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その善良さは彼女だけの奇跡
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もう一つ秘密の頼み事をしたシヴィアは、アルシェン王子から送られる人間を今か今かと待ち侘びた。
目当ての人物がやってきたとカルシファーに呼ばれ、彼と共に祖父が待つ離れへ向かう。
「何時もより遅かったな、シヴィア」
「お医者様をお待ちしていたのです。王子殿下に最高の方を寄越して頂きましたの」
「ふ、ふはは、そんな頼みごとをしていたとは」
笑ったエルフィアを見て、カルシファーはそっと浮かべた涙を流さないよう目を閉じた。
ずっと、何も出来なかった愚かしい自分を恥じていたのである。
公爵家の侍医は、勝手に辞めさせられて別の医者にすり替わっていた。
抗議をすれば辞めさせられる。
もしも辞めてしまえば、カッツェがもっと酷い状況に追い込まれるのだ。
毒を盛られているのではと疑っていたが、公爵自身は弱って動けず、カルシファーも監視されていて動けない。
状況は悪化していたが、後継を指名させるまでは殺されはしないからとただ、まんじりとしないまま日々を送っていた。
「ご推察の通りでございます。薬で症状を和らげる事は出来ますが、もって三年かと」
「十分だ」
笑って、エルフィアは頷いた。
シヴィアは厳しい顔のまま、医師に問いかける。
「もしも、もっと良いお薬が見つかったら治りますか?」
「いえ、……毒によって体の内部が弱らされているのです。どれだけ長らえる事が出来るか……」
こくり、とシヴィアは頷いた。
「ではやはり、すぐにも領地へ行きお祖父様とカッツェは療養するべきですわね。薬もそうですが、医食同源とも申します。食事にて多少は改善させることも可能かもしれません」
「よく勉強しておるな」
「そう仰って頂けて恐縮にございます。ですが、三年でわたくしもカッツェも育てて頂かねばなりません。どうかお祖父様、一分でも一秒でも長らえて下さいませ」
シヴィアに手を握られて、エルフィアは強く頷いた。
頷き返したシヴィアは、カルシファーを振り返る。
「明日、領地へ出発出来るように手配をお願いするわ。わたくしも準備にかかります。お祖父様、勉強に必要な本がございましたら、それもお命じ下さいませね」
「うむ分かった」
淑女の礼を執って、部屋を出ていく小さな背中を見ながら、エルフィアは涙を落した。
「まさか、死ぬ間際に、こんな幸福が訪れるとは」
全てを諦めていた。
エルフィアは妻を亡くして、呆然としている間に入り込んできたディアドラに搦めとられたのだ。
彼女は息子のヒルシュを手懐けて安心させ、エルフィアに媚薬を盛って身体を繋いだのである。
そして、身籠った。
子を身籠れば、ヒルシュに兄弟だと吹き込みつつ、でも結婚出来ずに死んでしまうかもしれないと泣き伏せる。
優しいヒルシュの希望で、後妻に迎える事となり、伯爵家の養女として体裁を整えて後妻に迎えたのだ。
後妻に迎えて、暫くは大人しくしていたディアドラも、子を産み落としたその後から暴虐な性格を露にした。
継子のヒルシュに冷たく当たり、我が子だけを可愛がるのはまだマシだったが、何かと理由を付けて虐待するようになってからは公爵夫妻の喧嘩も絶えなくなる。
夜会でもその奔放な言動で敵を作り、抗議も受けて公爵家の評判も地に落ちた。
ディアドラが後悔した時には既に遅すぎたのである。
それからは、ヒルシュを虐待する事はなくなったが、徹底的にいないものとして扱った。
ヒルシュもその方が楽だとばかりに受け入れ、学園に通う頃には寮に退避したのである。
そこで出会った侯爵令嬢のフローラと恋に落ち、結婚に至った。
漸く安心出来たのに、また愛する者達を公爵は失って、自身は毒を盛られ続けて。
せめて死ぬことでしか、後継者を指名しない事でしか復讐出来ないと諦めていたのだ。
うかつに指名してしまえば、ディアドラが黙っている筈はない。
その相手もディアドラの毒牙にかけられるだろう。
よく似た色を纏ったシヴィアが、まるで正反対の事をするなどと誰が思うだろう。
ディアドラの狡猾さを持ちながら、エルフィアの持つ冷静さと冷徹さも持ち合わせている。
何よりも善良さを。
それはエルフィアにもディアドラにもない、シヴィアの持つ奇跡に思えた。
目当ての人物がやってきたとカルシファーに呼ばれ、彼と共に祖父が待つ離れへ向かう。
「何時もより遅かったな、シヴィア」
「お医者様をお待ちしていたのです。王子殿下に最高の方を寄越して頂きましたの」
「ふ、ふはは、そんな頼みごとをしていたとは」
笑ったエルフィアを見て、カルシファーはそっと浮かべた涙を流さないよう目を閉じた。
ずっと、何も出来なかった愚かしい自分を恥じていたのである。
公爵家の侍医は、勝手に辞めさせられて別の医者にすり替わっていた。
抗議をすれば辞めさせられる。
もしも辞めてしまえば、カッツェがもっと酷い状況に追い込まれるのだ。
毒を盛られているのではと疑っていたが、公爵自身は弱って動けず、カルシファーも監視されていて動けない。
状況は悪化していたが、後継を指名させるまでは殺されはしないからとただ、まんじりとしないまま日々を送っていた。
「ご推察の通りでございます。薬で症状を和らげる事は出来ますが、もって三年かと」
「十分だ」
笑って、エルフィアは頷いた。
シヴィアは厳しい顔のまま、医師に問いかける。
「もしも、もっと良いお薬が見つかったら治りますか?」
「いえ、……毒によって体の内部が弱らされているのです。どれだけ長らえる事が出来るか……」
こくり、とシヴィアは頷いた。
「ではやはり、すぐにも領地へ行きお祖父様とカッツェは療養するべきですわね。薬もそうですが、医食同源とも申します。食事にて多少は改善させることも可能かもしれません」
「よく勉強しておるな」
「そう仰って頂けて恐縮にございます。ですが、三年でわたくしもカッツェも育てて頂かねばなりません。どうかお祖父様、一分でも一秒でも長らえて下さいませ」
シヴィアに手を握られて、エルフィアは強く頷いた。
頷き返したシヴィアは、カルシファーを振り返る。
「明日、領地へ出発出来るように手配をお願いするわ。わたくしも準備にかかります。お祖父様、勉強に必要な本がございましたら、それもお命じ下さいませね」
「うむ分かった」
淑女の礼を執って、部屋を出ていく小さな背中を見ながら、エルフィアは涙を落した。
「まさか、死ぬ間際に、こんな幸福が訪れるとは」
全てを諦めていた。
エルフィアは妻を亡くして、呆然としている間に入り込んできたディアドラに搦めとられたのだ。
彼女は息子のヒルシュを手懐けて安心させ、エルフィアに媚薬を盛って身体を繋いだのである。
そして、身籠った。
子を身籠れば、ヒルシュに兄弟だと吹き込みつつ、でも結婚出来ずに死んでしまうかもしれないと泣き伏せる。
優しいヒルシュの希望で、後妻に迎える事となり、伯爵家の養女として体裁を整えて後妻に迎えたのだ。
後妻に迎えて、暫くは大人しくしていたディアドラも、子を産み落としたその後から暴虐な性格を露にした。
継子のヒルシュに冷たく当たり、我が子だけを可愛がるのはまだマシだったが、何かと理由を付けて虐待するようになってからは公爵夫妻の喧嘩も絶えなくなる。
夜会でもその奔放な言動で敵を作り、抗議も受けて公爵家の評判も地に落ちた。
ディアドラが後悔した時には既に遅すぎたのである。
それからは、ヒルシュを虐待する事はなくなったが、徹底的にいないものとして扱った。
ヒルシュもその方が楽だとばかりに受け入れ、学園に通う頃には寮に退避したのである。
そこで出会った侯爵令嬢のフローラと恋に落ち、結婚に至った。
漸く安心出来たのに、また愛する者達を公爵は失って、自身は毒を盛られ続けて。
せめて死ぬことでしか、後継者を指名しない事でしか復讐出来ないと諦めていたのだ。
うかつに指名してしまえば、ディアドラが黙っている筈はない。
その相手もディアドラの毒牙にかけられるだろう。
よく似た色を纏ったシヴィアが、まるで正反対の事をするなどと誰が思うだろう。
ディアドラの狡猾さを持ちながら、エルフィアの持つ冷静さと冷徹さも持ち合わせている。
何よりも善良さを。
それはエルフィアにもディアドラにもない、シヴィアの持つ奇跡に思えた。
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