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第87話 違和感の正体

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「……奴らの試合、ですか?」

眉を顰めて、隠しきれてない嫌悪感を出しながらジークが問いてくる。

「気持ちは分かる。だけど、あいつらの試合は少し見ていきたいんだ」

「……確かに、奴らの実力は把握していませんでしたね。分かりました、私も見させていただきます」

「嫌なら無理しなくてもいいぞ?」

「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」

するとさっきまで不機嫌でいっぱいであったジークの顔が和らぐ。どうやら、心配されて嬉しい……てことでよかったのかな?

「そろそろ始まりそうですよ」

ナーシャもあの二人の戦いは興味があるのか、会場を見守っている。

俺たちも改めて、二人を観やる。

先ほど俺たちと同じように渡された木刀を相手に向けるように構え出す二人。

その気迫に生徒護衛含む全員が見惚れているように彼らをじっと見守る。

「手合わせよろしく、ラーナ」

「……よろしく」

親しい人と関わるように馴れ馴れしく話しかけるアレスの言葉に対して、何の関心も抱かないのか、冷たくあしらうラーナの言葉。

「試合、開始!」

先手を取ったのはアレスだ。

彼は開始と同時にラーナとの間合いを詰める。

距離が近づいたところで彼女の首を目掛けて薙ぎ払いをする。

しかしラーナはアレスの攻撃を避けるように後ろに下がり、彼の射程範囲外に逃れる。

次に動いたのはラーナだ。

彼の攻撃を避けた瞬間、地を踏み外してアレスの間合いに入る。

走り出した勢いのまま、彼女は腹部に渾身の突きをお見舞いする。

ドンっ!

だが、アレスはその突きを自身の木刀の腹の部分で抑えた。

衝撃を感じるのか、彼の顔は顰めるが、彼女の華奢な身体ごと、後方にふき飛ばし、そのまま攻め込む。

ラーナも難なく着地したのと同時にアレスと同じように再び姿勢を低くしたまま攻め込んだ。

「「ッ!」」

ガンッ!と木製同士がぶつかり合う音が再び鳴り響いた。その勢いのまま、二人は激しい攻守攻防を繰り出した。

お互いがお互い、烈火の如く繰り出される連撃はその場にいる全員の声を失わせてしまうほどの迫力があり、それはある意味、一種の芸術だと表現できてしまう。

俺もこれが初めて見た人物達との戦いならそう思ったであろう……だが。


「……浅はかだな」

その戦闘の様子に対しての俺の感想はその一言。原作が分かったからこそ分かってしまうのだ。

……アレスの実力が、原作よりもかなり劣っていると。

「あのラーナという女は中々やるようですが……アレスという男は駄目ですね、まるで鋭さがない」

先ほどの言葉に反応するようにジークが俺と同じような感想を呟く。

「うーん……私は剣については皆無なのですが……少なくとも、アクセル様の剣よりかは確実に劣るかと……」

ナーシャの評価も、俺たちと全く同じ。どうやら見当違いという訳ではないようだ。

だが、どういうことだ?確か原作ではこの場面だとラーナとアレスはいい勝負をして、最終的にはアレスが勝つはずなのだが……。

「ぐぅっ!」

ラーナの鋭い剣筋がアレスの身体に直撃する。

そのままラーナの猛攻が始まってしまい、アレスはこれ以上受けないように防御の一手になってしまう。

相当疲労しているのか彼は時間が経つに連れてだんだんと息が上がっているのに対して、ラーナは戦闘前と全く変わらずに平然としていた。

「……大した実力がないにも関わらず、アクセル様を愚弄するとは……腹が立って仕方ありません」

さっきのことを思い出したのか、ジークの表情が再び怒りに満ちた顔になってしまう。

あ、あぁ…ジーク君、程々にね?

……でも、奴の違和感の正体一つがこれでようやく分かった気がする。

アレスを一目見た時、まるで原作と同じような覇気が感じられなかったのだ。

確かにまだまだ発展途上ではあるものの、それがラーナよりもかなり小さく、弱いものだったから驚いてしまった。

でもだからこそ疑問が残ってしまう。
奴はなぜ原作よりも酷く実力が劣っているのか……それに、彼に感じたあの深すぎる欲望の正体は……?

「はあっ!」

そんな思考を走らせているうちに、ラーナの渾身の一発がアレスに炸裂した。

「がはっ……!」

その下から鋭く振り上げられた木刀を見事に喰らってしまったアレスはそのまま宙を浮き、放物線を描くように盛大に吹き飛ばされた。

「……二人とも、そろそろ行こうか」

それが、勝敗を意味を理解してたであろう二人は特に何も言わずに頷いて、その場を後にした。

さて……今度はあの四人の番かな。

俺はアレス達の戦闘のことを忘れ、おそらくレベルが高くなるだろう魔法試験に胸が躍るのを感じたのだった。





「……勝者、ラーナ!!」

その先生の声にその場にいた生徒や護衛達の歓声が会場に響き渡った。

先ほどの圧巻としたアクセルの戦闘とは違い、迫力満点な戦いに彼らの心も踊らされていたのだ。

「……あはは、いや~負けちゃったよ。ラーナは強いね」

アレスは予想外な展開に心の中で動揺しつつも、それを見せないように身体を起こして、ラーナに話しかける。

だが、勝ったのにも関わらずラーナの表情は優れていない。

「……こんなんじゃだめよ……さっきの戦闘とはまるで天と地ほどの差があるわ」

ラーナは先ほど行われていた戦闘……と表現出来ないかもしれない出来事に目を奪われていた。

自分よりも遥かに劣っていたであろう人物。

それは、彼女の誤解であった。

先ほどの試合……アクセルが出ていた試合でそれが明白になったのだ。

ほとんど振るうことがなかった彼の木刀。だが、その一瞬の動作だけでも彼女は分かってしまう。

……あれは、剣の極致であると。

周りを見渡すが、彼の姿はどこにも見当たらない。

自身の実力不足……そして、先ほど自身に魅せた彼の剣が、今のラーナの心を取り乱していた。

「……貴方は一体、何者なの……?」

その言葉が、今届いて欲しい人に届くことはない。それを表すかのように、彼女の言葉は吹き荒れる風と共に消え去った。







そして、一瞬アレスの顔が醜く歪んでいたのは、誰も気づかずにいた。


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