上 下
86 / 324
連載

大きな秘密

しおりを挟む
残念そうにではあるが、振り返りつつユリアはカンナに続いて扉の外へと出て行った。
最後まで視界に入らないように、ルーナがじりじりと動いていたのが、ありがたいやらいじましいやら。
マリアローゼは改めて、ルーナの存在に安心感を覚えたのだった。

「お兄様、どうぞお入りになって。ノクスも一緒に」
「君から呼ばれるとは思わなかったけど、何かあったのかい?」

シルヴァインの入室と共に、マリアローゼの目の前から退いたルーナが、ノクスと並んで椅子の脇に立っている。
ノクスはルーナに視線を向けるが、ルーナは何も言わずただマリアローゼを見ていた。

「お兄様に大事なお話がありますの。もっと先になる予定だったのですが、色々とご相談したくて。
ルーナとノクスもわたくしの側にずっと居てくれるなら聞いておいて欲しいの」

ルーナとノクスは少し驚いたようだが、しっかりと首を縦にこっくりと振った。

「異端審問官の長が来たって聞いたけど関連はある?」

「はい。有る意味わたくしの正気が疑われなくて済むという利点はございますわね…」

そしてマリアローゼは異端審問官の長谷部の話から、自分の経験に至るまでの話を掻い摘んで三人へと伝えた。

王城でのお茶会で転んだ事から始まった、前世の記憶の想起。
前世で平凡な人生を送り、過労で倒れて死んだこと。
その時にこの世界の記録かもしれない本を1つだけ読んだ記憶。
でも既にその枠からはみ出している事まで。

「ふうん。記憶が蘇った時、どんな感覚だったんだい?」
「あ……え、ええと…」

まさか、この世界の記憶よりも先にそれを尋ねられるとは思わず、
マリアローゼは首をこてんと傾げてその時の事を思い出した。

「すごくすごく集中して、長い物語に没頭して、ふと本を読むのをやめた時に、
自分が誰なのか、何をしていたのか分からなくなること、ございませんか?
……それから、自分の周囲を見て、自分が何者で今まで何をしていたか思い出すような、そんな感覚ですわ」

本でもそういう体験をした事もあるが、頭に思い浮かべていたのは映画だ。
前世では色々な媒体があったから、何でもいいのだけれど。
小説、漫画、映画などが没入感があるだろうか。

自分が何者か。
それを全くゼロにしてしまうわけではない。
何者かは分かっているのだが、「自分」としての思考が止められて、
物語の登場人物に意識を推移されるのだ。

過去に読んだ異世界転生の話はいくつもある。
その中でも代表的なのは、死んだ自分の地続きの記憶をもったまま、赤子に転生するもの。
これは過去の人生の続きでしかなく、人格も全て過去の物の複写だ。

もうひとつは、途中で何らかの事情があって、突然思い出す場合。
これはマリアローゼと同じなのだが、多少の変化はあるものの、普通はそこまで人格は変わらない。
というのも、育った環境が余程劣悪でない限りは、元々の性質が優先される為だろう。

だが、物語上「悪役」とされるヒロインの場合は何故か悪人から善人という劇的な変化が起きる。
それまでの人生の記憶を失う、または元々の魂と入れ替わるのであれば納得出来るのだが、利己的だったり傲慢だったりする人間が、それを捨てて善人になるのは破綻している気がしていた。
死を回避するためだとして、学習して運命を変化をさせる方へ自己を改良するのなら分かるが、それまでの人生をゼロにして前世の記憶に引きずられすぎるのは微妙な所だ。

ヒロインにも同じ原理が当てはまる。
本来は良い子である筈のヒロインが、別の魂に乗っ取られたかのように好き勝手に生きるという。
それはどちらが素なのだろうか。
記憶を知ってしまったがゆえに、楽な道を選び自分を過信して起こるのか?
元々性格が悪いのを、記憶がない頃は取り繕っていたのだろうか?
「思い出した」のではなくて「取り憑かれた」に近い変化が多いのだが…。

その辺は長谷部とユリアの情報から、少しだけ説明を追加する。

兄は記憶を聞き出すという実利よりも、妹の心と身体の心配をしているらしい。
話を全て受け入れてくれた三人に、マリアローゼはにっこりと微笑んだ。

「漸く大きな秘密がお話出来ましたわ」
「ふむ。だからあの言語だったのか…事情を知らなければ天賦の才かと思うぞ」
「ええ、ですのでわたくし自身は凡庸な人間ですの」

全然天才とかではない、普通の人間なのだ。
言語も便利だと思って伝えたけれど、いつかこういう事態がきた時のための安全策でもあった。
あいつやベー奴だ、と思われないための。

「いや、凡庸だとは思わんが」

シルヴァインの否定の言葉に、姉弟もうんうんと頷く。

あら?
特別な能力もなければ、特に頭が良いという訳でもないし…

現に一人では対処しきれない状況に、皆を頼っているのだ。

「だって、一人で抱えきれませんもの」
「それはいいんだよ。ハセベーとは俺からも話してみよう。勿論今聞いたことは言わずにね。
 多分だが、ユウトは好意的な報告をしたんだろう。わざわざ危険を冒して暴露出来る内容でもない。
 我々も含めて話してもいいという判断を下したんだろう」

「そうですわね。一応お話としては忠告と言う形でしたし…」
「君が儀式に行っている間に相談しておくから、もう心配しなくていい」
「はい、お兄様」

優しく頭を撫でられて、マリアローゼは安心したように目を閉じて大きな吐息をついた。

「お兄様が一緒に居て下さって、本当に良かったです」
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。