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番外編
ひより
しおりを挟む仙波は料理を作り終えると、静かにテーブルに並べる。
そして、『フェロモンが漏れているのならもしかすると近いうちに発情期が起こるかもしれないから、急にお休みを貰うかも』と時雨に告げた。
「ああ、はい。お大事にしてください」
「でもまあ、二週間後なのでその頃には終わってるかもしれませんが」
「無理はしないでくださいね」
「……。それは俺のセリフです。二週間も市谷さんを一人にするのがちょっと心配です」
「俺は大丈夫ですよ」
時雨は少し苦い顔で笑うが、心の内では『どうやって眠ろうか』と不安を呟いていた。
仙波のあの香りがフェロモンで無く柔軟剤であったのなら、今日からゆっくり眠れていたかもしれないのだけれど、と。
「あの……市谷さん?」
「…………」
「あれ? おーい、市谷さーん」
「……? え、はい。なんですか」
「えっと……市谷さんの手が、」
「手?」
指摘された自身の手を見る。
するといつの間にか右手が仙波の服をキュッと掴んでいた。しかしそれを確認しても手を離せない。
仙波は小さく戸惑いながら「どうしました」と問い掛ける。
「あ……すみません。無意識です」
「無意識」
時雨は呟くように言葉を落とす。
手を離さなくてはいけないのに、それとは裏腹に離したくなかった。
「そろそろ帰らないといけないので……」
「そうですよね。……すみません」
申し訳なさそうな彼の声に、名残惜しくも手を離してもう一度謝る。
「市谷さん」
「はい」
すると仙波は時雨の顔を覗き込むようにした。
眉を八の字にして、優しい声色で名前を呼ぶ。
「二週間も時間を空けるのは心配で、」
「……?」
「よければお友達として様子を見に来てもいいですか?」
「えっと……ダメ、です」
「え、ダメ?」
「はい。フェロモンに反応しちゃって、何かあると困るので」
「……」
「発情期が無事に終わってたら、二週間後に。その時はまたよろしくお願いします」
もう子供ではない。
発情期になったΩを目の前で見てもいきなり襲うなんてことは無いだろうが、学生の頃のように……紬の時のようにならないよう、気をつけなければいけない。
大人は無責任ではいられない。
「もう……!」
「え、え? 怒ってます?」
「怒ってはいません!」
「……じゃあ、何ですか」
「市谷さんの言うことが正しいから、心配なのに何も出来ないもどかしさにモヤモヤします!」
それなのに、今にも地団駄を踏みそうなほど『納得いかない』を顔で表現する仙波に時雨は呆気に取られたあと、思わずクスクスと笑ってしまった。
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