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礼儀と責務
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今日も馬で城に向かうのかと思いきや、玄関を出ると馬車が用意されていた。
荷物は旅よりも断然少ないのだが、まるで一家総出の引越しのようである。
そして、見送りには使用人一同が揃っていて、しんみりと浮かない顔をしている。
「何故あんなに、しんみりしているのかしら?」
呟いたマリアローゼに、ミルリーリウムがふふっと笑って答えた。
「ローゼがいなくなるのが寂しいのですよ」
「そうなのですか?」
小さい主人に見上げて問いかけられて、厳しい顔のコルニクスは頷いた。
「左様でございます」
聞いてしまってから、はた、と気付いたが、まさか「違います」とは言えないだろう。
(逆に言われたらショックですわね…!)
心の中で震えながら、マリアローゼはスカートを摘んでお辞儀をした。
「美味しい物を沢山作って、すぐに戻ってまいりますので、皆様お元気でいらして下さいませ」
小さい令嬢のあどけない微笑みに、使用人達は其々しっかりとお辞儀を返した。
コルニクスも胸に手を当てて、お辞儀をしつつ、返事をする。
「お帰りをお待ち申し上げております」
まだ何か言おうとしたマリアローゼをシルヴァインがさっと抱え上げて、馬車に乗り込む。
その後に続いて、ルーナとノクス、オリーヴェも後続の使用人用の馬車に乗り込んだ。
「お兄様、突然何ですの」
「何時まで経っても挨拶が終らないと仕事の邪魔になるだろう?」
ぷんぷんと怒ってみたものの、正論で封じ込められて、マリアローゼはむぐぐと唸った。
100%言い返すことの出来ない鉄壁の正論である。
「それに、城の料理人も屋敷の料理人も城の厨房で待ちくたびれてしまうよ」
「分かりました!ローゼが悪う御座いました」
言い返せなくてぷっくり膨らませたマリアローゼの頬を、シルヴァインは愛おしそうにふにふにと突いた。
つん、と顔を反らして窓の外を見た時に、マリアローゼは視界に下級使用人の館が目に入って、あっと声を上げた。
「どうかしたのかい?」
「昨日、晩餐前に使用人の方々にご挨拶しようと思っておりましたのに……」
シルヴァインは急に萎れたマリアローゼに微笑を向けながら髪を撫でた。
幼いのに礼儀正しい淑女なのである。
「階下の挨拶は済んだと聞いてるけど、外の使用人かな?挨拶の機会はまた訪れるから、気を落とさなくていいと思うよ」
「でも、こういう事は最初が肝心ですのに…」
唇を尖らせるマリアローゼが可愛らしくて、思わずシルヴァインはハハッと笑い声を上げた。
「俺達は挨拶にわざわざ行ったりした事はないよ。少しくらい時間を置いても君の評価は下がらないから、安心しておいで」
(そういうものかしら?)
貴族の感覚で言えば、そういうものなのかもしれない。
中には名前なども分からない人々だって沢山いるのだから。
でも、ロランドと学んだあの時に、その名も知らぬ人々に生活を支えられている事を知ったのだ。
だとしたら、無視するのはマリアローゼの礼儀に反している。
「なあ、ローゼ。俺達貴族は、彼らを養っている。安全を与え、住居や衣服や食事も与えている。俺達の一番重要な仕事は、領地を繁栄させることだと分かっているね?」
「はい、存じ上げております」
「戦いともなれば俺達が先頭に立ち剣を振るう。命を懸ける義務もあるんだ。けれど今はそれもない。だとしたら、繁栄させ、領民に心を安んじて過ごさせる場を作るのが我々の仕事だ。今優先すべき事は、これから向かう先にあるんじゃないか?」
そう、厨房での美味しい物作りである。
この地にこれから訪れる人々の胃袋を掴んで放さない大作戦なのである。
マリアローゼは、心新たに強く頷いて、近づいてくる城への風景を見詰めた。
荷物は旅よりも断然少ないのだが、まるで一家総出の引越しのようである。
そして、見送りには使用人一同が揃っていて、しんみりと浮かない顔をしている。
「何故あんなに、しんみりしているのかしら?」
呟いたマリアローゼに、ミルリーリウムがふふっと笑って答えた。
「ローゼがいなくなるのが寂しいのですよ」
「そうなのですか?」
小さい主人に見上げて問いかけられて、厳しい顔のコルニクスは頷いた。
「左様でございます」
聞いてしまってから、はた、と気付いたが、まさか「違います」とは言えないだろう。
(逆に言われたらショックですわね…!)
心の中で震えながら、マリアローゼはスカートを摘んでお辞儀をした。
「美味しい物を沢山作って、すぐに戻ってまいりますので、皆様お元気でいらして下さいませ」
小さい令嬢のあどけない微笑みに、使用人達は其々しっかりとお辞儀を返した。
コルニクスも胸に手を当てて、お辞儀をしつつ、返事をする。
「お帰りをお待ち申し上げております」
まだ何か言おうとしたマリアローゼをシルヴァインがさっと抱え上げて、馬車に乗り込む。
その後に続いて、ルーナとノクス、オリーヴェも後続の使用人用の馬車に乗り込んだ。
「お兄様、突然何ですの」
「何時まで経っても挨拶が終らないと仕事の邪魔になるだろう?」
ぷんぷんと怒ってみたものの、正論で封じ込められて、マリアローゼはむぐぐと唸った。
100%言い返すことの出来ない鉄壁の正論である。
「それに、城の料理人も屋敷の料理人も城の厨房で待ちくたびれてしまうよ」
「分かりました!ローゼが悪う御座いました」
言い返せなくてぷっくり膨らませたマリアローゼの頬を、シルヴァインは愛おしそうにふにふにと突いた。
つん、と顔を反らして窓の外を見た時に、マリアローゼは視界に下級使用人の館が目に入って、あっと声を上げた。
「どうかしたのかい?」
「昨日、晩餐前に使用人の方々にご挨拶しようと思っておりましたのに……」
シルヴァインは急に萎れたマリアローゼに微笑を向けながら髪を撫でた。
幼いのに礼儀正しい淑女なのである。
「階下の挨拶は済んだと聞いてるけど、外の使用人かな?挨拶の機会はまた訪れるから、気を落とさなくていいと思うよ」
「でも、こういう事は最初が肝心ですのに…」
唇を尖らせるマリアローゼが可愛らしくて、思わずシルヴァインはハハッと笑い声を上げた。
「俺達は挨拶にわざわざ行ったりした事はないよ。少しくらい時間を置いても君の評価は下がらないから、安心しておいで」
(そういうものかしら?)
貴族の感覚で言えば、そういうものなのかもしれない。
中には名前なども分からない人々だって沢山いるのだから。
でも、ロランドと学んだあの時に、その名も知らぬ人々に生活を支えられている事を知ったのだ。
だとしたら、無視するのはマリアローゼの礼儀に反している。
「なあ、ローゼ。俺達貴族は、彼らを養っている。安全を与え、住居や衣服や食事も与えている。俺達の一番重要な仕事は、領地を繁栄させることだと分かっているね?」
「はい、存じ上げております」
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そう、厨房での美味しい物作りである。
この地にこれから訪れる人々の胃袋を掴んで放さない大作戦なのである。
マリアローゼは、心新たに強く頷いて、近づいてくる城への風景を見詰めた。
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