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怪我人のお見舞いに
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マスロの朝の空気はどこかひんやりとしている。
昔々、生まれる前の前世の記憶の中の、修学旅行の朝の空気に似ていた。
水を含んだような冷たさは、湖の近くだからだろうか。
マリアローゼはそんな事をぼんやりと考えながら馬車に乗せられ、揺られていた。
今日は公爵家の旅馬車だからか、前回ほどの揺れは無い。
教会に辿り着くと、そこには冒険者達が詰め掛けていた。
だけでなく、瀕死の重傷を負った張本人が、入口で杖を片手に立っている。
マリアローゼはシルヴァインに馬車から降ろしてもらうと、小走りに駆け寄った。
「まあ……本当に回復されたのですね…!」
「え……貴女が、マリアローゼ様ですか?」
精悍な顔に驚きの表情を貼り付けて、冒険者がぽつりと漏らした。
その言葉に、マリアローゼはぱちぱちと大きな目を瞬かせる。
「何言ってるんだ、ダン。お前の傷を縫ったのもこのお嬢様だよ」
横から仲間の冒険者が声をひそめつつ、腕で軽くダンを小突いた。
ダンは呆然として、それから鋭い目に涙を滲ませる。
「すいません……こんな幼いお嬢様だったとは……こんなお小さい方に、あんな酷い傷を治療させたとは思わず……助けて下さってありがとうございました…」
「あら…あの、泣かないでくださいませ…わたくしは、大丈夫です。さあ、中に入りましょう?
ずいぶん回復されて、何よりの喜びですわ」
マリアローゼが小さな手で、優しくダンの杖を持つ手に触れると、涙を落としながらダンが何度も頷いた。
感動しやすい冒険者達の何人かも貰い泣きをしている……
冒険者……ではない人々もかなりいるのは何故だろうか、とマリアローゼは疑問に思いつつも、
ダンと一緒に教会の中へと足を踏み入れた。
教会の中にはずらりと木製の長椅子が並んでいるが、真ん中の通路は大きめに開いていて、今日はそこに一人がけ用の椅子が二脚用意されていた。
明らかに少し良い感じの椅子なので、特別に用意されたのかもしれない。
「ではここに、お座りになって」
「はい」
座ってもまだ上背があるので、立っているマリアローゼよりも高い位置に頭がある。
マリアローゼはポケットからしゅるりとハンカチを出すと、背を伸ばしてダンの涙を拭った。
「いけません、汚れます」
とは言いつつも無下に振り落とすわけにもいかず、ダンは焦って動きを固めた。
気にする風もなく、マリアローゼは小さな手に掴んだきれいな布で、くしくしと顔を拭いている。
「お嫌でしたら、泣き止んでくださいませ」
「そ、そういうことでは…こんな…は、はい、泣いてませんから」
その言葉に、周囲の人々からくすくすという笑い声が漏れて、ダンが耳まで顔を赤くした。
答えに満足したマリアローゼも、にっこり笑顔を見せて、ハンカチと手を引っ込める。
目付きも鋭いマッチョが申し訳無さそうに、赤面する姿はマリアローゼにとってはご褒美なのである。
「もう痛みはありませんか?」
固まって、灰色に近い白で板ごと足の周囲を囲っているギプスもどきを、マリアローゼは指で突いた。
「全然、無いです。あの痛みが嘘だったみたいに」
「良かったですわ。では、これを外しましょう。……ううん…鋏で切れるかしら…金槌で割るのかしら…」
とマリアローゼが呟くのを聞いて、背後にいたカンナが声をかけた。
「力仕事でしたら、私がしますよ。まず鋏で少しずつ切ってみましょうか?」
「カンナお姉様、ありがとう存じます。……怖く有りませんからね」
大きな熊を宥めるように、小さな幼女が背を伸ばして筋肉の盛り上がった腕を優しくさする姿は、
冒険者達にも町の人にも微笑ましく映った。
カンナは教会の神父に借りた鋏で、コンコンと硬さを確かめてから、足との隙間を作って鋏を入れていく。
昔々、生まれる前の前世の記憶の中の、修学旅行の朝の空気に似ていた。
水を含んだような冷たさは、湖の近くだからだろうか。
マリアローゼはそんな事をぼんやりと考えながら馬車に乗せられ、揺られていた。
今日は公爵家の旅馬車だからか、前回ほどの揺れは無い。
教会に辿り着くと、そこには冒険者達が詰め掛けていた。
だけでなく、瀕死の重傷を負った張本人が、入口で杖を片手に立っている。
マリアローゼはシルヴァインに馬車から降ろしてもらうと、小走りに駆け寄った。
「まあ……本当に回復されたのですね…!」
「え……貴女が、マリアローゼ様ですか?」
精悍な顔に驚きの表情を貼り付けて、冒険者がぽつりと漏らした。
その言葉に、マリアローゼはぱちぱちと大きな目を瞬かせる。
「何言ってるんだ、ダン。お前の傷を縫ったのもこのお嬢様だよ」
横から仲間の冒険者が声をひそめつつ、腕で軽くダンを小突いた。
ダンは呆然として、それから鋭い目に涙を滲ませる。
「すいません……こんな幼いお嬢様だったとは……こんなお小さい方に、あんな酷い傷を治療させたとは思わず……助けて下さってありがとうございました…」
「あら…あの、泣かないでくださいませ…わたくしは、大丈夫です。さあ、中に入りましょう?
ずいぶん回復されて、何よりの喜びですわ」
マリアローゼが小さな手で、優しくダンの杖を持つ手に触れると、涙を落としながらダンが何度も頷いた。
感動しやすい冒険者達の何人かも貰い泣きをしている……
冒険者……ではない人々もかなりいるのは何故だろうか、とマリアローゼは疑問に思いつつも、
ダンと一緒に教会の中へと足を踏み入れた。
教会の中にはずらりと木製の長椅子が並んでいるが、真ん中の通路は大きめに開いていて、今日はそこに一人がけ用の椅子が二脚用意されていた。
明らかに少し良い感じの椅子なので、特別に用意されたのかもしれない。
「ではここに、お座りになって」
「はい」
座ってもまだ上背があるので、立っているマリアローゼよりも高い位置に頭がある。
マリアローゼはポケットからしゅるりとハンカチを出すと、背を伸ばしてダンの涙を拭った。
「いけません、汚れます」
とは言いつつも無下に振り落とすわけにもいかず、ダンは焦って動きを固めた。
気にする風もなく、マリアローゼは小さな手に掴んだきれいな布で、くしくしと顔を拭いている。
「お嫌でしたら、泣き止んでくださいませ」
「そ、そういうことでは…こんな…は、はい、泣いてませんから」
その言葉に、周囲の人々からくすくすという笑い声が漏れて、ダンが耳まで顔を赤くした。
答えに満足したマリアローゼも、にっこり笑顔を見せて、ハンカチと手を引っ込める。
目付きも鋭いマッチョが申し訳無さそうに、赤面する姿はマリアローゼにとってはご褒美なのである。
「もう痛みはありませんか?」
固まって、灰色に近い白で板ごと足の周囲を囲っているギプスもどきを、マリアローゼは指で突いた。
「全然、無いです。あの痛みが嘘だったみたいに」
「良かったですわ。では、これを外しましょう。……ううん…鋏で切れるかしら…金槌で割るのかしら…」
とマリアローゼが呟くのを聞いて、背後にいたカンナが声をかけた。
「力仕事でしたら、私がしますよ。まず鋏で少しずつ切ってみましょうか?」
「カンナお姉様、ありがとう存じます。……怖く有りませんからね」
大きな熊を宥めるように、小さな幼女が背を伸ばして筋肉の盛り上がった腕を優しくさする姿は、
冒険者達にも町の人にも微笑ましく映った。
カンナは教会の神父に借りた鋏で、コンコンと硬さを確かめてから、足との隙間を作って鋏を入れていく。
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