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川のそばでのひと時

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 バルトとルティアが辿り着いた場所は、幅数メートルで、街道と街道を石のアーチ橋で跨いだ川を南の山側へ進んだ森の近くの川辺。

 ゴロッとした大人数人なら座れそうな岩が鎮座した川岸には小さな石が並び、その隙間から短い草がまばらに生えている。
 
 バルトとルティアがいる方は原野が広がり、向こう岸には森が広がるそんな場所。

 川の流れは緩やかで、透き通った水面からは川底でキラキラ輝く小石や、水中を気持ち良さげに泳ぐ魚の姿も見えた。

 そんな川の川岸を、ミーテの手綱を引きながら、バルトはルティアとどこか良さげな場所は無かろうかと歩いていく。

 足を挫かないように、そして転ばないようにと、至る所に転がる石を避けながら、ルティアは歩きにくそうに進んでいた。

 少しばかり歩いた2人と一頭は、草が多めに生え、座っても痛くなさそうな場所を見つけたので、バルトはそこに持ってきた武器や麻袋などを無造作に置く。

 そして、盾を地面と水平にして置くと、そこにルティアを座らせ、バルトはルティアの前に腰を下ろし、途中で買ったサンドイッチを紙袋から出してルティアに渡した。

「めしー」

「ごはんな?」

「ごはん」

「そうそう。ご飯のサンドイッチな」

「さんどいっち。美味しいから好き」

「トマト入ってるぜ?」  

 バルトに嫌いなトマトが入っていると言われ、受け取ったサンドイッチのパンを恐る恐るといったふうにルティアは開いた。
 
 そこに輝く、野菜界の赤い宝石の輪切り。

 ルティアはバルトに「何故コイツがここにいるのか」とでも言いたげに眉をひそめ、泣きそうな顔でバルトを見上げた。

「因みにこないだ食べたパスタのソースも元はそいつだ」

「嘘だ。だって、ブヨブヨじゃなかったもん」

「まあそりゃあなあ。それが料理ってもんだからなあ」

 そっとパンを元に戻し、食べるか食べまいか悩むルティアをニヤニヤしながら見下ろし、バルトも自分の分のサンドイッチを取るために紙袋に手を突っ込んだ。
 
「因みに、このサンドイッチを買った喫茶店はミシェルがオーナーなんだぞ? 覚えてるか? 服屋のエルフのオネエ」

「耳の長いお姉さんなら覚えてるよ? でもおーなーって何?」

「オーナーってのはあ……持ち主、みたいなもん、か?」

 自分で言っておいてそういえばその辺りのことはよく知らんなと思いながら、ふと視線を落としたバルトは紙袋の中にメモ用紙が入っているのを見つける。

(お、新しい情報か? なになに、町にフランシアの騎士と思しき影あり、小さな女の子を探してるらしい。注意されたし。親愛なる友人へ、愛しのエルフより)

「オエッ」

 最後の一文に目を通したバルトは火魔法を使ってメモ用紙を塵に変えた。
 その様子に、ルティアは目を丸くして散った火の粉の行方を追うと「バルト、どうしたの?」と心配そうに聞く。

「いやぁ。視界に虫が入ったんで思わず魔法使っちまったわ。悪い、驚かせちまった」

「ううん。ちょっとだけびっくりはしたけど大丈夫」

 バルトは自分を心配するルティアの頭を撫でるとサンドイッチを一口頬張った。
 対して、いまだにルティアはサンドイッチの中にトマトが入っている事を知ってからというもの、食べるか否かで迷っていた。

(やっぱりアリスって名乗った美人な姉ちゃんは騎士の類だったか。冒険者にしてはいやに装備が華美だったからなあ。
 立ち振る舞いも、言葉遣いも騎士とか軍人っぽかったし。さて、狙いはルティアみたいだが、果たして奪還か、殺害か、目的はどっちだ? まあどっちにしろルティアに害が及ぶなら……久々に)

「バルト?」

「ん? どうした?」

 先程の紙袋から出てきたメモの内容を思い出しながらルティアを見ていたバルトの服の袖を心配そうに顔を見上げながら、ルティアが引っ張った。
 その顔は先程メモを燃やした時よりも泣きそうになっている。

「バルト、怖い顔してた」
 
「あ、ああすまん。ちょっと考え事しててな」

「考え事?」

「ああ、考え事さ。ルティアのトマト嫌いは果たして治るかってな」

 嘘を言いながらバルトは苦笑し、ルティアのサンドイッチのパンを持ち上げるとトマトを摘んで取り出してパンをもとに戻し、その摘んだトマトの輪切りを口に放り込んだ。

「でもまあ子供のうちは好き嫌いするくらいで良いんじゃねえかなあ。別にトマト食わなかったからって死ぬわけじゃなし。
 無理に治さなくても良いかって思ってたんだよ」

「良いの?」

「まあ俺だって好き嫌いあるしな。ベルペッパーが苦くて嫌いなんだよなあ、昔から」

「べるぺっぱー?」

「ピーマンとも言う。緑色の苦い野菜でな」

「へえー」

 そんな事を話しながら、バルトは持ってきていた手拭いを、置いていた麻の袋から取り出してルティアのシャツの胸元に突っ込んで簡単なよだれ掛けにした。
 
 されるがままのルティアだったが、バルトの「食おうぜ」の言葉を聞き、もう一度念の為、たぶん無いだろうけど、と思ったのか。再度サンドイッチのパンを持ち上げ、トマトがない事を確認したあと、嬉しそうにサンドイッチを頬張った。

 川のせせらぎを聞きながら、初めて見る景色を眺め、屋内とは違う開放感を感じながら食べるサンドイッチは2人の多幸感を刺激し、頬を落とさせる。
 
「美味いなあ」

「うん。美味しいね」

 向かい合ってサンドイッチを頬張るバルトとルティアは舌鼓をうつ。
 そんな2人から少し離れた場所の草原で、バルトとルティアを運んできたミーテも食事である草をムシャムシャと食べていた。
 
 しばらくして、サンドイッチを食べ終わった2人。

 ルティアの服はバルトの手拭いで作った即興のよだれ掛けのおかげで無事。

 口元に関しても今日のルティアはあまり汚さずに食べ終えたため、バルトがルティアの口元に少しばかり付着したマヨネーズを指で拭い、自分の口に放り込むだけで済んだ。

 そして、ここからが本番だった。

 ルティアはバルトに「好きに遊びな」と言われて川に近付き緩やかな清流を覗き込む。
 穏やかで、浅い川とは言え、ルティアのような子供なら、躓いて転倒してしまうと惨事になりかねない。

 バルトはルティアに危険が伴わないように隣に立ってルティアを見守り、そして気が付く。

(あ、釣竿忘れたわ)
 
 釣りをするつもりで自宅の物置きから引っ張り出した釣竿を、バルトは玄関に置き去りにしていた。

 その事を思い出し、肩を落として大きなため息を吐くバルト。 
 しかし、離れた位置で草を食べていたミーテが突然太い後ろ足2本で立ち上がり、辺りを見渡したのを見て、バルト自身も警戒の為に辺りを見渡した。
 
 そんなバルトの視界に入ったのは、成人男性の頭四つ分程の大きさのスライム。

 黄緑色で透き通った体内に、弱点である魔石を晒したまま生活している魔物。

 危険度は低いものから高いものまでの様々で、成長したスライムはドラゴンに匹敵する脅威になる、と噂では語られている。

 しかし、この川岸に現れたスライムは危険度でいえば最底辺の下の下。
 冒険者ギルドから無害認定すら受けた最弱のスライム種である草食のリーフスライムだった。
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