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第36話
しおりを挟む凪さんの秘書とは言ったけれど、俺は第二秘書で、第一秘書には中林さんというベータの女性がいるらしい。
本来なら俺が運転するべきなのに、凪さんが運転する車で出社し、乗り慣れたエレベーターに乗り二番目に高いフロアのボタンを押した。
「凪さん」
ボソッと名前を呼ぶと「何?」と顔を近づけてくる。
「俺、変じゃないですか……?」
「変じゃないよ。それに……服で隠れて今は見えないけど、これもよく似合ってた。」
彼が首に触れる。
シャツに隠れて人からは見えないけど、ここには彼から貰ったチョーカーを着けている。
黒色のシンプルなそれ。昨日貰ったばかりのこれは、お風呂に入る時以外外さないようにして欲しいと頼まれた物だ。
「ありがとうございます」
「真樹は綺麗な顔をしているから何でも似合うね」
「嬉しいです。でもそれは凪さんもですよ。」
エレベーターが目的の場所に着くと、スイッチを切り替える。
今からは彼の事を専務と呼ばないと。
「おはようございます。専務」
「おはよう。中林さん、こちら新しい私の秘書の堂山君。」
専務室の前、デスクが廊下を挟み向かい合って二つ置かれてある。
片方の席で立ち上がり深々と頭を下げた女性。
ショコラブラウンの髪色をしているミディアムヘアーの彼女はこれから一緒に仕事をする人。
印象はクールビューティーという感じで、仕事ができるんだろうなと直感的に思った。
「初めまして。堂山 真樹です。よろしくお願いします。」
「初めまして。中林 和華です。こちらこそよろしくお願いします。」
専務は自分の席に行って、俺は空いている中林さんの向かいの席を使う事になった。
デスクにペンケースやメモを出して、準備を整えていると、中林さんがやって来て分厚い資料を見せられる。
「これが今専務が直接携わっている業務内容の資料です。時間のある時に確認しておいて下さい。専務の外出について行くのは主に第一秘書の私ですが……」
そこで言葉を区切った彼女は、キョロキョロ辺りを見渡すと顔を近づけて小さな声で話し出す。
「貴方、専務の恋人なんでしょっ?」
「えっ!」
中林さんは何故か、ニコニコ笑顔でほとんど確信を持って聞いてきた。
さっきまで控え目に微笑むだけだったのに、どうして今はそんなに楽しそうな笑顔なんだ。
「簡単な内容なら貴方がついて行ってあげた方が、多分専務も喜ぶから、そういう時は声かけるわね!」
「え、ぇ……あ、ありがとうございます……?」
「専務ね、周囲の人にずっと心配されてたよ。ほら、もういい歳でしょ?なのに恋人の影が全く無いから……。だから貴方が専務の傍にいてくれて嬉しいわ!何かあれば遠慮なく言って!仕事の事でも専務との事でもね!」
優しい彼女に鼻の奥がツンとする。
彼女は凪さんがアルファだと知っているはず。そんな彼と恋人の俺はオメガだと凡そ予測しているだろうに、こんなに親切にしてくれるなんて。
「えっ、堂山君っ!?ごめんなさい、何か気に障ることを……」
「違うんです、ごめんなさい。嬉しくて……」
両親にすら拒絶された俺に、こんなに優しくしてくれるなんて。
目に涙が溜まり、今にも零れ落ちそう。
「──どうかした?」
騒がしかっただろうか。部屋から専務が出てきて、俺達を見ると首を傾げる。
「堂山君?」
「すみません。何でもないです。中林さん、ありがとうございます。」
頭を下げる。
これからここで精一杯頑張ろうと心に決めた。
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