19 / 208
第19話
しおりを挟むその日の午後、片付けと荷物を取りに一度俺の住んでいた部屋に行く事になった。
凪さんの運転する車で、送ってもらう。
「会社から近いんだな」
「電車、乗り継ぎしないで行けるところが良くて。」
家に着いて元々少ない荷物を纏める。
家具はリサイクルショップにでも買い取ってもらおうかな。僅かでもお金になるなら、有難い。
「凪さん。これ全部リサイクルショップに買い取ってもらうことにします。」
「そう?真樹の部屋に運んでもいいよ」
「……ううん。改めて必要な物は、また自分で買う。新しい生活が始まるし、心機一転……みたいな。」
大学を卒業して、就職する前に引っ越してきたここ。約二年間お世話になった。
「そんなに思い入れも無いし。」
焦げ茶色の棚。木目にそっと指を這わせる。
本当、思い入れも思い出も、何も無いな。
ただ、仕事から帰ってきて風呂に入り眠るだけ。
時間があれば食事をとるけれど、それすらも面倒で寝ていた。
休みの日も、本当に体を休めるだけで、特に何をしていた訳でもない。
「勿体ない時間を過ごしたなって思います。」
「そうなの?」
「仕事しかしていなかったですね。初任給で両親とご飯に行って……それ以外プライベートで誰かとどこかに行った思い出がないです。誰かを家に招いたこともない。」
ああ、そういえば。
「こうして家に誰かが来るのは、凪さんが初めてですね。」
振り返って彼を見ると、眉間に皺を寄せていた。
どうしたんだろうと、首を傾げると小さく名前を呼ばれて返事をする。
「真樹はずっと寂しかったのか?」
「……寂しいはもう通り越したかな。アルファらしくしないといけないとか、アルファなんだからミスは許されないとか、そんなことばかり考える毎日で。ただ必死でした。」
いつかは寂しいと思っていたのかもしれない。
そういえば、性別が分かった直後はプレッシャーで押し潰されそうになっていた。
両親は俺がアルファだった事に大喜びしていたけれど。
アルファだから、良い企業に就職できる。
アルファだから、必ず結婚できる。
アルファだから、将来は安泰。
アルファだから。アルファだから。
「俺の価値って何なんでしょうね。」
アルファじゃなくなった俺を、両親はもう必要としないのかもしれない。
148
お気に入りに追加
1,972
あなたにおすすめの小説

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます


たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています

ベータですが、運命の番だと迫られています
モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。
運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。
執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか?
ベータがオメガになることはありません。
“運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり
※ムーンライトノベルズでも投稿しております

とろけてまざる
ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜
白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。
しかし、1つだけ欠点がある。
彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。
俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。
彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。
どうしたら誤解は解けるんだ…?
シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。
書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる