6 / 6
侯爵夫人の涙の理由
しおりを挟む
「お初にお目にかかります。リーマス伯爵家が次女、アリーナでございます」
「わたくしは、ロンネフェルト公爵家が次女、レオナ。こちらがハンナ・ヴィヴァーチェ伯爵令嬢、こちらはリーディエ・ヴァルス伯爵令嬢。此処にはいらっしゃらないけれど、あと二人。マリエ・ジュスト侯爵令嬢と、モニカ・マルチャ伯爵令嬢で全員ですわ」
「ご紹介頂きまして、有難う存じます」
再び、膝を屈めて挨拶をして、改めて頭の中で反芻する。
ロンネフェルト公爵家は帝国と関わりの深い家柄で、領地も帝国に面した場所にある。
成り立ち自体も古く、戦争が盛んだった頃に和平として輿入れした帝国の姫が生んだ王子の一人が公爵となったのが始まりだという。
黒髪も帝国の王室の色だ。
中々町では見かけない色に、思わず釘付けになってしまう。
「何かしら?」
「申し訳ありません。とても美しい髪色なので見惚れておりました」
「………そう」
突然聞かれてつい、本音が口からぽろりしてしまった。
面食らったようにそれだけ言って、レオナ様は口を噤んでしまったので、私が言葉を続ける。
「ところで、この別館には図書室はございますか?」
「いいえ、無いと思うわ」
レオナ様が少し考えて答える。
残念。
「左様でございますか。では本館へ行ってみようと思います。失礼致しますね」
特に止められはしなかったが、ハンナ嬢とリーディエ嬢は口こそ開けてはいなかったが、驚いたような顔で私を見送る。
集まっていても、貴族同士の自慢話などには相槌を打つくらいしか出来ない。
それならば、侯爵家でしか読めない本を読みたい。
どうせ、期間満了になれば放流される身だ。
彼女達ともここにいる間しか交流はないし、と思えば気も楽である。
元来た道を戻るように、階段を軽やかに降りて、渡り廊下を本館へと向かう。
本館で働く小間使いを一人捕まえて、図書室の場所を聞くことにした。
「お仕事中申し訳ないのだけれど」
声をかけると、まあまあ年若い女性で、やはり私の顔を見て驚く。
何なんだろう?
この、何とも言えない反応ときたら。
「あの、何か、私の顔が変ですか?」
聞いてみる事にしたのだが、女性は慌てたように首をブンブンと横に振った。
「い、いえ、決して!そ、そういう訳ではないです!」
「そ、そう……あの、図書室の場所を知りたいのだけど」
凄い勢いで否定されて、それ以上聞くのは憚られたので、元々の用件について聞いてみた。
すると、ふと思い浮かべたように、答える。
「あ、でも図書室は今……」
「私がご案内いたします」
誰かの使用中かな?と思ったところで、家令が割り込んできた。
え?いいの?
私は驚いて家令を見ると、今度は彼は優しい顔で微笑んだ。
「じゃあ、お願いします」
「はい。ではこちらに」
姿勢の良い背中を見ながら、図書室へと淀みなく歩いて行く。
途中で出会った使用人は、律儀に頭を下げるので、店で働いていた私はつい反射的に頭を下げそうになってしまう。
何とかその衝動を堪えつつ、図書室へと付いて行った。
「奥様、お客様が図書室をご利用されたいと」
「まあそう、そんな奇特な……」
言いながら本に目を落としていた女性が顔を上げると、私を見て驚いたように口を手で覆った。
「そんな、まさか……アデリーナ……!」
うん?
アデリーナ……?
ふるふると震えるのは奥様と呼ばれていたので侯爵夫人である。
銀の髪を結いあげて纏め、紫の切れ長の瞳は涙で潤んでいた。
壮年の美しい女性だ。
「あの……わたくしの名はアリーナと申します……が……」
「まあ……名前まで似ているのね……」
誰に似ているんだろう?
泣いているという事はきっと故人よね?
娘さん……?
幼い頃に亡くなってしまったから、伯爵家で説明されなかったのかしら?
聞いた話だと、一人息子のディオンルーク様しかいないはずなんだけど。
私が戸惑っていると、涙を堪えて、それでも侯爵夫人は優しい目線を注いでくる。
ふと、そのまま微笑まれて、私はどうして良いか分からなくなった。
「ふふ。そういう顔もそっくりね。ああ、御免なさい。本を読みに来たのだったかしら?」
「はい。書架を見ても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
厳しい侯爵夫人。
のはずなのに。
とても柔らかい態度だし、優しい。
この人がどう豹変するのかしら?
分からないけれど、許可を貰えたので私は遠慮なく本の森へと分け入った。
ずらりと、重厚な本棚に整理して並べられた本。
歴史ある名家の書架だけあって、古そうな本も沢山置いてある。
図書館にありそうな本は除外して、この家ならではの本がないかと見ていく。
いつの間にか時間が経っていて、私は声をかけられてやっと我に返った。
「アリーナ様、そろそろお時間でございます。晩餐のご用意を」
「あ、はい。遅くなって申し訳なかったです」
私は手に郷土史と領地の特産に関した本を持っていたので、それを借りることにした。
わざわざ呼びに来てくれた家令に、ふと、気になっていた質問をぶつけてみる。
「あの……アデリーナ様という方は、もうお亡くなりになられているのですか?」
「……その通りにございます」
ああ、やっぱりか。
でも余計にもうこれ以上は踏み込めないし、聞けないな、と判断して私は頷く。
目の前の家令は、悲しそうな、辛そうな顔をしたから。
「わたくしは、ロンネフェルト公爵家が次女、レオナ。こちらがハンナ・ヴィヴァーチェ伯爵令嬢、こちらはリーディエ・ヴァルス伯爵令嬢。此処にはいらっしゃらないけれど、あと二人。マリエ・ジュスト侯爵令嬢と、モニカ・マルチャ伯爵令嬢で全員ですわ」
「ご紹介頂きまして、有難う存じます」
再び、膝を屈めて挨拶をして、改めて頭の中で反芻する。
ロンネフェルト公爵家は帝国と関わりの深い家柄で、領地も帝国に面した場所にある。
成り立ち自体も古く、戦争が盛んだった頃に和平として輿入れした帝国の姫が生んだ王子の一人が公爵となったのが始まりだという。
黒髪も帝国の王室の色だ。
中々町では見かけない色に、思わず釘付けになってしまう。
「何かしら?」
「申し訳ありません。とても美しい髪色なので見惚れておりました」
「………そう」
突然聞かれてつい、本音が口からぽろりしてしまった。
面食らったようにそれだけ言って、レオナ様は口を噤んでしまったので、私が言葉を続ける。
「ところで、この別館には図書室はございますか?」
「いいえ、無いと思うわ」
レオナ様が少し考えて答える。
残念。
「左様でございますか。では本館へ行ってみようと思います。失礼致しますね」
特に止められはしなかったが、ハンナ嬢とリーディエ嬢は口こそ開けてはいなかったが、驚いたような顔で私を見送る。
集まっていても、貴族同士の自慢話などには相槌を打つくらいしか出来ない。
それならば、侯爵家でしか読めない本を読みたい。
どうせ、期間満了になれば放流される身だ。
彼女達ともここにいる間しか交流はないし、と思えば気も楽である。
元来た道を戻るように、階段を軽やかに降りて、渡り廊下を本館へと向かう。
本館で働く小間使いを一人捕まえて、図書室の場所を聞くことにした。
「お仕事中申し訳ないのだけれど」
声をかけると、まあまあ年若い女性で、やはり私の顔を見て驚く。
何なんだろう?
この、何とも言えない反応ときたら。
「あの、何か、私の顔が変ですか?」
聞いてみる事にしたのだが、女性は慌てたように首をブンブンと横に振った。
「い、いえ、決して!そ、そういう訳ではないです!」
「そ、そう……あの、図書室の場所を知りたいのだけど」
凄い勢いで否定されて、それ以上聞くのは憚られたので、元々の用件について聞いてみた。
すると、ふと思い浮かべたように、答える。
「あ、でも図書室は今……」
「私がご案内いたします」
誰かの使用中かな?と思ったところで、家令が割り込んできた。
え?いいの?
私は驚いて家令を見ると、今度は彼は優しい顔で微笑んだ。
「じゃあ、お願いします」
「はい。ではこちらに」
姿勢の良い背中を見ながら、図書室へと淀みなく歩いて行く。
途中で出会った使用人は、律儀に頭を下げるので、店で働いていた私はつい反射的に頭を下げそうになってしまう。
何とかその衝動を堪えつつ、図書室へと付いて行った。
「奥様、お客様が図書室をご利用されたいと」
「まあそう、そんな奇特な……」
言いながら本に目を落としていた女性が顔を上げると、私を見て驚いたように口を手で覆った。
「そんな、まさか……アデリーナ……!」
うん?
アデリーナ……?
ふるふると震えるのは奥様と呼ばれていたので侯爵夫人である。
銀の髪を結いあげて纏め、紫の切れ長の瞳は涙で潤んでいた。
壮年の美しい女性だ。
「あの……わたくしの名はアリーナと申します……が……」
「まあ……名前まで似ているのね……」
誰に似ているんだろう?
泣いているという事はきっと故人よね?
娘さん……?
幼い頃に亡くなってしまったから、伯爵家で説明されなかったのかしら?
聞いた話だと、一人息子のディオンルーク様しかいないはずなんだけど。
私が戸惑っていると、涙を堪えて、それでも侯爵夫人は優しい目線を注いでくる。
ふと、そのまま微笑まれて、私はどうして良いか分からなくなった。
「ふふ。そういう顔もそっくりね。ああ、御免なさい。本を読みに来たのだったかしら?」
「はい。書架を見ても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
厳しい侯爵夫人。
のはずなのに。
とても柔らかい態度だし、優しい。
この人がどう豹変するのかしら?
分からないけれど、許可を貰えたので私は遠慮なく本の森へと分け入った。
ずらりと、重厚な本棚に整理して並べられた本。
歴史ある名家の書架だけあって、古そうな本も沢山置いてある。
図書館にありそうな本は除外して、この家ならではの本がないかと見ていく。
いつの間にか時間が経っていて、私は声をかけられてやっと我に返った。
「アリーナ様、そろそろお時間でございます。晩餐のご用意を」
「あ、はい。遅くなって申し訳なかったです」
私は手に郷土史と領地の特産に関した本を持っていたので、それを借りることにした。
わざわざ呼びに来てくれた家令に、ふと、気になっていた質問をぶつけてみる。
「あの……アデリーナ様という方は、もうお亡くなりになられているのですか?」
「……その通りにございます」
ああ、やっぱりか。
でも余計にもうこれ以上は踏み込めないし、聞けないな、と判断して私は頷く。
目の前の家令は、悲しそうな、辛そうな顔をしたから。
46
お気に入りに追加
97
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】4人の令嬢とその婚約者達
cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。
優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。
年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。
そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日…
有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。
真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて…
呆れていると、そのうちの1人…
いや、もう1人…
あれ、あと2人も…
まさかの、自分たちの婚約者であった。
貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい!
そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。
*20話完結予定です。
【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。
鏑木 うりこ
恋愛
クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!
茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。
ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?
(´・ω・`)普通……。
でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····
藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」
……これは一体、どういう事でしょう?
いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。
ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全6話で完結になります。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる