたときにぜーんぶわすれちゃうんだけどね」
「そうだね。気づいたら夕方とか、夕方を朝と間違えちゃったり。今日が何日だったとかちょっとの間忘れていない? お昼寝って寝ぼける事が多くて、たまに夢見るのも怖くなる時があるよ。新菜ちゃんはどんな夢をみるのかなあ?」
「うーんとねー、さいきんみたのはお姉さんとキクさんが出てくるゆめだよー。さんにんで、まっしろなおへやでおにごっこしてるの。キクさんがオニでねーあたしとお姉さんはひっしでにげてるんだ。キクさんすごいニコニコわらってるの。ゆめだからかなぁ、いつもキクさんじゃないの。でも「まてー!」ってさけんでるの。でもそこでびゅーって大きな風が吹いてきてね。お姉さんもキクさんもどこかにいってちゃって、あたしひとりぼっちになったの」
「それって悪夢じゃね?」
「わっかんない。そのあともいろんなゆめをみたきがするけど、おぼえてるのはそこだけ。ハッてなっておきたときめのまえに兄さんがいてね、ほんと、ひとりじゃなくてほっとしたよー。そのとき兄さんがあたしのあたまなでてくれたの」
「それはよかったね」
「うん! みんなはいったいどんなゆめみますか? あ、そうだ兄さん、そういえば兄さんはどこ行ったの? ねえ、あれ? みんなどこいっちゃったの?」
新菜が起きた時、天井しか目に入らなかった。さっきまで見ていた景色とは全く違っていた。
「ゆめ……をみたの。みんながいなくなるゆめ。もう、なんかいめかなあ。まえにもみたことがあるきがする」
首を触ってみると変な汗がべっとり流れ出ていた。ベトベトしてて気持ち悪い。顔を洗ってこようと立ち上がった。
今何時か判らない。兄はまだ帰ってこないのか。
後ろを振り返って壁にかけてある時計を見ると、ちょうど六時になるところだった。
家の中は相変わらずシーンとしている。
――カシャン。
「わっ!」
キッチンから食器がズレた音だった。
「び、ビックリしたぁ~」
あまりの不意打ちに肩が跳ね上がり、心臓もいつもより動いていた。
真っ赤な夕陽が窓から差し込んでできた影が不気味に思えた。自分の影さえも怖く感じた。影が今にもぐにゃぐにゃと動き出しそうな気がしてしまったからだ。
空は西に沈みかけている太陽で真っ赤に染まっていた。
「……ヘンなの。ひとりしかいないのに、なんでこんなこわいんだろ」
怖いというより、気持ち悪かった。
その時、ピンポーン。呼び鈴の音がした。
「あ! 兄さんだ! かえってきたんだー」
ばたばたとかけ足で玄関に向かう。逸る気持ちの所為で半ばドアにぶつかるように、鍵をあけると、そこには予想した通り兄が立っていた。
「Welcome home back! 兄さん! さびしかったよー」
勢いに任せて飛びついた新菜に、兄は頭をなでてくれた。
「ごはんにする? あたしつくるよー」
兄が小さく頷いて、部屋に入るとソファーに座った。
新菜はキッチンにむかう。兄が好きなキャベツの芯とベーコンのかき揚げを作った。饂飩は固ゆでだからすぐに茹で上がる。かき揚げを乗っけて微塵切りの葱をかけて出来上がり。おかずに昨日の揚げ茄子のマリネも温めた。新菜もお腹が空いていたので二人分。
それらをお盆に載せて兄が待つリビングに向かった。
「兄さんーできたよー! ……あれ?」
部屋はシーンとしていて……見渡しても兄はどこにも居なかった。
「兄さん? どこ? きがえにいったのかな? トイレかな?」
お盆をテーブルに置くと部屋の中を少し歩き回った。部屋に居ないのを確認すると自室の二階にも上がってみた。一つ一つ部屋のドアを開けて確認していった。
でも、どの部屋もやっぱりシーンとしてて、誰もいる気配がない。
兄は、どこにも居なかった。トイレにも。リビングに戻ってきても、やっぱり居なかった。
「おっかしいなーどこ行ったのかな~うどんがのびちゃうよぉ……あ、もしかしてチューハイかいにいったのかも! ちょうどきれてたし! ……あれ、でもきのうチューハイをはこがいしてなかったっけ……うー……さきにたべちゃおうかなーおなかすいたよー」
そう、新菜が迷っていた時。
「ニーナ!」
新菜は悲鳴を上げる前に飛び上がった。何せ玄関から兄の叫ぶ声が聞こえたのだから。しかも、この呼び方は、怒られる時のあれだ……。
「なにぃ?」
ドアを少し開けておそるおそるそこからちょっとだけ頭を出した。予想通り、兄は怒っていた。
「鍵が開いてたぞ! 戸締りはしっかりしろって何度も言っただろ!」
「え~なにいってるの~あたりまえじゃない、さっき兄さんがかえってきたときカギあけたんだから」
「は? お前こそなに言ってんだ。寝ぼけてんのか? 俺はたった今帰ってきたんだぞ」
「へ?」
「なんだよその顔は」
「じょうだんやめてよ、さっき兄さんかえってきてあたしのあたまなでてくれたじゃない。それでうどんたべたいっていったからいまうどんゆでたんだよ。なのに兄さんかってにいなくなっちゃってさ、うどんとマリネさめちゃったよ。なのに、げんかんでそんなこというなんてヘン!」
「おい、ちょっと待て。変なのはお前だろ、」
そう言うと怒った顔ががらりと一変して、兄さんが心底困ったような顔をした。というより、混乱しているようだった。
「……ヘンなジョークじゃないの?」
ミシリ、カタン。
今度は家鳴りがした。その音はさっきの不気味さを思い出させた。同時にさっきから感じている違和感にも気づいた。
「兄さん」
「ん?」
「カギ……もってる?」
「当たり前だ」
「じゃあ、ベルなんてならさないよね」
「……?」
「なんでもなーい。うどんたべよー。あ、でもさめちゃったからあたためなおすねっ」
よくよく考えたらそうだ。普通、自分の家に入るのに呼び鈴なんて使わない。
新菜はリビングに置きっぱなしだった料理を片付けようと、皿に手をかけた。
うどんが片方だけ、ちょっと量が少なくなった気がしたが、やっぱり寝ぼけてたんだと思う事にした。
「あのとき、あたしがおうちにいれちゃったのは、なんだったんだろうね。じぶんちじゃないわかってかえってくれたのかな?」
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