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第50話 始まる悲劇

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誰もが絶句し、時間が止まっているかのように瞬き一つせず動きを止め、目の前て倒れている演技者ピエロに目を向けている。

それは信じたくないのか、はたまた予想外のことで頭が真っ白になっているのかは人それぞれだろう。

ただこれだけは言うことが出来るであろう。
……これが、悲劇の始まりだと。

「…………あく、せる?」

彼の目の前に立っている人物、マリアの一言で静寂が消え去った。

「お、お兄様……?」

始めに動いたのは、妹であるソフィアだ。
身軽なはずの身体は、信じたくもない事実により足取りが重く感じ、ゆっくりとアクセルに近づいていく。

「お、起きてください。そんな冗談、そ、ソフィア怒りますよ?い、今なら許してあげますので……起きて、ください………」

声を震わせながらも、身体を屈ませ、アクセルに問いかける。

だが、返ってきたのは静寂のみ。それはアクセルが返事をしていないことを意味していた。

「お、お兄様、起きてください……お兄様……!お兄様!!」

ソフィアの悲痛な叫び声がジークとマエルの正気を取り戻させる。

瞬間、ジークがその場でソフィアと同じような悲痛な声が混じりながらも、外にいる部下に呼びかける。

「モルク!!!アクセル様が毒薬を飲まれた!!!今すぐにカロナイラ家の屋敷に出向き、アルマン様とリアーヌ様にこのことを報告しろ!!!急げ!!!!」

すると、外でとてつもない足音が立ち去っていくのが聞こえた。モルクはいつものだるそうな表情ではなく、鬼気迫る様子で慌ただしい表情に変化しており、彼自身もこの状況にはふざけずにはいられなかった。

そして、マエルは目の前にいるイベルアート家に今まで見たことのない圧倒的な覇気を放っている。
それを向けられた本人達は全身に嫌な汗を流し、極寒の場所でもないのに血が凍ってるように感じた。

「……どういうことか、説明してもらってもいいかな?」

その言葉は淡々としており、凡人なら全く感情が篭ってないように聞こえるだろう。

だが、長年貴族を務めているディミトリは目の前にいる彼がとてつもない怒りを漂わせているようにしか思えなかった。

「ま、待ってください!わ、私にも何がなんだが……」

だが、ディミトリ本人は訳が分からなかった。それも当然、彼は本当に何も知らずにいたのだから。
本当なら楽しい時間になるはずだったこのパーティーは、マリアの紅茶の中に混じった毒薬により、殺伐とした地獄の空間へと変化していった。

「………それでは、そこにいるお嬢さんに聞きましょうか」

ソフィアが今もアクセルに泣きつき、マリアが表情を消し、呆然としたままアクセルの方を見ている中、マエルは感情を殺しながら、目だけを今も青ざめているセミカに向け、問う。

「単刀直入に言うよ………君が、毒薬を入れたのかな?」


マエルがセミカにそう問いた瞬間、とてつもない轟音がこの部屋に響いた。
煙は舞い、なにかが激突した余波で壁にある装飾品、食卓に置いてあった食器やカップは吹き飛ぶ。

隣にいたディミトリもその影響で吹き飛び、その横にいたゼノロアも吹き飛びはしなかったが、煙に目が入らないように目を瞑り、腕で目を覆う。
マエルはそれにも関わらず、依然として体勢を変えず、その場で見守っている。


そして、煙が晴れると………そこには怒りで我を忘れ、今にも殺さんとばかりの気配を出し、涙を浮かべているソフィアとマリアが、
その人物を二人の迎撃から守るように、二つの剣を交互にさせ、マリアの愛剣を受け止めているジークの姿がそこにはあった。


「………なんのつもりよ、ジーク」

憎悪を隠しきれないのか、いつもよりも数段低い声でマリアは目の前にいるジークにどういうつもりかと喋る。

「……どうもこうも、これはいけませんマリア様」

「……それは、ルールだから?それとも、人としてだめだから?」

「………いえ、これは……我が主人に託された願いです」

その答えに妙に思いながらも、そんなこと今は関係ないとばかりに再びマリアは言う。

「どきなさい、そいつを殺せないわ。これは命令よ」


「いいえ、それは出来ません。例えどんな理由でもです」

「!!アクセルが毒を飲んだのよ!?あんた分かるわよね!?この世界で毒がどれだけ天災になりうるか……もう、あの子は……」

毒の治し方は未だこの世界では解明されていない。つまり身体に毒が回るということは、人の死を暗示していた。

それを理解してるのか、ジークも表情を歪ませ、悲しみで覆われている。

「……どきなさいよ……どきなさいよ!!
あの子の、アクセルの仇をとるの!!私がやらなきゃ……私が……!」

「マリア!!!」
すると、ジークは普段は見せることのない素の姿でマリアの名前を叫ぶ。

それに対しマリアはその様子に一瞬怯んでしまった。

「あのお方が、それを望むと思う?ふざけないで!あのお方はあんたを守るために自分を犠牲にしたのよ!?あんたはそれを……アクセル様が守ってくれた命を、無駄に、するの?」

マリアがハッとした表情をして、前を見る。
すると目の前にいる彼女もまたマリアと造作ない程にひどい顔をしていた。

歯をかたかたと音をたてながら食いしばり、
目には今も涙を流すのではないかと思われるほど潤い、籠手で覆われているはずの手はポタポタと血の雫が落ち続けている。

その様子を見たマリアは身体に力が入らなくなり、剣を落としてしまう。

「……そんなの………そんなの………とっくの昔に知ってるわよ…………」

そう呟いて少し離れているアクセルの元へと歩きながら、彼を自分の大切なもののように丁重に抱き上げる。

「……なんで……私を……庇ったのよ……………置いていかないって、約束、したじゃないのよぉ……うぅ……あぁぁ………アクセルぅぅゔゔ………」

そしてアクセルが死んだと自覚した瞬間、
マリアは今まで彼以外に見せたことのない弱々しい姿を曝け出し、彼を抱いたまま目から涙が溢れた落ちる。

その様子を見たジークはマリアから目線を外し、ソフィアに構えようとして……やめた。

どうやら彼女は別の誰かが止めていると理解すると武装を解いて、アクセルの方をジッと見続ける。

「…‥アクセル様」

「……ジーク、辛い所悪いけど、誰も出て行かないようにドアのそばで見張ってくれ」

そう命令されたジークは特に動揺せず、マエルの命令通り、ドアのそばに立つ。自分の主人を毒殺した人物を射殺すと言わんばかりのオーラを出しながら……

「………なんで、ですか」
ソフィアの誰にも聞こえない程の声で自分の動きを止めているであろう人物達に投げかける。

「……どうして、止めるのですか……お兄、様を、殺したのですよ?……そんな人物、赦される訳が………ゆる、される……わけ……」

すると、ソフィアは事切れたように意識を失い、地に伏せた。目から涙を流し、最後にお兄様と呟き手を伸ばしながら……

「……とりあえず、騎士や名医が来るのを待とうか」

最悪とも言えるその空間でマエルの一言を呟いた以降、彼らの周りを漂う空気は重苦しいものに変化するのだった。

その間、口を歪ませているゼノロアを除いては………





「……ソフィアの意識はなんとか失わせたぞ」

認識阻害インビジブルにより誰にも気付かれないように外へ飛んでいるローレンスが呟く。

「そう……あの様子だとひとまずは大丈夫そうね」

ユニーレがひとまずやることを終えたように息を吐いて、その場から離れるようにどこかへ飛ぶ。

「いくわよ」

「……うむ」

ローレンスは少し暗い顔をさせながらも、それはすぐに決意を決めたような顔に変わり、彼女もまた屋敷から去っていく。

「これからが大変よ…アクセルが戻るまで、私たちがあの子達のケアをしないといけないわ」

「あぁ、それにあやつの情報だと、レステンクール領で盗賊に襲われると聞いている。あそこに戻ったら出来るだけ、あの二人……いや、三人を戦えるまでの状態にさせねば……」

心の奥底にある不安を抱きながらも彼女達は悲観しない。何故ならアクセルは必ず帰ると言ったのだから。
ならば彼女達は自分の出来ることを、彼が託してくれたものを遂行するだけだ。

「ユニーレは大丈夫なのか?王都とレステンクール領を往復することになるのだが…」

「そこに関しては大丈夫よ。元よりアクセルに頼まれたもの。失敗するわけにはいかないわ。まぁローレンスのせいでこうなったのだけどね…」

「うぅ、それは悪かったのだ。だが我だって許せるわけ………」

そんな会話を投げ交わしながら、二人は誰にも気づかれずにその場から消えていった。





その後、アルマン、リアーヌ、バレロナ、ナーシャと騎士二人が着いた時には悲惨なものであった。

あちらこちらに食器や絵画などの装飾品がばら撒かれており、表情を硬くする者、青ざめている者、倒れている者、そして泣いている者など、もはや状況は混乱と言ってもいいだろう。
そして何より、マリアに抱えられている人物、アクセルが血を吐いて倒れていることに驚きを隠せずにいた。

ナーシャとリアーヌはアクセルのその姿に涙を流しながら彼の名前を呼びかけ、アルマンは父に情報を聞き、バレロナは騎士を動かし、おそらく実行犯であったセミカ、その親であるディミトリ、メイド達などを連行。

ゼノロアは特に関係ないと思われ、その場で事情を聞き、解放。残りの人物は名医が来た後、王都にある神殿に向かい、見てもらうことに。


「…………これは……!」

名医はアクセルの身体を診たり、魔法をかけたりして検査し、驚きの表情に返る。

その場で泣き崩れている者が大半の中、マエルは覚悟を決めるように聞く。

「……アクセルの状態は?」

すると名医は困惑しながらも、しっかりと答えた。

「……状況は最悪と言ってもいいでしょう。
身体中に毒が回っています」

やはりか……もうだめだと思った時、ですがと名医は言葉を続ける。

「……まだ、辛うじて脈が動いております。
それに弱々しくも心臓も……」

その言葉にその場にいた全員が驚愕な表情を浮かべていた。
本来、脆弱な普通の毒であっても、この世界で生き延びれたのは長くても数十秒だ。

それが数分、数十分経ってもまだ身体が力尽きていないという状況はもはや異例であると言える。

そんな事例をアクセルは出していた。

「………ただ、それだけのことです。このまま何もしなければ、死んでしまうのも時間の問題でしょう」

「っ!先生、何か、何か方法はないのですか!?私に出来ることならなんでも…!」

リアーヌが声を荒げながら縋りよるが、解毒の方法はなにもなく、そのまま首を振る。

その答えにリアーヌは崩れ落ちるかのように身体を落とし、手で顔を覆いながら涙を流していた。

「そ、そんな………」
ナーシャもまた、力が抜けていくように顔を俯くしかなかった。

やっと、見つけたのだ。自分が本気で好きになれる人物が……男嫌いだった自分が唯一心を開ける人物が…………あの時、自分のことを優雅に助けてくれる、騎士のような人物が……


その思いは止まらず、枯れたはずの涙がまた目から溢れ出してしまった。

「……ひとまず、この王都で看病してみます。
もしかしたらあるいは………」

そんな自身の呟きを否定するように首を振り、今日はお引き取りくださいと言われ、彼らはどうすることもできない無力さを痛感しながら
涙を流し、顔を歪ませ、表情を消え失せ、そんな状態で帰路を辿ったのだった。





「………くくくっ」
一方、ゼノロアはとっくに王都から自分の領にとっくに帰っており、口から出る笑みを抑えずにはいられなかった。

「あの小僧が毒を飲むとは思わなかったが……これは予想以上の収穫だ。奴が倒れた時のレステンクール家の反応……くっくっくっ、実に愉快だ…!」

あの女は元々あそこで捨てるつもりであったから全然いい、むしろこちらに収穫しかないと考えていると、目の前に魔法陣が現れ、そこに自分と手を組んでいる魔族が現れた。

「こちらの準備は出来た……貴様の合図次第でいつでも出撃可能だ」

その発言を聞いて、ゼノロアはまた笑みを深めた。あぁ今にも忌々しいと思っている相手が自分の合図次第で簡単に滅ぶ。

そう考えただけで興奮は抑えられずにいた。

「あい分かった、こちらも準備が出来次第、連絡を取ろう」

そう言い、彼はいつかの時みたいに、不穏な空を眺めながら言う。

「……もう間も無くだ……お前達はこれで終わりだ………!」

そして、その時のペレク領にはかの領主の笑い声が街全体を包んでいった。


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