117 / 208
第117話
しおりを挟む午後三時。
集中できずにズルズルと仕事をしていた。
ちょっとだけ休憩しようと、気分転換に残っていた珈琲を飲み干してベランダに出る。
生温い空気が肌を撫でた。
あとほんの少しで秋になるとはいえ、まだ暑い。
「……今年中に全部終わらせたいなぁ」
三森のことと、凪さんの御両親に会うこと。
新年は何の不安もなく迎えたい。
ググッと伸びをしてリビングに戻る。
窓の鍵を閉め、テーブルに戻ろうとした時リビングのドアが開いた。
「え……」
「ただいま」
「……時間、まだ……三時……」
「今日は早めに切り上げた。」
「それって大丈夫なの……?」
疑問を口にすると、凪さんは頷き「それより」と言って、俺の服を掴んだ。
「これ、俺の服じゃないか?」
「……」
「朝、風呂場に持って行ってた着替えはこれじゃなかったと思うけど。」
「どこまで見てるんですか」
「真樹のことは割とずっと見てる」
恥ずかしい。
実をいえば、ソワソワしてしまい仕事に集中できず、どうしようかと悩んだ末に見付けた策だ。
彼の匂いを嗅いでいればオメガの俺は落ち着く筈だと推測して、彼のパーカーを拝借した。
おかげでソワソワした気持ちは少し落ち着いたけれど、まだ充分とはいえない。
「ストーカーみたい」
恥ずかしさを隠すために巫山戯てそう言うと、彼は首を傾げる。
「俺達は番な筈なんだけどな」
「番でも、恥ずかしい……」
「そうか。ごめんね。で、どうして俺の服を?」
この話は終わるかと思ったのに、そうはならなかった。
掴まれているから逃げることも出来ない。けれどまだ仕事が終わっていないから、理由を話すのも今は難しい。
「あとで話します。今はまだ仕事が残ってて……」
「仕事?……ああ、それは急ぎじゃない。それよりもこっちの方が急いでる。『早く帰ってきて』って言っただろ。寂しかったのか、何かあったのか……きっとその理由が俺の服を着ている理由だとも思うしね。」
「う……いや、でもやっぱり仕事……」
「真樹」
手を取られ、抱きしめられる。
安心できる温かい体温に、思わずホッと息を吐く。
「教えて。寂しかったの?」
「……さ、みしかった……」
「何かあった?」
「三森から、メッセージが送られてきて……」
「見せて」
凪さんの雰囲気が少し固くなる。
恐る恐るスマートフォンを手に取って、メッセージを開け彼に渡した。
内容を読んだ彼は、眉間に深く皺を作って画面から顔をあげる。
「この事件っていうのは?」
「えっと……昔、中学生の頃にオメガの子に襲われたことがあって……」
「成程。襲われたっていうのは、相手が発情期になって真樹に迫ったってことであってる?」
「はい。その子とは結局何も無かったです。ただ……凪さんも知っての通り、俺の両親はオメガ性への偏見が酷いでしょ?」
彼は静かに頷く。
「だから当時は被害届を出すとか……まあ、いろいろあって……正直トラウマで。その事があったから俺もオメガ性に対して偏見を持っていました。」
あの事件がなければオメガ性に偏見がなかったのかと聞かれると、それは分からないけれど。
「三森は真樹のトラウマを知ってて……もしかするとこのオメガ性の子にわざわざ会いに行って話を聞いたのかもしれないな。」
「俺も、そう思います。」
拳をぎゅっと握る。
何が彼をそこまで動かしているのかがわからない。
唇を噛んで俯くと、凪さんの大きな手がそっと頬を撫でた。
96
お気に入りに追加
1,972
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
風俗店で働いていたら運命の番が来ちゃいました!
白井由紀
BL
【BL作品】(20時毎日投稿)
絶対に自分のものにしたい社長α×1度も行為をしたことない風俗店のΩ
アルファ専用風俗店で働くオメガの優。
働いているが1度も客と夜の行為をしたことが無い。そのため店長や従業員から使えない認定されていた。日々の従業員からのいじめで仕事を辞めようとしていた最中、客として来てしまった運命の番に溺愛されるが、身分差が大きいのと自分はアルファに不釣り合いだと番ことを諦めてしまう。
それでも、アルファは番たいらしい
なぜ、ここまでアルファは番たいのか……
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
※長編になるか短編になるかは未定です
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる