口承怪談(2/1更新)

狂言巡

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しかくのなか

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義光よしあき、お前は開かずの間というのを知っているか?」
「開かずの間っちゅうのは」
「ちょっと変わったな話を聞いてな、ちょっと話してみたくなった」





 昔から、虚ろなモノには聖なるモノが宿るというのはよくある話。とある学者が言うには、中ががらんどうの物に何かが宿るというのだ。

「ほら、お前も竹取物語かぐやひめは知っているだろう?」

 がらんどうの竹筒の中に奇麗なお姫様が入っていましたで始まる物語。桃太郎だって桃から生まれて正義の味方になる。

「私がこれから話すのは、出てきた話とは逆なんだが――」





 ある男が古民家を購入した。古いと言っても、百年も経ってなかったようだが。そこで家族と暮らし始めた。しかしどうにもその屋敷、おかしい所がある。間取り図を見た部屋数とその広さが屋敷その物の広さと一致しない。
 そこで男は自分で新たに間取り図を作ってみた。家を買ってもまだ余裕がある暮らしぶりだったのだろう、業者も呼んでかなり正確に図に起こせる程だった。すると屋敷のど真ン中にぽかんと空いている箇所があるのが判った。畳半畳分程度の小さな空間が、空いているようだ。その空間のあると思しき所をぐるりと回って見ても、もちろん入口なんて見当たらない。ただ、図面の上ではぽかんと空いている。
 業者に聞いたら古い屋敷なんかだとこういう開かずの間がある事がたまにあると言う。ほんの小さな空間だ、得もないが損もなく、男は放っておいたそうだ、ある事件が起こるまでは。

 暫らくして、ある日男の末の娘が行方不明になった。家族全員真っ青になってあちこち探し回ったが行方が知れない。庭でバーベキューするから座敷で大人しく人形ごっこでも遊ばせていたのを最後に、忽然と消えてしまった。方方の手を尽くして探しても見つからず、家族が心配で心配で警察でも呼ぼうかと座敷で相談していると、どこからか声が聞こえてきた。

「むかぁしむかぁしあるところに……」

 何かを朗読している声。その声が消えうせた娘の声だったから家人全員泡食って部屋中を探した。それでも姿が見えない。名前を呼んでも答えず、ただ本を読む声が聞こえてくる。

 おじいさんとおばあさんが……。

 その声のする方に息を潜めて近寄ると、壁しかない。いや、そこは件の開かずの間のあるところの壁。耳を寄せると確かにそこから子供の声がする。

 そのこどもはももたろうとなづけけられ……。

 一体全体どうしてそこに入ってしまったかは知らないが、どうやら娘は開かずの間に入っているらしい。そこで慌てて槌だの鋸だの持ってきて、壁を壊す事にした。壁を壊しながらも中の娘に声をかけたが、ただ本を読むばかりで家族の呼びかけに答えない。

 めでたしめでたし……。

 その本が詠み終わりそうな時に、やっと壁が開いた。ぽっかりと空いた開かずの間の壁ががらりと崩れた。
 しかし、中には娘はいなかった。娘が気にいっていた人形だけが、ぽつりと残されていた。それっきり、声も、二度と聞こえなくなったという。





「それで、子供は、どこに……」
「さあ、私にわかるわけがないだろう。訳がわからないから【怖い話】なんだ」

 すげなくそう言う友人のもみじに、義光は息をついて肩を落とした。子の親の心情を思えば何ともやりきれない話だ。落ち込む義光を横目で見て、友人はあやとりをしながら続けた。

「私の考えではな、開かずの間を開けなければ、その子はずっとそこにいたと思うぞ」
「え」

 掴めない話だった。義光が呆気にとられていると友人はこう続けた。

「開けてしまったから、中を見てしまったから駄目だったんじゃないのか、中さえ見なけ正体を知らなければその子は開かずの間の中でずっと生きていたかもしれないだろう」
「いやいや、そんな入口ない部屋に閉じ込められたらどっちにしろ死んでもうたやろ」
「わからないぞ、そもそもどうやってその子が中に入ったかすらわからないんだ。それにただ死んだだけならーー死体は残っているはずだしな」

 そうだ、開かずの間は出入り口などなく、四方が壁で囲まれていたはずなのだ。そこにどうやって子供が入り、そしてまたどうやって消え失せたというのだ。開かずの間がもし開かずのままだったなら。壁の中から子供の遊ぶ声が永久に聞こえていたのか……。
 しんと静まり返った屋敷の中「むかぁしむかぁし……」と幼い子供の朗読が聞こえる情景を思い浮かべて義光は身を震わせた。





 埃一つ無い、一切の色が省かれた白の空間。少女はロココ調の天蓋付きクイーンベッドベッドの上で、天井を見上げている。一色で作られた彼女の部屋には、たくさんの人形が陳列されていた。豪華なアンティーク人形からフリーマーケットで売っていそうな手作り人形まで多種多様だ。
 その中で、銀髪の少年を模した人形を抱え上げ、一層大切そうに抱きしめながら笑みを浮かべると、その人形の首元に薔薇の首輪をはめた。

「つむじまがりの メアリーさん
 あなたのにわは どんなにわ?
 かいがらならべて ぎんのすず
 きれいなむすめも いっぱいだ!」

 少女は笑みを浮かべたまま、可愛らしい声音で歌っている。
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