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料理本とケチャップ

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部屋に辿り着き、普段着用のドレスに着替えると、ふと気になった事があり、マリアローゼはルーナに問いかけた。

「今日はウルススと、グランスは午後まで練兵場かしら?」
「はい、その様に伺っております。お嬢様がお休みになられた後、カンナさんとユリアさんとパーウェルさんが修練に参られる予定ですね」
「そう…では、折角だからお母様との昼食後に修練を見に行きたいですわ。お食事の間に、修練に参加される方々の為のレモーヌ・ソーダとアクアをお願いしたいのだけれど…」

昨日彼らと話したように、グランスとウルススが修練中に、是非とも練兵場を見てみたかったし、修練の合間に飲むレモーヌ・ソーダとレモーヌ・アクアは美味だろう。
側で控えていた、シスネがルーナの代わりに答えた。

「食事の用意の様子も見て参りますので、用意をするようお伝えして参ります」
「まあ、お願いしますね、シスネ」

にっこりと微笑まれて、シスネはやはり何処かぎこちない雰囲気を漂わせつつ、静かに頭を下げた。

「畏まりました。行って参ります」

この世界には、料理の本がある。
銅版か木版で印刷したであろう本である。
機械化は進んではいないし、貴重な本はまだ手書きによる写本だ。
神聖教の教本が多く普及しているのは、まさにその人力によるものなのだ。
多くの信者や神官が、修行としてまたは奉仕として、写本をするからである。
料理本は目を通したところ、所謂レシピ集であり、世界の菓子や料理だったり、一地方の伝統料理だったり、現代とそんなには変わらない。

変わるとすれば、栄養素や味について触れていないところだ。
こうすれば、これが出来上がります、で終了。
体系的にまとまっていないので、個々の情報でしかない。
つまり、料理人による応用については、その料理人が弟子や子供に伝えない限り立ち消えてしまう。
故に、進化が遅いのだろう。

神聖教が便利な道具や魔法以外の力を封じてきた弊害なのだが、それもまた世界を守っているという一見矛盾している構造なのだ。

ふむぅ、とマリアローゼが考え込み、黙り込んだのを見て、オリーヴェとルーナは目配せをし合って、
部屋の掃除や細々とした用事を片付けていた。

(印刷技術が向上すれば、本になる情報も増えるのでしょうけれど、印刷技術には詳しくないのですわよね…)

とりあえず、どうにもならない事柄には、マリアローゼは蓋をする事にした。
丸投げが出来ない時には、倉庫に放り込むのである。
いずれその魔窟を掃除しなければいけないとしても、今ではない、と堂々と目を逸らした。

(でも、ケチャップはほしいですわね…)

食物に関しては少しばかりこだわりがある幼女なのである。

「そうですわ!ルーナ、わたくし明日にでも朝市に参りますわ!」

黙り込んでいたかと思えば、急にはしゃいだような声を上げるマリアローゼに、ルーナは微笑み返した。

「畏まりました。その様にお手配致します」
「ええ、そうして貰えると嬉しいわ。明日は新しい調味料を作りましょう」
「では、ジェレイド様にお伝えして参ります」

いつの間にか扉の近くで待機していたノクスが、一礼して部屋を出て行く。
続いて、ラディアータもその後に続いた。

「私は執務室まで案内して参ります」
「ええ、お願いね、ラディ」

「あ、……いえ、はい、畏まりました」

突然短く名を呼ばれて、ラディアータは戸惑ったが、体勢を立て直してぺこりと一礼して立ち去った。

「お嬢様、突然愛称で呼ばれるのは…」

とルーナが思わず苦言を呈すると、マリアローゼはふふっと悪戯っぽく微笑んだ。
ルーナはそんな可愛らしい主人の笑顔を見て、自然と笑み返してしまう。

「だってその方が呼びやすいのですもの」
「お嬢様には敵いません。そろそろ、奥様の部屋に移動致しますか?」

マリアローゼはルーナの言葉にきょとんとして、小首を傾げる。
ルーナとマリアローゼは今日城に来たばかりだ。
オリーヴェも屋敷の使用人なので、城の造りまでは把握していないだろう。
疑問に思った事をマリアローゼは口にした。

「でも案内がないと、分からないのではなくて?」
「地図は頭に入っておりますので、今日の移動で少しは把握できたと存じます。奥様の部屋に行くくらいならば問題はないかと」

(い、いつの間に!
スーパーメイド!!)

「素晴らしいわ、ルーナ。それでは参りましょう」
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