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夕食は冒険者ギルドで

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 服を大量に購入したバルトは、会計の時に布の袋に入れていた金をカウンターにドカッと置くと対面に立つミシェルを人差し指でちょいちょいっと招いた。

 他の客は服選びに夢中でバルト達の方など見ていないが、念の為にと小声でもミシェルに声が聞こえるようにミシェルを呼んだのだ。

「昨日奴隷商の馬車を助けた。目の前の大通りを通ったはずだが、何か見てないか?」

「奴隷商。なるほど、ルティアちゃんはそういう経緯で?」

 二人ともカウンターに肘を付き、体重を掛けて小声で話している。
 はたから見れば仲良さげに世間話か、買った商品の値引き交渉でもしているように見えた筈だ。

「近くの商店の前に馬車を止めて慌てた様子で食糧やらを買っていった馬車を見たわ。
 今日のあなたとは違って成人向けの服もウチで買ってったわよ」

「買ったのはどんなヤツだ? 小太りの気の良さそうな男だったんじゃないのか?」

「まあ確かに、そんな感じだったわね。何かあるの? まさかルティアちゃんを返す気?」

「馬鹿。なら服なんか買いにくるかよ。
 コレは勘だが、ちょいと気になる事があってな。困ってんなら依頼としてちょっと助けてやろうかと思ったんだよ」

「相変わらずのお人好し。嫌いじゃないわよそういうの。
 でも残念ね。よっぽど急いでたみたい。昨晩の内に町を出たみたいよ?」

「マジかよ。もういねえのか。やっぱりなんかキナくせえな。
 馬車は南の街道を通って来たが、南にある最寄りの街は奴隷制度に厳しい審査のあるエドラの街だ。
 大手以外の奴隷商は好まねえ。
 馬車の造りや共通語の訛はお隣のフランシア王国っぽかったし。
 俺、やっぱり何かに巻き込まれてないか?」

「因みに受け取った古いワンピース。シンプルでシックな物を好むフランシアが好みそうなデザインだわよ?」

「なあ。裏の顔、情報屋としてのミシェルに頼みたいんだが、ちょいと馬車の事調べてくんねえか? 最悪、面倒事に巻き込まれるようなら」

「逃げるの?」

「はっ、まさか。降り掛かる火の粉は消しときたいんでな。ルティアの為にも、もちろん俺の平穏を守る為にも」

「ついでに逃げた馬車の為にもね」

「そっちはサービスだ。で? 受けてくれるのか?」

「お高く付くわよ?」

「だからコレを渡すんだろうが。んじゃまあ頼むぜミシェル」

「確かに承りましたわ。何事もなければ良いわね」

 カウンターから肘をどけ、両手を開いてバルトは肩をすくめて見せた。
 他人から見れば値引き交渉にバルトが失敗したように見えたはずだ。

 ミシェルは店員を呼びバルトの持ってきた金を入った袋ごと渡して「裏に回しておいて」と柔かに微笑む。
 すると店員の年若い女性が「おお。久しぶりっすねえ」とミシェルを見てニヤリと笑うとバルトに一礼してカウンター奥の扉へと消えていった。

「じゃあ服の配送は頼むぜ?」

「明日には届けるわ。あの量だからね。今日中は無理だし」

「構わねえよ。長居して悪かったな、俺達はギルドで飯食って帰る。じゃあな」

「またのお越しをお待ちしてますわねえ」

 ミシェルの言葉に背中を向け、片手を上げてバルトは後ろで待っていたルティアを抱き上げ店を出ようと出入り口の扉へと向かう。

 ルティアも、声こそ出さなかったが、抱き上げられたバルト越しにヒラヒラとミシェルに向かって手を振った。

 そんな愛らしい姿を見て、ミシェルは微笑んでルティアに手を振ったのだった。

「うお。ホントに長居してたな。もう日が傾いてんじゃねえか」

「バルト。おなか空いた」

「俺も腹減っちまったわ。昨日の場所で飯食って帰るか」

「うん。めしくって帰る」

「今日は何食うかなあ」

 ミシェルの衣服屋から出て、ルティアを抱えたバルトは街の中央に足を向ける。

 乾いた地面を撫でる風がやや湿っていて、明日の天気が快晴でないと予感させる匂いがバルトの鼻を刺激する。

 見上げた空は橙色と、夜を告げる深紫が地平線の上で混ざり合って幻想的なグラデーションを青いキャンバスに塗りたくっていた。

「あ。服を掛けるハンガーラックかクローゼットがいるな。俺の服みたいに適当に掛けとくわけにはいかんしなあ。
 しゃあねえ、飯の前に家具屋に行くか」

 夕闇に染まりつつある空を見上げていたバルトが思い出したように呟いた。
 バルトはギルドに向かう途中だったが仕方なし、と踵を返して家具屋を目指す。

 そして組み立て式の簡素なハンガーラックを持ち帰りで購入し、クローゼットも配送でと購入すると、バルトは改めてギルドに向かって歩き出した。

「すっかり遅くなっちまった。ルティア、大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ?」

「我慢強いこったな。俺はもう腹ペコだぜ」

 そんな事を話しながら、町の中央に建つ冒険者ギルドに到着したバルトはギルドの扉に手を掛け開いた。
 酒場と食堂を併設しているギルドの中はいつも賑やかで、酒のにおいや料理の香りを撒き散らしている。

 バルトはそんなギルドの受付に荷物を預け、木の廊下を酒場に向けて、履いているブーツをゴツゴツ鳴らしながら歩いていった。

 昨晩と同じく、カウンター席に近い窓際の丸いテーブルの二人席が空いているので、バルトは一直線にその場所を目指した。

 そんな時だった。
 バルトを見つけた中年ね冒険者が「よおバルト!」と声を掛けてきた。

「バルト、今日は顔見せないかと思ったぜ。なあ、良い加減俺達とパーティ組まねえか? お前だったらいつでも歓迎するぜ?」

「今はのんびりとソロ活動してるんでな。すまんが今回も断る」

 知り合いの冒険者の男にそう言うと、バルトはガタイの良いその男の肩をポンポンと叩く。

「そりゃあ残念だ。お前さんがいりゃあ随分楽に仕事が出来るんだがなあ」

「冒険者が楽してどうすんだ、しっかり働け。嫁さん泣かせるなよ?」

「っは! 言われるまでもねえ」

 男とだけでなく、座っている他の冒険者達からも「よおバルト」やら「バルトさんこんばんは」などと声を掛けられ、バルトも「おう、お疲れ」と掛けられた声、全てに返答していく。

 その後、席に着いたバルトは自分の食べたいメニューを適当に決めるが、この時、対面に座っているルティアを見てバルトは今朝のケチャップの件を思い出した。
 
 故に、食べやすそうな物をと注文を聞きに来たウェイトレスのジーナに頼み、バルトとルティアはその日の夕食に舌鼓を打ったのだった。
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