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第十三話 そして願いは叶わない
しおりを挟むクリスマス・イブ前日の、12月23日。
今日の五味は、明らかに浮かれていた。
いや。浮かれているのは、今日に限ったことではない。洋平が見る限り、彼は、ここ数日ずっと浮かれていた。
きっかけは、おそらく――間違いなく、美咲が五味に告げたことだろう。
「デートには出かけたいけど、最後は、ここに戻って来たいな。抱かれるなら、全然知らないホテルとかじゃなく、あんたの家がいいの。あんたが暮らしてる場所で、あんたの匂いがするところで抱いて欲しいな」
美咲のそのセリフを聞いたとき、洋平は悟った。彼女は、五味の家を殺害現場に選んだのだと。確かに、ホテルなどよりも確実に殺せる。さらに、殺害後の後処理も、他の場所に比べて容易だ。
美咲の言葉の裏に隠された意味を理解して、洋平は、改めて、彼女の憎悪の深さを知った。同時にそれは、彼女がどれだけ洋平を愛していたかを意味していた。
美咲は、これほどまでに洋平を愛していたのだ。洋平を奪った五味を、殺さずにはいられないほどに。憎悪に身を任せなければ、正気を保てないほどに。
美咲の、驚くほど純粋で、底が見えないほど深い愛情。
美咲の気持ちを知っても、洋平は、嬉しいとは思えなかった。むしろ、こんな不幸な選択をしてしまうくらいなら、愛されなくてもいいとさえ思えた。
洋平は五味が嫌いだ。聖人君子でもないのだから、自分を理不尽に殺した相手を好きになれるはずがない。
それでも洋平は、今この瞬間だけは、五味を守りたかった。彼の命を守りたい。正確に言うなら、彼は死んでも構わないが、美咲に殺されないで欲しい。
洋平の気持ちも美咲の真意も知らない五味は、明日のデートプランを確認していた。自信家で承認欲求の強い彼は、美咲を喜ばせるために、高校生とは思えないデートプランを立てていた。その費用の出所は、彼の親なのだが。
さらに五味は、美咲とのセックスのために、2日に1回のペースで行なっている風俗通いもやめていた。他の女にも連絡を取っていなかった。
五味は美咲に、自分がどれだけ将来有望であるかを語っていた。自分はいずれ、父親の後を継いで会社のトップに立つ人間だ。自分の家の会社は大きく、この周辺だけでも、複数の建築物の事業を請け負っている。洋平を埋めたマンションの建築予定地。会社のビルの建築予定地。保育園の建築予定地。
規模の大きい仕事をいくつも請け負う会社だから、俺についてこれば、間違いなく将来は安泰だ。
そんな五味の自慢話を、美咲は、すっかり上手になった作り笑いで聞いていた。
このまま美咲と付き合っていたら、五味には将来などない。明日には死体となり、池に沈み、未来などなくなる。
「今すぐ美咲と別れてくれ! 美咲に殺されないでくれ!」
洋平は祈った。ただただ、祈るしかなかった。
「美咲と別れないなら、今日中に、事故か何かで死んでくれ!」
――美咲を殺人犯にしないでくれ!
自分を殺した相手に対する、奇妙な願いだった。
もちろんその声は、五味には届かない。
そして。
五味が美咲と別れることもなく。彼が事故などで死ぬこともなく。
クリスマス・イブが訪れた。
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