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第54話 託された想いを胸に

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世界でも有数の力をもっている辺境の地、レステンクール領の騎士団「ウィンドブルム」
そこに無我夢中に剣を振り続ける女がいた。

「....ふっ、ふっ....はぁっ!」




「...な、なんか団長、いつもより気迫というか、雰囲気険しくないか?」

「無理もないだろ、話によるとアクセル様が毒を飲まれたらしい。それを見守ることしか出来なかったらしいし、生真面目な性格の団長がそんなの許せるわけないだろ」

「えっ?アクセル様が毒飲まれたのか!?」

「しー!声がでけえよ!噂で流れてるって話だけど...あの様子だと概ね間違えじゃないのかもな」

ジークリンデ この騎士団の団長を務めている女性だ。
いつもの彼女は冷静で厳しくこのように血気盛んに剣を振るうことなど例外を含まなければあり得ない。

だが、親愛なる主の息子であるアクセルを前に何もできない自分の不甲斐なさ、そしてどうしようのない怒りが今の彼女を作り出していた。

(....私は........)

――もし俺に何かあったら、その時は頼む

「っ!くっ!」

シュッ!
ゾォォオオオオオ!!

ジークの振った剣から空気を切り裂いたとは思えない程の音が駐屯区全体になり響く。
それを間近に目撃した複数の騎士はその光景に全身から冷や汗を流した。
その凄まじい気迫は以前アクセルと戦った時のそれとは違う。
戦うのが楽しいという気持ちではない....なにかに対する憎しみと怒りのみがその剣に籠もっていた。

「...ちょうどいい」
すると、身体をゴキゴキと鳴らしながら、身体を起こし周りにいる騎士達全員を見回して言い放った。

「ここにいる全員、今から私と付き合え」

その言葉に...全員が顔を青ざめるのが目に見える。
それは、ジークと模擬戦をするということを意味していた。
連戦の中、やっとの思いで休めることが出来たのに、それよりも何十倍も厳しいジークとの鍛錬を強要していたのだ。

「なっ!い、今俺達、休憩中ですよ!?」」

その中にある一人の騎士がいつも通りに反論したが、それに対してジークは....たった一睨みで黙らせる。ジークに睨まれた騎士は脚をガタガタと震えている。

正直、この騎士達は気の毒でしかない。なぜなら、今から彼女がやるのは...訓練でもなんでもない、ただの八つ当たりなのだから。


「....私がいない間、どれだけお前達が腕を上げたのか、確かめてやる」

冗談ではない分かったのだろう、騎士は疲労した身体にムチをやるがごとくに脚を震わせながら立ち上がって、ジークを囲むように構え始める。

「....ふっ、やっとその気になったか...では....いくぞ」

瞬間、彼らの視界からジークは消え失せ....気づいたときには目の前に木刀を突きつけられていた。





「...ありゃりゃ、あれはひどいっすね」
ジークに無様にも蹂躙されている騎士達の悲惨な光景を様子見するように、モルクは自分オリジナルの飲み物を飲みながら、呟く。

「...お前、その飲み物不味くないのか?なんでそんなぐびぐびと飲めるんだ?」

呆れながら彼に言い放ったのは共にジークの様子を見ている騎士、レイスである。

「うるせぇ、これは俺が丹精込めて作ったものなんだよ!ったく、なんで全員飲みたくないとかまずいとかいうんだよ...」

うぅ...と少し涙目になるモルク。だが、同情心が湧かないし、可愛くもない。
なぜそんな所で命掛けてるんだよと思いながらも...再びその目を駐屯地に向ける。

「それにしても....団長のあの様子、相当荒れてるようだな」

彼らがジークを最後に見たのは、レステンクール領に帰って解散した時だ。
その時はどちらかというと、悲しみの感情が大きくかったのか、ずっとボーッしていた。だが、今はこの前とは一変して何かに取り憑かれたように、自分を追い込むように、鍛錬だけに目を向けている。


「...今の団長を見ていると...なぜか胸が痛くなるっすね」

モルクの呟きにレイスは共感できた。普段厳しくも、優しく、そして誇り高い彼女しか見なかった反面...形はどんなものであれ、尊敬に値する自分の上に立つ者が、今も苦しんでるかのように、剣を振るう....それだけで、胸がはち切れそうだ。

そんな様子を見ていると...後ろから、コツコツと古びた図書館の床を歩くような革靴の足音が耳に入ってくる。何かと思い後ろを振り向くと...そこには自分の騎士の主がいた。


「マエル様...!」

レイスは彼の姿を見て驚きを隠さずにはいられなかった。彼がこの駐屯地に出向くことなど、滅多になかったからこそだ。証拠にモルクの目も僅かだが開かれている。


「えっと...確かレイス君とモルク君だよね?ジークと一緒にいた」

その問いかけに二人は肯定を示すかのように彼に頷いた。

「そうかい……二人共、ジークのこと支えてくれてありがとうね」

「い、いえ!そんな!俺達にとっても大事な人なので....!」

お礼を言われるとは思わずレイスはついそんなことを言ってしまう。
流石はジークが敬愛している領主、そしてアクセルの父だ、彼の雰囲気につい飲み込まれそうだ....それほどのなにかをマエルと会話して感じる。

「....それで、どうしてこんなところにマエル様が?」

理由はおそらく推測できると思いながらも、モルクはいつものだらけたような態度ではなく、傍からみたら真面目な騎士だと思わせる態度で聞いてくる。

「...少し、ジークの様子を見に行こうと思ってね」

そう言い放ち、今も続いている嵐のような八つ当たりで自分に部下に剣を振るっているジークの姿の方を憂いてるように見た。

「...彼女の様子はどう?」

「私達もあの日以降見てはいませんが...あれはかなり荒れていると思いますよ」

それは普段彼女を見ている者から見れば一目同然だった。

目には少し化粧をしているが、そこから隠しきれないクマが濃く出ており、背中まで伸びている彼女らしい黄金に輝く金色のストレートの髪も、その光沢を失っているかのようにボロボロだ。顔も疲れが取れきれてないのか、顔色も明らかに悪くなっている。

「...なにが彼女をあそこまで苦しませているのか、私には少しも分からないんだ....この前会った時に聞いても、大丈夫ですの一点張りでね...」

はぁ...とため息を吐いているマエル。彼も彼なりになんとかしたいと思っているのだが、その想いも空に輝く月に手を伸ばしても届かないように今の彼女には届かない。

「...マエル様でも駄目なのですね...」

ジークがマエルのことを想っていることは彼ら騎士達の中では当たり前のことだった。本人は気づいてないらしいが....だから彼であってもジークの隠していることが分からないことに驚いていた。普段の彼女なら絶対に伝える分、尚更だ。

「...アクセル、君は一体、ジークに何を吹き込んだんだい?」

マエルのその言葉に対し、本人からの返答が帰ってくることはなかった。





―なら僕のこともこれからは呼び捨てにしなきゃダメということだよね?

(....アクセル様)

―ジークには幸せになって貰いたいからね。それぐらいは許してくれよ?

(アクセル様...!)

― ジークがどう思ってるかは分からないけど、僕はあそこで君と出会えて良かったと思ってるよ

(…アクセル様っ!)

「はぁあああっ!」

ドンッ!

「ぐぅっ!」

もはや精霊の技業とも言ってもいい、ジークが操る二本の刃が再び彼らを襲う。
だが、その姿はまさに堕天使。
欠けた翼が舞い戻るように彼女は踊り、騎士を翻弄し、そして蹂躙する。

今のジークに優しさという言葉など存在しない。その証拠に彼らは息が詰まりそうな限界に達した状態になりながらも戦い続けた。

そうするしかなかったのだ。

「立てっ!」

自分が先ほど倒した騎士に腹に一発渾身の蹴りを入れる。

「ぐぅぁ……」

苦しそうに呻きながらも、流石は長年騎士をやってきた者だ。痛みに耐えながらもジークに応えるように全身に力を入れ立ち上がる。

「どうした!そんな実力じゃあここは守れないぞ!いいのか!?守れなくても!!お前達はそれでも誇り高きウィンドブルムの騎士なのか!!」

そんな堕天使に成り果てた彼女は周りの騎士達を咎めるように、非難の的にする。


普通ならそんなジークの言葉に怒りや理不尽を覚えるだろう。実際、一瞬だけ騎士達の心にもそれは感じた。

だが、それでも立ち続け、そしてジークに向かってくる。一体何が彼らを立たせ、強くさせるのだろうか?

意思か?強さか?それともただの負けず嫌いか?……それもある。

だが……一番の理由は、そんなジークを慕っているからだろう。

普段の彼女は厳しくもあり、そして優しくもあった。嘗て道を外れた者、誰にも頼ることが出来なかった者、命の危機にさらされた者……そんな普通の騎士とは違うのがここ、ウィンドブルム。

そんな自分たちを拾ってくれたのが、ジークであった。ただ叩きのめされて、返り討ちにされて、助けられて……そして、誘われた。

何もない、貧弱な、そんな自分達を彼女はここまで強く、逞しくさせてくれた。

ならばその恩を彼らは仇で返すのだろうか?

その答えは否、だから一人で何かを抱えようとしている団長を支えるのだ、それが彼女の願いならば。

自分たちのことを大切にしてくれた、どうしようもなく優しいジークリンデ・オルバドスことが好きだから。

それに……彼女の顔はとても酷いものだ。見た目だけではない……とても、辛くて、悲しくて、苦しそうな表情。

彼女自身が苦しそうにしているのに、どうして自分たちは逃げるのだろうか?ほっとけるのだろうか?

……絶対に逃げない。

彼らの強いの想いが何度も、何度も立ち上がらせる。それが彼女に対する恩返しだと思ったから。


(……強く、ならねば……)


その思いとは裏腹に、彼女に宿るのは………彼に託された想い。

(アクセル様は…私に、マリアを、マエル様達を、この街を託して、後を去っていった……)

どうすればいいのか分からない。でも自身のやるべきことを真っ当しなければならない。自分の全てを持って………
呪いとも言えるアクセルの言葉はしっかりと彼女の胸に刻まれていたのだ。

例え、自分がどれだけ苦しい思いをしても、辛い思いをしてもここを守るのだ、彼がマリアを命をかけて守ってくれたように……

自分もこの街を、尊敬する主を、その家族を命をかけて守る。


(………もう、誰も失わないように……誰も悲しませないように……今度は私が……!)

そして疲れきった身体をもう一度奮い立たせ、再び構える。

「まだまだ飛ばしていくぞ!!さぁ、構えろ!!」

限界にも近いその身体は、クレーターだけを残して、再びその場に消え失せた。







「……ソフィア?今大丈夫か?入るぞ~」

一方、屋敷ではいつも通りに彼女のケアをするため、ローレンスは彼女の部屋の前まで向かって、一声かけてその部屋を入る。


「返事ぐらいせんか?流石に我でも心配……」

その言葉が最後まで続くことはなかった。
それもそうだろう。
















彼女の部屋は、もぬけの殻だったのだから。

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