悪役令嬢? 何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く

ひよこ1号

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---神殿騎士グランスの願い

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「何をなさっておいでですの?」

ひょこりと、天幕の後ろから顔を出したのは、これから神聖国に送り届けねばならない、公爵令嬢にして聖女候補のマリアローゼだった。
しかし、そんな仰々しい肩書きの人物というよりも、歳の離れた妹を思わせて、ドキリと心臓が跳ねた。
もう何年も会えていない記憶の中の妹は、目の前の少女と同じくらいの年齢のまま成長していない。

「…これは、ただの手慰みです」

立ち上がって挨拶をしようとすると、手で制されたので、そのまま倒木に腰掛けて
手の中にあるちいさな木彫りのフクロウを見つめた。

「お上手ですわねえ……」

同じく手の中のフクロウを見ながら、あどけない少女がうんうん、と頷く。
そして、もじもじとスカートをつまみながら、身を捩りだす。

「あの…あの、もし宜しければ、わたくしにもひとつ作って頂けませんか?」

とても丁寧な口調である。
マリアローゼは公爵令嬢にも関わらず、騎士達にも、従者や平民に至るまで、この口調をあまり崩さない。
その分け隔てなさは美徳といえるだろう。
実際に、マリアローゼと言葉を交わし、親しくなるにつれ、同僚達も彼女にはどんどん甘くなっている。
始めはそれぞれの課せられた任務もあり、また神聖国への忠誠から公女以外を聖女と認めたくない等距離を置いたり、敵視するものもいたのだが。

だから、否とはいえないのだが、公爵令嬢の欲しがるものではないだろう、とまじまじと見詰めた。
困ったように寄せられた細い眉に、不安そうな大きな菫色の瞳に、それを縁取る銀糸の長い睫。
白く透き通った肌に、薔薇色の頬、薄く開かれた唇も花弁の様に色づいて可憐だ。
これからどんどん美しい女性となり、彼女の兄達も心労が増える事だろう、と同情心も湧く。

「このような粗末なものをどうされるのですか?」

すぐに飽きて捨てられてしまうだろう、と自嘲の笑みを浮かべる。
そんな意地悪な気持で口にしたのだが、マリアローゼは照れ笑いを零した。

「お守りに致しますわ」

まだまだもっと拙かった彫り物を、病床の妹も同じようにお守りにすると笑っていた。
そんな事を不意に思い出して、胸を衝かれる様に痛さが滲む。
心の中心を射抜かれて、断る選択肢やわだかまりが氷解していく。

「どんなものが…良いのでしょう?」

と聞くと、不安そうに返事を待っていたマリアローゼがぱあっと花が綻ぶように笑った。

「あの、熊がいいのです。こう…口にお魚をくわえていて、四足で立っている熊が…」
「熊」

とてもその辺の淑女が、少女とはいえ、欲しがりそうな物では無い。
可笑しくなり、ふふ、と知らずに笑みがこぼれてしまう。
手頃な気の塊を手に持つと、ナイフで削っていく。

「まあぁ……」

感嘆の声をあげて、マリアローゼは隣に座って手元を覗き込んでいる。
元々、交代の時間までの手慰みに作っているもので、ナイフで無造作に削っているのもあり
出来上がりまではそんなに時間もかからないが、精緻な作品ではない。
それでも、ある程度は細かく模様をつけて、それなりの見栄えの物を作り上げた。

「まるで、魔法のようですわね……」

先程より、ぷくりとした頬を紅潮させ、木彫りの熊を目を瞬かせて見ている。

「では、献上いたします」
「ありがとうございます、グランスさん」

名を呼ばれて、少し驚いてマリアローゼを見詰めると、不思議そうにマリアローゼは首を傾げた。
くるりと巻いた毛先がさらりと揺れる。

「…名を覚えてらっしゃるとは思わず」
「わたくしの身を守ってくださる方達ですもの、名前を覚える位は当然のことですわ。
それより、この熊さん、とても素敵です。わたくし、一生大切に致しますわね」

その辺に落ちていた、薪を集めた時に拾ったただの木の塊だ。
しかも、美術品どころか工芸品にも劣るような、ただの男がナイフで彫っただけの杜撰なものなのに。
マリアローゼは大事そうに胸に抱えて、嬉しそうにしている。
また、その姿に、妹の姿が重なった。
病気を治すためには金がいる。
だから、どんな汚れ仕事も引き受けてきた。
妹の面倒を見ると請け負ったヨハン枢機卿の指令で、忙しく働き続けて様子を見に会いに行く暇もない。
手紙を書いても、病状が一進一退していて、半年に一回程度の返信しかなかった。
それでも。
金も権力も無ければ縋るしかない。
だが。
罪を重ねた金で救われた妹は喜ぶのだろうか……。
綺麗な物など何もあげられなかった。
けれど目の前の少女の様に、大事そうに抱えて妹も幸せそうに笑っていたのだ。

「妹は…喜んでくれたのかな……そんな粗末なもので…」

思わず口から零れ落ちた言葉は、取り戻しようが無い。
マリアローゼは、きょとんと目を丸く見開いてから、ふんす、と力強く頷いた。

「喜んだに決まってますわ!大事なお兄様がてづから作って下さったお守りなのですもの。
世界にひとつしか無い宝物ではないですか。どんな高価な宝石にもドレスにも勝ります」

そうか…という相槌は言葉にならなかった。

「あら…どう、どうして、あの…どうなされましたの…」

不意に溢れ出た滂沱の涙が、頬を伝って足元の土にぱたぱたと音を立てて落ちる。
マリアローゼが必死に、小さな手で涙を拭ってくれていた。
あの頃の幼い妹が、慰めてくれるようで、懐かしくて愛おしくて、苦しい。

「…こんなに、離れるより…病気の妹の側にいてやれば……」
「妹さまはご病気ですのね。…きっと良くなりますから…確かにお兄様に側にいて頂いた方が心強いし、幸せでしょうけど…きっと、お兄様のなさりたい事を応援してくださいますわ…」

たどたどしく慰めの言葉を口にしながら、マリアローゼは袖が濡れるのも構わずに涙を拭き続けている。

妹は分かってくれるだろうか。
この優しい少女を傷つける可能性があるのに?
黙して従う事で、得た金で回復したとして、優しい妹は喜ぶだろうか?
きっと、やめてほしいと言うだろう。
これはただの権力争いや、勢力争いではない。
悪が自分の欲の為に、正義に手を伸ばし食らう悪行だ。
正義を手にかける事が出来なくても、この少女の命が奪われれば、失墜する。
ただそれだけの為に、そのくだらない欲の為に失われていい命ではない。

「そうですね…妹は優しい子でしたから、きっと応援してくれると思います」

私の決意を、正しい道に戻る事を、きっとあの子は応援してくれるだろう。

「あの、わたくし、神聖国へ行った後でですけど、妹さんのお見舞いにいきますわ。沢山、薬も運んで参りましたし、何か手助けできるかもしれませんもの」

「いえ、そんな…」
「大事な方なのでしょう?わたくしもお兄様が病気になってしまわれたら、きっと泣いてしまいます」

真摯に訴える姿に、また眼の奥が熱くなる。
こんな風に自然に、手を差し伸べる事が出来る少女が、聖女でなくて何だというのだろう。

「妹はアニスという名前です。もしも、無事神聖国での審議が終ったら、
是非ご一緒させてください」

それは多分、叶わないだろう。
どちらにしても私は罪人に堕ちるのだ。
ならば、最後は正しい道行を進もう。

「ローゼ、どこにいるんだ?」
「ここに居りますわ、お兄様」
「勝手に出歩いては駄目だろう。心配するじゃないか」
「ご覧になってください!ローゼのお守りですわ」

微笑ましい兄弟の遣り取りを見詰める。
両手の上に乗せられた熊を見て、兄がぺこりと会釈を寄越した。

「妹が我侭を言ったようで申し訳ない」
「……いえ、とてもお優しい妹さんですね」
「はい。俺の、家族の宝物です」

破顔して、妹を抱き上げる兄。
グランスはにこやかにそれを見て、立ち上がる。
もう時間がない。
今すぐ手を打たなくては。

同僚の一人が見回りから戻ってきた。
交代の時間である。

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