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粟一粒は汗一粒【ヤンデレ編】

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 ――そうか、気に入ってもらえて何よりだ。薬の制作は得意だが、この身になってから長く食事も料理もほとんど無縁だった。だが君のその笑顔が見られるならば、何度でも挑戦したくなる。地上の生物達はいつもこのような高揚感を得ているのだな。
 しゃぶしゃぶもよかったが一番美味しかったのは鶏肉の団子? 軟骨のコリコリがたまらない? ルミ君は本当に肉が好きだな。そんな顔しないでくれ、責めているわけじゃない。君は野菜も果実も魚も公平に食べるだろう。好き嫌いがないのはいい事じゃないか。そうか、贓物と発酵食品は嫌いか。安心してくれ、その二品は出さないよ。健啖家の君に嫌いな物の一つや二つあったって問題ない。
 この食器を売っている店を教えてほしい? 残念だが買ったんじゃなくて作った物だから一品物だ。もちろん、ルミ君が気に入ったのなら喜んで贈ろう。そろそろシメに入ろうか。ルミ君の御実家は最後に麺を入れるのだそうだな。ああ、これも私が打った物だ、君が好む食感と違ったらすまない。模様みたいなのがついているのは……実は練りパスタという物に挑戦してだね……。害になるような物ではない事は保障する。だがこれだけは私も失敗した自覚はあるからな、店で購入した普通の麺も用意してあるから安心してくれ。
 私が作った麺が気になる? そうか、ありがとう。ああ、こだわるのはやはり基礎をきちんと覚えてからだな。私にあるまじき失態だった。今日の夕食は全て私が一から作った物なのかと? 私が好きでやった事だ、ルミ君が最後まで美味しく食べてくれる事が私の一番の馳走になる。出来たぞルミ君、受け取ってくれ。





 マキビの自室は、二つある。本館と其処から少し離れた、当主になった際に新しく作った棟にある。

「私はしょっちゅう何か拵えるからな」

 製作過程を見られたくないのか、物音で周囲の者を煩わせたくないのか、どちらかあるいは両方にしろ、そう言う事らしい。反対意見など出るわけもなかった。主に側近とルミエール等がマキビの部屋をよく訪れた。そんな彼らでもマキビが密かに増築していた事を、誰も知らない。
 他のより僅かに分厚い床板を外すと、小さく短い階段があり、一つの部屋に繋がっている。六畳一間ほどの広さの其処は、厨と実験室を足して二で割ったような、何とも混沌としたレイアウトだった。部屋の隅には、人一人隠れられそうな大きな壺が置かれている。漬物石をどけ、蓋を開けると魔法のかけられた特別製の氷が詰め込まれている。その中から取り出したのは、ルミエールの故郷から取り寄せてもらった『びにいる袋』に入った眼球と内臓器官だった。

「すまないな、彼女は贓物は好かんらしい。だが安心してくれ、このまま捨てる事はしないさ。彼女は魚も好物なんだ。良い物を釣り上げてくれよ」
「……己の全てを賭けて添い遂げると誓った女に全身全霊で尽くせるんだ、光栄だろう?」

 マキビは慎重に袋からそれを取り出す。視神経も瞼も残されていないのに、眼球はてらてらと光り、何かを訴えるように脈動していた。





「戻ったぞ、ルミ君。買出しの帰りに小間物屋に寄ったんだが、受け取ってくれないか」
「まあいつもありがとう御座います。綺麗な首飾りですね」

 透明な水晶に黒曜石をはめ込んだような不思議な装身具に、ルミエールは物珍し気に微笑んだ。
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