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小さな令嬢が起こした奇跡
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「あ、切れそうです。鋏でいけますね」
「まあ、良かったですわ」
手法が拙かったせいで、取り外すのが楽になったのかもしれない。
マリアローゼは床にぺたりと座って、慎重にはがしていくカンナの手元を注視していた。
無我夢中だったあの時、包帯を巻いてから漆喰で固めたのだ。
包帯を浸して巻くのがいいのかしら?
それとも、包帯を巻いて塗ってを繰り返すのがいいのかしら?
門外漢だし、専門的な医術書を読んだ訳でもない。
どちらかといえば、現代ならサバイバル知識に分類される程度の、軽度な応急処置の本だった。
今はもう違うにしても、焚書にされるほどの危険な知識とされていた本だから、
公爵家でも一応は禁書としての扱いをしているのかもしれない。
トリスティの質問からシルヴァインに助けてもらったが、特別に貸し出される本だったのだろう。
魔法がある世界ゆえの未発達な分野であり、宗教による迫害でも発展を阻害されたのだ。
だとしたら、魔法の治癒力と絡める事でまた別の治療法を見つけ出す事が可能かもしれない。
新たな課題である。
マリアローゼが考え事をしてる間に、いつの間にか混じったユリアが、固まった漆喰を剥がす手伝いをしている。
剥がされた足は、日に当たっていなかったせいで色が薄くなっているものの、
最悪を想定して考えていた腐蝕などは無いようで、マリアローゼはほっと息を吐いた。
「大丈夫そうですわ、ダンさん」
「は、はい」
恐々と時々足を覗き込んで、強く握っていたダンの拳をマリアローゼの小さい手が握る。
「安心なさって。全て剥がしたら、縫った糸を取り除いて、お薬を塗りますからね」
小さくて高貴な身分の幼女が、大人びた口調でこれからの処置を語っている姿は、
まるで、おままごとをしているかのようだが、言っている内容は可愛くはない。
本当はバリバリと力づくで毟り取りたい衝動に駆られるユリアだったが、
マリアローゼの優しく語りかける様子の尊さに、丁寧な作業をちまちまとこなしていた。
「さーあ、最後はべりっといきますよ」
一直線に剥がし終わって、そこから足に沿って固まった部分をユリアが言うが早いかべりっと外した。
板ごと外された足は、傷口の周囲に血で黒く固まった糸部分以外は傷らしい傷もない。
「糸も鋏で切って、ユリアさんに抜いてもらいますね」
カンナが了解を得るようにマリアローゼに視線を向けて、マリアローゼはその視線と言葉にこくん、と頷いた。
二人が作業を終えると、最後にルーナが傷薬と包帯を持ってきて、マリアローゼに手渡す。
マリアローゼが薬をぐるりと傷口と、糸を通してついた傷に塗ると、ルーナが手早く包帯を巻いた。
「どうです?足は動かせまして?」
薬を塗り終えて立ち上がったマリアローゼの前で、ダンが杖を使って立ち上がった。
「あ、歩けます……」
傷ついた方の足で地面を確かめるように踏みしめて、ダンがゆっくりと一歩歩いた。
おお、と周囲から感嘆の声が漏れる。
「でもまだ、動かせなかった分足は弱ってますので、段々慣らすようにゆっくり歩いて鍛えてくださいませ」
「はい…、はい…分かりました。まさか、歩けるようになるなんて、思ってもみませんでした」
また、周囲から鼻をすする音がして、早くも皆泣こうとする体勢に入ってるのでは?と思ったマリアローゼは先程のハンカチをスッとダンに見せた。
脅しである。
「用意は出来ておりますわ」
「…ははっ…泣きません。マリアローゼ様、お嬢様方も、本当にありがとうございました。
このご恩は一生忘れません。いつか、お返し出来るように頑張ります」
とりあえず、冒険者ギルドでの大量号泣事件の二の舞を避けたマリアローゼはにっこりと微笑んだ。
「わたくしにとっては、ダンさんが元気になられるのが十分なお返しですの。
いつか、もっと元気になられた姿を見せに来て下さいませ。お待ちしておりますから」
「はい、是非。必ず良くなって、マリアローゼ様に見せに行きます」
笑いあう二人と周囲に、それを囲んでいた冒険者も住人達も心が温かくなる思いに満たされた。
中には、どうせ何不自由ない貴族の子供のお遊びだろうと、冷やかし半分で来た者もいた。
酷い怪我などと盛った噂だろうと、疑っている者もいたのだが、
見に来た事でその様な下卑た考えを洗い流されてしまったのである。
この世界にも、本当に清らかな存在がいるのだと。
酷い怪我を手づから治し、傷口に触れ、治療費も要求しないどころか、元気な姿を見せに来て欲しいと言う。
可愛らしい容姿と相俟って、素晴らしい別次元の生き物として皆の心に刻まれた。
天使だとか女神だとか、マリアローゼが嫌がる何かの同類として。
「まあ、良かったですわ」
手法が拙かったせいで、取り外すのが楽になったのかもしれない。
マリアローゼは床にぺたりと座って、慎重にはがしていくカンナの手元を注視していた。
無我夢中だったあの時、包帯を巻いてから漆喰で固めたのだ。
包帯を浸して巻くのがいいのかしら?
それとも、包帯を巻いて塗ってを繰り返すのがいいのかしら?
門外漢だし、専門的な医術書を読んだ訳でもない。
どちらかといえば、現代ならサバイバル知識に分類される程度の、軽度な応急処置の本だった。
今はもう違うにしても、焚書にされるほどの危険な知識とされていた本だから、
公爵家でも一応は禁書としての扱いをしているのかもしれない。
トリスティの質問からシルヴァインに助けてもらったが、特別に貸し出される本だったのだろう。
魔法がある世界ゆえの未発達な分野であり、宗教による迫害でも発展を阻害されたのだ。
だとしたら、魔法の治癒力と絡める事でまた別の治療法を見つけ出す事が可能かもしれない。
新たな課題である。
マリアローゼが考え事をしてる間に、いつの間にか混じったユリアが、固まった漆喰を剥がす手伝いをしている。
剥がされた足は、日に当たっていなかったせいで色が薄くなっているものの、
最悪を想定して考えていた腐蝕などは無いようで、マリアローゼはほっと息を吐いた。
「大丈夫そうですわ、ダンさん」
「は、はい」
恐々と時々足を覗き込んで、強く握っていたダンの拳をマリアローゼの小さい手が握る。
「安心なさって。全て剥がしたら、縫った糸を取り除いて、お薬を塗りますからね」
小さくて高貴な身分の幼女が、大人びた口調でこれからの処置を語っている姿は、
まるで、おままごとをしているかのようだが、言っている内容は可愛くはない。
本当はバリバリと力づくで毟り取りたい衝動に駆られるユリアだったが、
マリアローゼの優しく語りかける様子の尊さに、丁寧な作業をちまちまとこなしていた。
「さーあ、最後はべりっといきますよ」
一直線に剥がし終わって、そこから足に沿って固まった部分をユリアが言うが早いかべりっと外した。
板ごと外された足は、傷口の周囲に血で黒く固まった糸部分以外は傷らしい傷もない。
「糸も鋏で切って、ユリアさんに抜いてもらいますね」
カンナが了解を得るようにマリアローゼに視線を向けて、マリアローゼはその視線と言葉にこくん、と頷いた。
二人が作業を終えると、最後にルーナが傷薬と包帯を持ってきて、マリアローゼに手渡す。
マリアローゼが薬をぐるりと傷口と、糸を通してついた傷に塗ると、ルーナが手早く包帯を巻いた。
「どうです?足は動かせまして?」
薬を塗り終えて立ち上がったマリアローゼの前で、ダンが杖を使って立ち上がった。
「あ、歩けます……」
傷ついた方の足で地面を確かめるように踏みしめて、ダンがゆっくりと一歩歩いた。
おお、と周囲から感嘆の声が漏れる。
「でもまだ、動かせなかった分足は弱ってますので、段々慣らすようにゆっくり歩いて鍛えてくださいませ」
「はい…、はい…分かりました。まさか、歩けるようになるなんて、思ってもみませんでした」
また、周囲から鼻をすする音がして、早くも皆泣こうとする体勢に入ってるのでは?と思ったマリアローゼは先程のハンカチをスッとダンに見せた。
脅しである。
「用意は出来ておりますわ」
「…ははっ…泣きません。マリアローゼ様、お嬢様方も、本当にありがとうございました。
このご恩は一生忘れません。いつか、お返し出来るように頑張ります」
とりあえず、冒険者ギルドでの大量号泣事件の二の舞を避けたマリアローゼはにっこりと微笑んだ。
「わたくしにとっては、ダンさんが元気になられるのが十分なお返しですの。
いつか、もっと元気になられた姿を見せに来て下さいませ。お待ちしておりますから」
「はい、是非。必ず良くなって、マリアローゼ様に見せに行きます」
笑いあう二人と周囲に、それを囲んでいた冒険者も住人達も心が温かくなる思いに満たされた。
中には、どうせ何不自由ない貴族の子供のお遊びだろうと、冷やかし半分で来た者もいた。
酷い怪我などと盛った噂だろうと、疑っている者もいたのだが、
見に来た事でその様な下卑た考えを洗い流されてしまったのである。
この世界にも、本当に清らかな存在がいるのだと。
酷い怪我を手づから治し、傷口に触れ、治療費も要求しないどころか、元気な姿を見せに来て欲しいと言う。
可愛らしい容姿と相俟って、素晴らしい別次元の生き物として皆の心に刻まれた。
天使だとか女神だとか、マリアローゼが嫌がる何かの同類として。
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