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どうしましょう 第一候補が二人居りますわ

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「くっ……神はどれほど試練をお与えになりますの」

読めない手紙の束を前に、ディートリンデは悔しさに震えた。
綺麗な筆記体の文字を見るに、王国語だと思われる。
この大陸最大のアウァリティア王国だ。
隣のルクスリア神聖国もほぼ同じ言語なので、次に習う予定の言葉だったのだが…

「これはのんびりしていられませんわ……」

手紙の束を服の中に忍ばせて、ディートリンデが書斎を出ると、侍女のグレーテは戻ってきて扉の外で待機していた。

「グレーテ、至急図書室から王国語の辞書を持ってきて。わたくしはお部屋に戻ります」
「承りました」

グレーテはペコリと頭を下げると、図書室へと向かう。
ディートリンデは早足で部屋へと戻った。
まずは手紙の束を鍵付きの引き出しに仕舞いこみ、一つ目の王国語と思われる手紙だけを封筒から出して、
本の隙間に挟んだ。
そして、勉強用の紙と羽ペンとインクを用意して机の上に並べる。

「こんな事になるのでしたら、もっと急いで授業を進めていただいたのに…」

こんな事にならなければ、完璧な淑女でいられたのだが、もうそれは遠い過去になりつつある。
記憶の中では色々な便利な道具だったり、この世界にない知識だったり、
素晴らしい知識の宝庫なのだが、ディートリンデはその辺りは絶賛どうでも良かった。
今、行動の指針となっているのは、父の学生時代を赤裸々に暴いた上で、
薄い本を作る事である。

まずは。
王国語のみならず、周辺国の言語を片っ端から習得する必要がある。
そして、忌々しい鍵を開ける技術の習得だ。
前世ではヘアピンだとか針金等で開ける漫画を読んだことはあるものの、
詳しい方法は調べてないしやったこともない。
だが、ここは幸いにも慣れ親しんだファンタジー世界でもある。
冒険者もいるのだし、宝箱や扉の鍵を開ける盗賊もいてもおかしくはない。

「ふむ、依頼をして訓練して頂く必要がありそうね」

幸運にも、今まで大して何かに興味を持っていなかったせいか、お小遣いはきちんと貯まっている。
今考えると、何を楽しみに生きていたのか分からない。
それほどの情熱を、現在は抱えている。
両親は仕事で留守がちなので、平日はみっちりと予定を入れる事は可能。
優秀な頭脳もあるので、授業を今まで以上に完璧にちゃっちゃと終らせる情熱もある。

ディートリンデはにっこりと微笑んだ。

辞書を片手に四苦八苦しながら読み解いた手紙は、結婚式の招待状と、近況報告のようなものだった。
日付を見るに、彼が結婚したのは父よりも2年ほど早い。

お父様は傷心して母と結婚したのかしら?

可哀想なお父様、とディートリンデは溜息をつくが、
それが本当なら可哀想なのはお母様の方である。

でも待って。
少し待って。

よくよく思い返してみれば、父には親友と呼べる男性が東帝国と呼ばれるガルディーニャ帝国にいた。
時折、弟と同じ歳の子供を伴って、遊びに来るのだ。
向こうはアーベル家と同じく、東の帝国の西の端の領地を持っているので、我が家の所有する領地と近い。
ルクスリア神聖国を隔ててはいるが、大きな意味ではお隣ともいえる。
リヴァノフ伯爵は、穏やかな風貌だけど、ワインレッドの髪が艶かしくもある。

ハッと気がついてディートリンデは、絵にかけてあった布を剥ぎ取った。

果たして、父の隣には穏やかな微笑を浮かべる紅髪の美青年が立っている。

「ふわあお」

奇声を必死で抑えるようにディートリンデ口に手を当てた。

「て、手紙など挟まっていないかしら?」

と裏を返すと、そこには絵画の立ち位置の裏にあたる場所に、名前がサインしてあった。

今度こそ倒れるかと思った。

推定父が、黄金世代父に昇格を果たした瞬間である。
隣の美青年が、親友のリヴァノフ伯爵だというのも分かった。
中央にいる二人は、女性らしい筆記体で名前の後半にフォルティスと同じ名が書き入れてあるので、
姉妹か双子だろうか。
間にいる真面目そうな青年のところはイニシャルだけが書かれている。
秘密めいたそれに、心がときめいた。
茶色の髪に青い瞳の、凛々しい美青年だ。
一番女性っぽい顔立ちをしているので、第一候補である。

その隣、金髪フォルティスの後ろに立っているのは銀の髪の美しい青年で、キツめの眼差しが綺麗な
いかにもな美形だ。
裏を返すとジェラルド・フィ何とかと書かれている。

こ れ は。

先程の手紙の封筒を見るべく、机の鍵を開けて封筒の差出人を見ると、同じ名前が書いてある。

第一候補が二人になってしまった。
ということは、側にいるあの女性と結婚したのだろうか。

女性としては一番好きなフォルティスの金髪女性と
何よりも愛する第一候補のジェラルドを両方同時に失ってしまったのなら…

エモい。

ディートリンデは封筒をぎゅうっと抱きしめた。
そして、そんな親友を見守る、似た環境を生きているリヴァノフ伯爵。

傷心の父を見守りつつ、自分を相手として選んで欲しい等と迫る場面が走馬灯のように脳内を巡る。

最の高。

ディートリンデはそのままベッドに倒れ込んだ。

「ふうふう…何てことなのかしら……」

今までわたくしは何を見て生きてきたのかしら?!

過去の自分を叱咤したいと思うディートリンデだが、
過去のディートリンデも同じ事を思うだろう。
いや、叱咤ではなく大泣きしてしまうかもしれない。

でも降臨してしまったおばちゃんはもう元には戻せないのである。
少なくとも情熱は抑えられそうにないので、ディートリンデは息を整えてのそりと起き上がると、
封筒を大事に引き出しの中に仕舞い込んだ。

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