60 / 357
連載
初めての野営
しおりを挟む
大変な治療で足止めを食い、一日旅程が増えたが、美味しい食事と綺麗な風景に癒されて、
翌日は日の出と共にゆったりと支度を始め、食事を終えてから馬車へと移動した。
町民総出か?というくらい大勢の人々に見送られて、一路ルクスリア神聖国に向けて出発する。
湖から帰った後、マリアローゼが昼寝をしている最中に、冒険者ギルドの長が宿を訪ねてきたらしい。
この町にも支部はあるが、エルノから掃討戦に向けて出向していたギルド長が、
怪我人を助けた謝礼を持ってやってきたのだが、兄は謝礼は受けたが金銭は受け取らなかった。
元々、此処に住まう人々や旅人の安全の為に戦ったのである。
金銭は怪我人へ使うように申し渡して、話を終えたと馬車の中で兄に報告を受けたマリアローゼは
兄の対応に満足してにこにこ笑顔を浮かべた。
「素晴らしいですわ、お兄様」
「ローゼの偉業を汚す訳にはいかないからね」
と兄もニコッと爽やかな笑みを浮かべる。
山と山の間を抜けるように作られた街道も、深い谷に阻まれて山越えの道に入った。
そろそろ難所と思われる地域である。
街道沿いの森の中には、時折休憩出来る様な簡易的な椅子と雨除けだけの素朴な建物も建っていた。
馬車に乗っていると大変さが分からないが、やはり平らとはいえ勾配のある道は疲れるのだろう。
時折その小さな建物に座っている旅人も目にする。
鬱蒼とした木々が山頂付近に差し掛かると、草原に景色が変わってきた。
そこで昼食を取り、午後に出発して、半刻もした頃突然馬車が停まった。
「あら?何かあったのかしら?」
のんびりとした母の声に、うとうとしていたマリアローゼもシルヴァインの腕の中から窓の外を見る。
騎士達は、マリアローゼ達の乗る馬車の後続の方へ向かっていた。
コンコンと扉をノックされて、エイラが馬車の錠を上げて扉を開くと、アケルが扉の前に立っていた。
「後続の馬車が破損致しました。直すには特殊な部品が必要だそうで、職人が今からこの先の町へ
部品を買いに行くそうです。こちらの馬車だけでも先に進めますが…」
と困ったような顔で言うと、ミルリーリウムはにっこりと微笑んで首を横に振った。
「従者達を置いて行くわけには参りませんわ。近くで野営できる場所はございまして?」
「はい。少し先まで行けば、街道沿いから外れますが適した場所はございますので、
問題ないかと存じます」
「では、そこへ参りましょう」
「は」
アケルが一礼して、騎士達に指示を出しに行くのを見送り、エイラが扉を閉じて錠を下ろす。
席に座り直したミルリーリウムが、静かに微笑んでシルヴァインを見詰めた。
「宜しくて?シルヴァイン」
「はい。問題ありません、母上」
何だか含みのある遣り取りだが、二人は静かな笑みを浮かべている。
それよりも野営とは…うきうきどきどきが抑えられないマリアローゼ5歳児であった。
このキャンピングカー仕様の馬車が火を噴くときがきたのである。
いや、実際に火を噴いたら困るのだが、トイレや調理場完備な優秀な馬車が活躍する機会なのだ。
流石に危険もあるので、外で眠るとかは出来ないが、夜に外にいるのは初体験。
マリアローゼは始めての冒険ぽいシチュエーションを満喫し始めた。
「お兄様、お母様、夕食は狩りに行きますの?」
「いや…行かないよ。馬車に食糧も積んであるからね」
用意は万全なのである。
マリアローゼは眉を下げて、あからさまにがっかりな顔をした。
「そうですの……てっきり何か動物とか…そういうものを食するものだとばかり…」
「うーん。予定外だったらそうなるのかもしれないけど、昨日沢山町の人から色々貰ったのもあるし」
「まあ、そうでしたの?」
「あの町に治癒師はいないし、掃討戦で訪れた治癒師も冒険者以外を治療する余裕はないからね。
治療を必要としている人々も割と多かったんだ」
思い返してみれば、旅装の人々も沢山いたが、町民ぽい人々が半数くらいは占めていた。
怪我を放置せざるを得ない人々の慢性的な痛みや、治療できないまま長引いた病気など、
治癒師のいない町に蔓延する貧困とはまた別の苦しみである。
観光地としても、旅の要所としても良い場所だから、治癒師の一人や二人いそうなのだが、
冒険者の治療に狩り出されてそのままいなくなってしまうのだろうか。
あと数日も進めば、魔の山嶺に行き着くからか、この辺りの山々にも掃討戦が行われるくらいには
小規模の魔物の群れもいるのだ。
騙し騙しでも暮らしていける程度の怪我や病よりも、当然冒険者への助力の方に人員は割かれるだろう。
中々に悩ましい問題である。
が、だからこその医術、医療の発展の見込みがあるのだ。
でも、そこにも当然の如く神聖国が立ち塞がってくる。
前世でも信仰と医療&科学の対立構造はあった。
信者による迫害があり、魔法はないものの祈りでどうこうなる、みたいな押しつけすらあるのだから、
力としての魔法が存在する世界ならもっと酷い事になっていたのだろう。
「ふぅむ……やはり薬の発売は急務ですわね」
「俺達がこの旅に出る前に、クリスタとレノ、エレパースとマリクには色々頼んでおいたよ」
さすがお兄様、と言いたい所だが、こき使う気満々ではないだろうか。
色々って何だろう色々って。
にこやかに微笑を浮かべるシルヴァインを暫くジト目で見てから、マリアローゼは視線を窓の外に戻した。
翌日は日の出と共にゆったりと支度を始め、食事を終えてから馬車へと移動した。
町民総出か?というくらい大勢の人々に見送られて、一路ルクスリア神聖国に向けて出発する。
湖から帰った後、マリアローゼが昼寝をしている最中に、冒険者ギルドの長が宿を訪ねてきたらしい。
この町にも支部はあるが、エルノから掃討戦に向けて出向していたギルド長が、
怪我人を助けた謝礼を持ってやってきたのだが、兄は謝礼は受けたが金銭は受け取らなかった。
元々、此処に住まう人々や旅人の安全の為に戦ったのである。
金銭は怪我人へ使うように申し渡して、話を終えたと馬車の中で兄に報告を受けたマリアローゼは
兄の対応に満足してにこにこ笑顔を浮かべた。
「素晴らしいですわ、お兄様」
「ローゼの偉業を汚す訳にはいかないからね」
と兄もニコッと爽やかな笑みを浮かべる。
山と山の間を抜けるように作られた街道も、深い谷に阻まれて山越えの道に入った。
そろそろ難所と思われる地域である。
街道沿いの森の中には、時折休憩出来る様な簡易的な椅子と雨除けだけの素朴な建物も建っていた。
馬車に乗っていると大変さが分からないが、やはり平らとはいえ勾配のある道は疲れるのだろう。
時折その小さな建物に座っている旅人も目にする。
鬱蒼とした木々が山頂付近に差し掛かると、草原に景色が変わってきた。
そこで昼食を取り、午後に出発して、半刻もした頃突然馬車が停まった。
「あら?何かあったのかしら?」
のんびりとした母の声に、うとうとしていたマリアローゼもシルヴァインの腕の中から窓の外を見る。
騎士達は、マリアローゼ達の乗る馬車の後続の方へ向かっていた。
コンコンと扉をノックされて、エイラが馬車の錠を上げて扉を開くと、アケルが扉の前に立っていた。
「後続の馬車が破損致しました。直すには特殊な部品が必要だそうで、職人が今からこの先の町へ
部品を買いに行くそうです。こちらの馬車だけでも先に進めますが…」
と困ったような顔で言うと、ミルリーリウムはにっこりと微笑んで首を横に振った。
「従者達を置いて行くわけには参りませんわ。近くで野営できる場所はございまして?」
「はい。少し先まで行けば、街道沿いから外れますが適した場所はございますので、
問題ないかと存じます」
「では、そこへ参りましょう」
「は」
アケルが一礼して、騎士達に指示を出しに行くのを見送り、エイラが扉を閉じて錠を下ろす。
席に座り直したミルリーリウムが、静かに微笑んでシルヴァインを見詰めた。
「宜しくて?シルヴァイン」
「はい。問題ありません、母上」
何だか含みのある遣り取りだが、二人は静かな笑みを浮かべている。
それよりも野営とは…うきうきどきどきが抑えられないマリアローゼ5歳児であった。
このキャンピングカー仕様の馬車が火を噴くときがきたのである。
いや、実際に火を噴いたら困るのだが、トイレや調理場完備な優秀な馬車が活躍する機会なのだ。
流石に危険もあるので、外で眠るとかは出来ないが、夜に外にいるのは初体験。
マリアローゼは始めての冒険ぽいシチュエーションを満喫し始めた。
「お兄様、お母様、夕食は狩りに行きますの?」
「いや…行かないよ。馬車に食糧も積んであるからね」
用意は万全なのである。
マリアローゼは眉を下げて、あからさまにがっかりな顔をした。
「そうですの……てっきり何か動物とか…そういうものを食するものだとばかり…」
「うーん。予定外だったらそうなるのかもしれないけど、昨日沢山町の人から色々貰ったのもあるし」
「まあ、そうでしたの?」
「あの町に治癒師はいないし、掃討戦で訪れた治癒師も冒険者以外を治療する余裕はないからね。
治療を必要としている人々も割と多かったんだ」
思い返してみれば、旅装の人々も沢山いたが、町民ぽい人々が半数くらいは占めていた。
怪我を放置せざるを得ない人々の慢性的な痛みや、治療できないまま長引いた病気など、
治癒師のいない町に蔓延する貧困とはまた別の苦しみである。
観光地としても、旅の要所としても良い場所だから、治癒師の一人や二人いそうなのだが、
冒険者の治療に狩り出されてそのままいなくなってしまうのだろうか。
あと数日も進めば、魔の山嶺に行き着くからか、この辺りの山々にも掃討戦が行われるくらいには
小規模の魔物の群れもいるのだ。
騙し騙しでも暮らしていける程度の怪我や病よりも、当然冒険者への助力の方に人員は割かれるだろう。
中々に悩ましい問題である。
が、だからこその医術、医療の発展の見込みがあるのだ。
でも、そこにも当然の如く神聖国が立ち塞がってくる。
前世でも信仰と医療&科学の対立構造はあった。
信者による迫害があり、魔法はないものの祈りでどうこうなる、みたいな押しつけすらあるのだから、
力としての魔法が存在する世界ならもっと酷い事になっていたのだろう。
「ふぅむ……やはり薬の発売は急務ですわね」
「俺達がこの旅に出る前に、クリスタとレノ、エレパースとマリクには色々頼んでおいたよ」
さすがお兄様、と言いたい所だが、こき使う気満々ではないだろうか。
色々って何だろう色々って。
にこやかに微笑を浮かべるシルヴァインを暫くジト目で見てから、マリアローゼは視線を窓の外に戻した。
443
お気に入りに追加
6,027
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!
小択出新都
ファンタジー
異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。
跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。
だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。
彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。
仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。