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ルティアと町を歩く

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 翌日。
 バルトはルティアを連れて町を歩いていた。
 バルトが長らく住み着いているこの町を、これからルティアが長らく世話になるだろう町を、案内しよう、見せてやろうとバルトは思ってルティアを連れ出したのだ。

 バルトは普段から良く着ている黒いシャツに黒いズボン。
 ルティアは白い半袖シャツに紺色で膝丈のサロペットスカートを着用している。

「ルティア、疲れてないか?」

「うーん。ちょっと疲れたー」

「じゃあ来な。抱っこしてやろう」

「わーい」

 東西南北。上空から見ると、地面に十字が刻まれたような道に沿って、東西方向に長いひし形が広がったような町。

 その中央区に冒険者ギルドや商業ギルド、ミシェルの衣服屋などを含めた、町の主要な施設が点在し、北側の一角には町を治める貴族の住む地区がある。
 バルトが住んでいるのは中央区からやや東に寄った住宅地。
 中央区から近い事から一等地として知られる住み良い場所だ。

「さっき食べたサンドイッチ美味かったなあ」

「うん。美味しかった。でも、トマトはちょっと嫌いかも」

「そうなのか? 美味いじゃねえかトマト」

「味は嫌いじゃないんだけど。食べた時に中からブヨブヨしたのが出てくるのがヤなの」

「あれが美味いんじゃねえか。甘みと酸味が混じってよぉ。まあ、好みは人それぞれだしなあ、しゃあねえか。
 しかし、異世界人達が持ち込んで改良したって言われてる野菜も、子供には合わんモンなんだなあ」

「他にもあるの?」

「ああ~、確かジャガイモもそうだったかな?  米も昔のはあんまり美味くなかったんだったか。
 野菜以外だと鶏の卵やらも改良されてるって歴史好きの友達から聞いたな」

「へえー。色々あるんだねー」

「まあ、真相は知らんがな」

 バルトの話に興味津々なルティアのキラキラした瞳に、バルトは肩を竦めると小脇に抱えるように片手で抱いているルティアに微笑んだ。

 その後、しばらく歩き続け「ここが公園で」「あそこが教会」「あの赤煉瓦の煙突は鍛冶屋で」とルティアに教えながら歩いたり、時には町を巡回している馬車や竜車に乗って案内していた。

 本日はルティアに町を案内がてらに散歩、というよりは観光して一日を過ごし、空が昼の青から夕刻を報せる淡い橙色へと変わった頃。

 巣に帰ろうとしているのだろう、夜を迎えつつある空に、左右合わせて四枚の翼を持つ黒い鳥を見つけたルティアがその鳥を手を伸ばした。

「バルト、あの鳥さんはなんていうの?」

「シムルクって名前の魔物だ。詳しくは忘れたが、魔物のクセに仲間や自分を害さない限りは人を襲わねえヤツなんだぜ?」

「そうなんだ。なんであのしるむくっていう鳥さんは飛べるの?」

「シムルクな。さて、そもそもなんで鳥って飛べるんだろうなあ。あれじゃね? 身体が軽いからとか」

「へえ~。バルトはなんでも知ってるね」

「いやいや。俺は自分の知ってる事しか知らねえよ。
 なんでも知ってるのは長寿のエルフや竜人族、その中でも勉学好きの変わり者達だろうさ」

 ルティアを抱いて歩く帰路。
 空を見上げ、泳ぐように飛んでいく4枚羽根の鳥の魔物を見送って、バルトは夕陽で橙色に染まる町を歩いていく。
  
 町を四分割する大通りの人通りがまばらなのは丁度夕食時だからか。
 バルトとルティアも夕食の為に竜車を降りて、中央区の大通りを少しばかり北に行った冒険者ギルド目指して歩いていた。

 そんな時だった。

「失礼」

 と、バルトは知らない女性に声を掛けられた。
 胸当てに手甲、脚甲と、一見すると冒険者風の軽装備の剣士のような佇まいだったが、その装備には金の装飾が施され、何やら高級感が漂っている。

 バルトよりやや背は低いが、女性にしては高身長で、バルトの暗い金髪であるライトゴールドよりは、赤みがかったストロベリーゴールドの長い髪。
 その髪を後頭部でお団子の様にシニヨンと三つ編みで結って纏めており、そこから赤を基調に黄色で金色で縁取られたリボンが腰まで伸びていた。

 やや釣り上がった目、瞳はサファイアの様な青で、ジッと見ていると吸い込まれそうだ。
 
 まさに容姿端麗。

 顔立ちだけで無く、スタイル、立ち振る舞い、全てが美しいと言える程だった。

「おや。こんな美人に声を掛けられるとは役得だな、なんだいお嬢さん」

 詳しい年齢は分からないが、見たところ二十代半ばから二十代後半。
 自分よりは若いな、と。バルトはそう思って「お嬢さん」と言った。
 
「貴殿はこの町にお住まいか?」

「ああ。もう随分と長い事、でこの町で暮らしてるぜ?」

 ルティアを最近引き取ったと言わず、咄嗟に嘘をついたのは、目の前の美人が冒険者風な姿の割に町で見掛けない他所者だと思ったからだ。
 更にはルティアをバルトに譲った奴隷商と同じく共通語に感じる、気にならない程度の訛り。
 バルトが兼ねてより懸念していた"厄介ごと"の可能性を考慮した上での嘘だった。

「理由は話せないが、ある人物を探している。先日この町に見慣れない馬車が入ってこなかったか?」

(おや。当たりか? っち、面倒は勘弁だぞ?)

 女性剣士の言葉に舌打ちしたい衝動を抑え、バルトはとぼけた様子で「さてなあ。馬車なんて毎日何台も出入りするしなあ」と返して言って、抱いていたルティアを揺するように抱き直した。

「親子ですか。あまり似てませんね」

「死んだ嫁に似たんだろうさ。俺に似なくて良かったってもんだ」

「失礼。不躾な発言でした」

「別に構わねえよ。友人らにも良く言われるんでね」

 バルトの嘘に、女性剣士は律儀に頭を下げて謝罪の意を示した。
 根が真面目なのだろうという事が伺える。

「呼び止めて申し訳無かった。私はこれで失礼する」

「なんだ。もう行っちまうのかい? せっかく美人とお近付きになれたってのに」

「探し物の途中ですので」

「ならせめて、名前くらい教えてくれても良いんじゃないか?」

「名前か……アリスだ」

 バルトにアリスと名乗った女性剣士は、バルトから離れると、離れた場所で同じ様に町の住人に聞き込みをしていたのであろう、仲間と思われる人物に声を掛けると大通りから脇道に逸れて姿を消した。

「アリスねえ。まあ偽名だろうなあ。ミシェルは何か動きを掴んでるかな? だがまあ、まずは飯だな」

「めし! お腹減った!」

「すまんルティア、飯じゃなくてごはんって言うんだ。良いな?」

「めしじゃないの?」

「ご飯」

「ごはん? うん。分かった」

 こうして怪しい集団に遭遇したバルトとルティアだったが、この日はこれ以上何も無く。

 ギルドの酒場でバルトとルティアは同じトマトケチャップで味付けされたパスタを頼み、ルティアは案の定、着ていた服をケチャップ塗れにして帰宅したのだった。
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