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第95話 狂人

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『そこまでっ!!』

審判の声が鳴り響いた。周りを見ると、どうやら勝ち残ったのはこの8人のようだ。

その中にはラーナやアレス、グレゴリスのような強者達が残っていた。

『今ここに立っている者こそ、この武勇祭剣の部に挑む価値がある者達である。観客よ!この8人の選手に盛大な拍手を!」

『ワアアアアアアアアア!!!!!』

拍手と共に盛大な歓声がこのコロシアムに包まれた。うぅ、耳がキンキンする……。

「貴方もちゃんと生き残ったのね」

すると、息を切らさず、平然としているラーナがこちらに近づいてきている。

「はい。大会に出たからには僕もそれなりには功績を残したいですからね」

「やる気があるようです結構よ。でも……優勝は絶対に譲らないわ」

不敵な笑みを浮かべながらラーナは言う。予選前の少し憂いを感じさせるようなものは今はない。

「やぁ二人とも」

すると、俺たちと同年代ぐらいの声が聞こえてくる。ラーナは少しげっ……と苦虫を噛み潰したような表情をして、そっちを向く。

「……貴方も、参加してたのね」

「あれ?僕ラーナに言ってなかったっけ?一応誘ったつもりなんだけどな」

「いちいちそんな無駄なこと覚えてないわよ」

「全く、つれないなぁ」

アレスとラーナの会話を見ているが……やはり原作のような会話は見られない。

「アクセルさんも昨日ぶり。やっぱり残ってたんだね。凄いよ」

「……それはこちらのセリフですよ。アレスさん、とてもお強いのですね」

「いやぁ。前まではラーナにコテンパンにされちゃったけど、これでもたくさん特訓したからね」

あははと爽やかに笑顔を浮かべてるが……やはり苦手だ。

「それに僕たち、どうやら観客から噂されているらしいよ。学生で予選を勝ち抜いたのは、あの英雄ブリュンヒルデであるマリア以来だって」

あー……そういえば原作でもそんなこと言ってた気がする。周りを見てみると案の定、俺たちを注目してるし。

「……ってここで話すのは駄目だね。とりあえず舞台から出よっか」

まぁそれもそうだな。俺はラーナに会釈をしてアレスの後ろ姿を追っていき、会場を出て行った。





舞台から出て終わった後、俺たちは休憩場のような場所に座っていた。

中を見ると、さっきのざわざわした感じとはなく、人数も限られてるということもあり、とても静かだ。

「アクセルさんって何か好きなことはあるの?」

ん?アレスが俺に何か聞いてきた。うーん……好きなこと……。

「……昼寝?」

「……貴方、さては何もないんでしょ?どうして好きなことで聞いて一番最初に昼寝が出てくるのよ」

少し呆れたような目をしたラーナが言ってくるが、失敬だな。

昼寝は至高だぞ?特に天気がいい時に森に寝るのが最高なんだ。風の音や鳥の鳴き声……自然の音を聞きながら寝るのが本当にさいこ……。

「何言ってるかは分からないけどそれ以上はいいわ。長くなる予感がするわ」


片手の掌をこちらに向けて、もう片方の手で頭を抑えている姿が見える。

なぜ分かった?テレパシーか?

「アクセルさんってなんだか抜けてるところがありまよね」

「そ、そうですかね?」

「うん。最初こそ少し近寄りがたい雰囲気を出していたけど……話してみると意外と人間性っぽいところがあって面白いよ」

「それ、褒めてるんですか?」

「勿論。ラーナもそう思うよね?」

「えっ……ま、まぁ……そうね。うん、退屈はしないわ」

いや……ラーナさん?そんな髪をいじりながら、そっぽして言われても説得力ありませんわよ?

「みつけたぞぉおお!!!」

ん?なんだ、急に叫び声が……あ、そうか確かここって……。

声を聞こえた方を見ると、ふぅ…ふぅ…!と怒りを抑えるように息を吐いて眼孔を開いた状態でこちらを向いている男がいた。


「お、俺がこんなガキ程度に負けるわけないんだ……きっと卑怯な手を使ったはずだ!学生気取りのクソガキどもがぁああ!!!」

うわぁ……実際に見るのは初めてだけどまじか。剣持って男がこっちに向かってるわ。

確かここもアレスとラーナに襲いかかったんだよな。卑怯者!!って言いながら。

っとこんなこと考えてる場合じゃないな。すぐに無力化して……。

「……………邪魔だな」

ッ!なんだ!?

見ると、さっきまでそこにいたはずのアレスが男のそばまで近づき、その剣を脚で蹴り飛ばしてから、みぞおちに渾身のパンチをお見舞いしていた。

「……折角さぁ、滅多にない二人と話をするチャンスなのにさぁ……ねぇ、君……今すぐに死にたいの?」

ま、まずいっ!あいつ、相手を殺す気か!!

「ラーナさん!!」

俺の必死の叫び声とともに、俺たちは二人の元へ駆け出した。

ラーナはアレスから男を守るために、そいつを蹴り飛ばして少しでも距離を遠ざける。

俺は男を殺そうとするアレスを奴の腕を掴んで進行を止める。

「……あれ?二人とも?」

「アレスさん……それ以上は駄目です。ここは係員に任せて……」

……言葉が、続かなかった。
だって奴が……酷く恐ろしさを感じさせる冷徹な表情になってたのだから。

「うーん……僕的にはこの雑魚モブのことが許せないんだけど……」

だが、それも一瞬で終わった。瞬きする頃には彼はいつも通りの表情になっていた。

「なんか二人に止められたって思ったら嬉しくなっちゃった。いやぁ雑魚モブに邪魔されるのも悪くないね」

「……なに、言ってるんですか?」

きっとラーナと俺は同じ気持ちを抱いていると思う。理解が出来ない気持ち、狂人を思わせる気持ち、恐ろしい気持ち……様々なことが今、混ざり合っている。

「えっ?だって二人のような物語の主役と関われるのに、あんな雑魚ごときに邪魔されるなんて僕は我慢出来ないよ。だってそうでしょう?二人は……いや、二人だけじゃない。ルシアやローズ、ソフィア、ナーシャ……君たちは輝きの象徴のような人物達なんだ……最高だとは思わない?憧れの人物たちとこうして他愛の話を出来るんだから。胸の高まりが治らないよ。それを邪魔する埃は……お掃除しなくちゃね」

……な、なんだ……こいつは……?

ほんとうに、こいつは……あのアレスなのか?

何事にも真っ直ぐで、何度心を折れようと、立ち上がって、平和を象徴するような笑顔をする……そんな、原作の主人公なのか?

『放送する。アレス選手、クリーク選手。これよりトーナメントの第一試合を行う。至急舞台上前まで集合せよ』

「……あっ!名前呼ばれたみたいだね。それにしても一回戦かぁ……少し不安だけど頑張ってくるよ。じゃあ二人とも!僕の応援よろしくね!」

それだけ言って、いつも通りの彼に戻って走り去っていく。そこに残された俺たちはただ彼の後ろ姿を呆然と眺めるしかできなかった。

「……ねぇ…やっぱりあいつ……狂ってるわよ」

そう言ってラーナは、少し怖がってるのか俺の服の裾を強く指で握っている。

だが……無理はない。俺も一瞬、奴に対して恐怖を感じてしまった……それぐらいの迫力が奴にはあったのだ。

「……とりあえず、僕たちもアレスさんの試合を見に行きましょう」

ラーナは渋々頷いて、奴の試合を見に行くべく、気絶している男を掴んで休憩場から去っていく。


……アレス。お前は一体……何者なんだ?
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