76 / 357
連載
父の来訪
しおりを挟む
とうとうその日がやってきてしまった。
子息達と語らった翌々日の朝、先触れが王室別邸の屋敷へ、宰相であるフィロソフィ公爵及び外務大臣であるモルガナ公爵の到着を知らせてきた。
マリアローゼも出迎えに出るのかと思ったが、今は窓さえ鎧戸が閉められているので、外を見る事もできなければ、外からの明かりすら入ってこない。
部屋からも一歩も出ずに過ごしていた。
幸い読書と言う趣味と実益を兼ねた時間潰しがあるので、そこまで退屈はしないが、窮屈ではある。
兄は昨日も朝にマリアローゼを見に立ち寄り、部屋から出ないようにと注意していなくなった。
先触れの知らせは気を利かせた誰かの計らいで、侍従が知らせにきてくれたが、
詳しい時間などは伝えられていないので、大人しくルーナの入れた紅茶を飲み、読書を続けた。
今回読んでいるのは、世界の気候と未踏の地についてである。
海には割と大型の魔獣もいて、外海に出るほど危険が増すらしい。
海流と天候、魔獣の縄張りなどの影響で、国交がない、もしくは国自体あるかどうかも分からない地域もある。
この世界でも海賊はいないことはないが、山賊共々魔獣による死の危険の方が遥かに大きい。
そして襲う相手である商人達も、最低限魔獣の相手が出来るように武装して護衛もつけているので、リターンもそれ程多くない。
外海や山深い場所での襲撃は、利益と採算が見合わないといえるだろう。
ふむふむ、と本を読み漁っていると、外から軍靴の音が近づいてきた。
鎧の立てる金属音と、地面を歩く規則的な足音だ。
暫くすると、バタン!と大きく扉が開け放たれ、暫く会っていなかった父ジェラルドが、愛娘の名を呼びながら両手を広げて飛び込んできた。
「ローーーゼーーーー」
「お、お父様、くるしいですわ」
ぺちぺちと背中を叩くが、暫くそのままぎゅうと抱きしめられている。
後ろから部屋に付いて来た母ミルリーリウムは、まあまあと頬に手を当てて和やかに微笑んでいた。
「……よし、では行ってくる。2日以内には発てるようにしよう。
そしてすぐに王都へ帰ろう」
決意を語り、正装用のマントを翻して、ジェラルドは足早に部屋を出て行く。
マリアローゼは目を丸くしてきょとんとしたまま、嵐のようにやって来て過ぎ去っていく父の背中を見送った。
そういえば父が鎧を纏った姿は初めて見たかもしれない。
母は部屋にそのまま入ってくると、マリアローゼの隣に腰掛ける。
「後はお父様にお任せしておけば、大丈夫ですわ」
「はい……早くおうちに帰りたいです、お母様」
帰ったら、沢山運動して体力をつけて剣の稽古を始めたい。
公爵家の図書館で、本を沢山読みたい。
温室の植物を見たり、ロサに色々食べさせたい。
魔道具も作りたいし、鍛冶工房で専用の武器も作りたい。
何より、ふわふわもこもこの羊に餌をあげたいのだ。
そしてお兄様達にも会いたい。
拗ねたように唇を尖らせるマリアローゼを、ミルリーリウムは優しく腕の中に閉じ込めた。
その日はそれきり父は姿を見せなかった。
晩餐の時刻になると、母も接待の為に会場へと出かけて行き、
マリアローゼはカンナと共に、部屋で豪華な食事を食べている。
里心がついて一瞬寂しくなっていたものの、読書をしてカンナやルーナと体操しているうちに、マリアローゼはすっかり元気になっていた。
食後のデザートも終え、エイラに手伝われながらの湯浴みも終わり、ミルクたっぷりの紅茶を飲んでいると、遠慮がちに扉の外からノクスの声がした。
「アルベルト殿下が参られました」
「どうぞ、お通しして」
夜着に身を包んだマリアローゼだったが、露出があるわけではないし…と普通に迎え入れたのだが、一目見て、アルベルトはハッと顔を逸らし、背を向けてしまった。
「こんな時間に申し訳ない。また明日にでも出直す」
「分かりました。こちらこそ失礼を致しました」
やっぱり失礼にあたってしまうか……。
個人的にはふわふわひらひらしているものの、普段のドレスと大差ないとは思うのだが、
さすがに婚約者でない男性をこの格好のまま引き止めるわけにはいかない。
礼儀作法のイオニア夫人がこの場にいたら、泡を吹いて卒倒してしまったかもしれない。
危うく殺人事件になるところだった。
やはりこの様な場合は、用意をするので待ってもらって着替えるのが正しいのだろう。
でも、面倒くさい…
マリアローゼは、ほふぅと溜息をついて、ベッドにもそもそと潜り込む。
「ルーナ、カンナお姉様おやすみなさいませ」
「「おやすみなさい、マリアローゼ様」」
二人の挨拶を耳に、マリアローゼは胸元のロサを抱きしめるように眠りについた。
子息達と語らった翌々日の朝、先触れが王室別邸の屋敷へ、宰相であるフィロソフィ公爵及び外務大臣であるモルガナ公爵の到着を知らせてきた。
マリアローゼも出迎えに出るのかと思ったが、今は窓さえ鎧戸が閉められているので、外を見る事もできなければ、外からの明かりすら入ってこない。
部屋からも一歩も出ずに過ごしていた。
幸い読書と言う趣味と実益を兼ねた時間潰しがあるので、そこまで退屈はしないが、窮屈ではある。
兄は昨日も朝にマリアローゼを見に立ち寄り、部屋から出ないようにと注意していなくなった。
先触れの知らせは気を利かせた誰かの計らいで、侍従が知らせにきてくれたが、
詳しい時間などは伝えられていないので、大人しくルーナの入れた紅茶を飲み、読書を続けた。
今回読んでいるのは、世界の気候と未踏の地についてである。
海には割と大型の魔獣もいて、外海に出るほど危険が増すらしい。
海流と天候、魔獣の縄張りなどの影響で、国交がない、もしくは国自体あるかどうかも分からない地域もある。
この世界でも海賊はいないことはないが、山賊共々魔獣による死の危険の方が遥かに大きい。
そして襲う相手である商人達も、最低限魔獣の相手が出来るように武装して護衛もつけているので、リターンもそれ程多くない。
外海や山深い場所での襲撃は、利益と採算が見合わないといえるだろう。
ふむふむ、と本を読み漁っていると、外から軍靴の音が近づいてきた。
鎧の立てる金属音と、地面を歩く規則的な足音だ。
暫くすると、バタン!と大きく扉が開け放たれ、暫く会っていなかった父ジェラルドが、愛娘の名を呼びながら両手を広げて飛び込んできた。
「ローーーゼーーーー」
「お、お父様、くるしいですわ」
ぺちぺちと背中を叩くが、暫くそのままぎゅうと抱きしめられている。
後ろから部屋に付いて来た母ミルリーリウムは、まあまあと頬に手を当てて和やかに微笑んでいた。
「……よし、では行ってくる。2日以内には発てるようにしよう。
そしてすぐに王都へ帰ろう」
決意を語り、正装用のマントを翻して、ジェラルドは足早に部屋を出て行く。
マリアローゼは目を丸くしてきょとんとしたまま、嵐のようにやって来て過ぎ去っていく父の背中を見送った。
そういえば父が鎧を纏った姿は初めて見たかもしれない。
母は部屋にそのまま入ってくると、マリアローゼの隣に腰掛ける。
「後はお父様にお任せしておけば、大丈夫ですわ」
「はい……早くおうちに帰りたいです、お母様」
帰ったら、沢山運動して体力をつけて剣の稽古を始めたい。
公爵家の図書館で、本を沢山読みたい。
温室の植物を見たり、ロサに色々食べさせたい。
魔道具も作りたいし、鍛冶工房で専用の武器も作りたい。
何より、ふわふわもこもこの羊に餌をあげたいのだ。
そしてお兄様達にも会いたい。
拗ねたように唇を尖らせるマリアローゼを、ミルリーリウムは優しく腕の中に閉じ込めた。
その日はそれきり父は姿を見せなかった。
晩餐の時刻になると、母も接待の為に会場へと出かけて行き、
マリアローゼはカンナと共に、部屋で豪華な食事を食べている。
里心がついて一瞬寂しくなっていたものの、読書をしてカンナやルーナと体操しているうちに、マリアローゼはすっかり元気になっていた。
食後のデザートも終え、エイラに手伝われながらの湯浴みも終わり、ミルクたっぷりの紅茶を飲んでいると、遠慮がちに扉の外からノクスの声がした。
「アルベルト殿下が参られました」
「どうぞ、お通しして」
夜着に身を包んだマリアローゼだったが、露出があるわけではないし…と普通に迎え入れたのだが、一目見て、アルベルトはハッと顔を逸らし、背を向けてしまった。
「こんな時間に申し訳ない。また明日にでも出直す」
「分かりました。こちらこそ失礼を致しました」
やっぱり失礼にあたってしまうか……。
個人的にはふわふわひらひらしているものの、普段のドレスと大差ないとは思うのだが、
さすがに婚約者でない男性をこの格好のまま引き止めるわけにはいかない。
礼儀作法のイオニア夫人がこの場にいたら、泡を吹いて卒倒してしまったかもしれない。
危うく殺人事件になるところだった。
やはりこの様な場合は、用意をするので待ってもらって着替えるのが正しいのだろう。
でも、面倒くさい…
マリアローゼは、ほふぅと溜息をついて、ベッドにもそもそと潜り込む。
「ルーナ、カンナお姉様おやすみなさいませ」
「「おやすみなさい、マリアローゼ様」」
二人の挨拶を耳に、マリアローゼは胸元のロサを抱きしめるように眠りについた。
420
❤キャライメージはPixivにあるので、宜しければご覧になって下さいませ
お気に入りに追加
6,034
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。