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第一章
第五話
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朝。目を覚ますと目元が濡れていた。
今日もまた泣いていたらしい。
紬は毎日のように夢を見る。それは決まって元番の夢だ。
番になったのはただの事故。
相手は高校の同級生で一番の親友──市谷 時雨。
それがある日突然、紬に発情期が起こったことで変わった。
初めての発情期のことだった。
初めての発情期の時、隣にいた彼はαで、フェロモンのせいで理性が飛び、紬の項を噛んでしまったことで番となった。
それでも紬は嬉しかった。親友だったから、誰よりも近くにいてくれた人だから、この人と一緒に居たいと思って。
そしてそれは時雨も同じだった。
それがいつからおかしくなったのか。
社会人になり、紬はなんとか職について必死に働いた。
時雨は大手企業に就職し、毎日遅くに帰ってくる日々。
それでも二人で過ごしているのは楽しかったのに。
きっかけは一緒に過ごした最後の発情期。
それが終わってからのことだったと思う。
珍しく酷く酒に酔って帰宅した時雨に紬は心配して「大丈夫?」と声をかけた。
肩に手を添えると、その手を叩き落とされてしまって。
「お前がいるから昇進できない」
「発情期なんかクソ喰らえ」
突如時雨からそんな言葉を浴びせられ、紬は固まってしまう。
言い訳をすれば彼は同期が昇進していく中、自身は同じポジションに留まっていることに苛立ちを覚えていた。
そしてその原因が発情期のせいだと思っていた。
というのも三ヶ月に一度、七日間程の休みをもらわないといけないからだ。
紬は確かに、発情期はαにとって煩わしいものだろうと思った。
思わず「ごめん」と謝るけれど、彼は何も言わず、自室に篭って朝まで出てこなかった。
それから数日間はお互い気まずさから何も話さず、久しぶりに話があると言われ喜んでいたところ、別れを告げられてしまったのである。
恐る恐る理由を聞くと「面倒くさくなった」とただ一言。
紬は「嫌だ」と伝えたが、途端に時雨の態度が冷たくなり、彼の圧倒的な威圧感に耐えられず頷いた。
そこから彼の行動は早かった。
病院を見付け、少しでも紬の負担が軽くなるようにと薬を処方してもらい、紬の話もろくに聞かず番関係を解消する。
幸せだったのに、突然何も無くなったことに、その時の紬はもはや絶望も感じられなかった。
■
別れを告げられたあの日から、楽しかった日々が頭に浮かんでは切なさを感じ、幸せだった日々を思い返すと苦しくなる。
いつかこの感情が全て思い出に変わってくれたなら。
けれどそうなるには、今まで以上の幸せを手にしなければいけないのだろう。
そんなことを考えていた時、コンコンと部屋のドアがノックされた。
紬は慌てて目元を拭い体を起こす。
返事をすれば一緒に暮らし始めた恭介がドアを開けた。
「失礼しまーす」
「あ……」
「おはよ。体調どう?」
「お、おはよう、ございます」
「うん。頭痛や吐き気はない?」
「ん……大丈夫」
傍に来た恭介がジッと紬を見つめる。
寝起きにそんなに見つめられると恥ずかしい。顔を隠すように慌てて布団で目の下まで覆う。
そんな姿を『可愛い』と思い、恭介はキュッと口角を上げた。
「ご飯できてるよ。起きれそうなら一緒に食べない?」
「ぁ、い、行きます。先に、あの……先に食べてて」
「わかったよ。ゆっくりでいいからね。慌てずにおいでね。」
紬はこくっと頷き、恭介が部屋を出るまで動かずにいる。
ドアが閉まってから、のそっとベッドを降りて、恭介のことを改めて優しい人だと思いながら、まずは顔を洗いに行った。
今日もまた泣いていたらしい。
紬は毎日のように夢を見る。それは決まって元番の夢だ。
番になったのはただの事故。
相手は高校の同級生で一番の親友──市谷 時雨。
それがある日突然、紬に発情期が起こったことで変わった。
初めての発情期のことだった。
初めての発情期の時、隣にいた彼はαで、フェロモンのせいで理性が飛び、紬の項を噛んでしまったことで番となった。
それでも紬は嬉しかった。親友だったから、誰よりも近くにいてくれた人だから、この人と一緒に居たいと思って。
そしてそれは時雨も同じだった。
それがいつからおかしくなったのか。
社会人になり、紬はなんとか職について必死に働いた。
時雨は大手企業に就職し、毎日遅くに帰ってくる日々。
それでも二人で過ごしているのは楽しかったのに。
きっかけは一緒に過ごした最後の発情期。
それが終わってからのことだったと思う。
珍しく酷く酒に酔って帰宅した時雨に紬は心配して「大丈夫?」と声をかけた。
肩に手を添えると、その手を叩き落とされてしまって。
「お前がいるから昇進できない」
「発情期なんかクソ喰らえ」
突如時雨からそんな言葉を浴びせられ、紬は固まってしまう。
言い訳をすれば彼は同期が昇進していく中、自身は同じポジションに留まっていることに苛立ちを覚えていた。
そしてその原因が発情期のせいだと思っていた。
というのも三ヶ月に一度、七日間程の休みをもらわないといけないからだ。
紬は確かに、発情期はαにとって煩わしいものだろうと思った。
思わず「ごめん」と謝るけれど、彼は何も言わず、自室に篭って朝まで出てこなかった。
それから数日間はお互い気まずさから何も話さず、久しぶりに話があると言われ喜んでいたところ、別れを告げられてしまったのである。
恐る恐る理由を聞くと「面倒くさくなった」とただ一言。
紬は「嫌だ」と伝えたが、途端に時雨の態度が冷たくなり、彼の圧倒的な威圧感に耐えられず頷いた。
そこから彼の行動は早かった。
病院を見付け、少しでも紬の負担が軽くなるようにと薬を処方してもらい、紬の話もろくに聞かず番関係を解消する。
幸せだったのに、突然何も無くなったことに、その時の紬はもはや絶望も感じられなかった。
■
別れを告げられたあの日から、楽しかった日々が頭に浮かんでは切なさを感じ、幸せだった日々を思い返すと苦しくなる。
いつかこの感情が全て思い出に変わってくれたなら。
けれどそうなるには、今まで以上の幸せを手にしなければいけないのだろう。
そんなことを考えていた時、コンコンと部屋のドアがノックされた。
紬は慌てて目元を拭い体を起こす。
返事をすれば一緒に暮らし始めた恭介がドアを開けた。
「失礼しまーす」
「あ……」
「おはよ。体調どう?」
「お、おはよう、ございます」
「うん。頭痛や吐き気はない?」
「ん……大丈夫」
傍に来た恭介がジッと紬を見つめる。
寝起きにそんなに見つめられると恥ずかしい。顔を隠すように慌てて布団で目の下まで覆う。
そんな姿を『可愛い』と思い、恭介はキュッと口角を上げた。
「ご飯できてるよ。起きれそうなら一緒に食べない?」
「ぁ、い、行きます。先に、あの……先に食べてて」
「わかったよ。ゆっくりでいいからね。慌てずにおいでね。」
紬はこくっと頷き、恭介が部屋を出るまで動かずにいる。
ドアが閉まってから、のそっとベッドを降りて、恭介のことを改めて優しい人だと思いながら、まずは顔を洗いに行った。
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