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優しい世界を作るには
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晩餐の席で、父が重々しく口を開いた。
「明日、神聖国からの使者が到着すると報せが入った」
「予定より遅かったですね」
シルヴァインが確認するかのように呟く。
といっても、聞いていた予定より1日弱程度ではあるのだが。
「何にせよ、明日王城にまず挨拶に上がるだろう。5日程度逗留頂かないとな」
「そうですね。こちらも準備を整えておきましょう」
二人はただ予定を話しているように見えるが、何とも含みがあるような気がして、
マリアローゼはしっかりと耳をそばだてていた。
だが、自分よりも遥かに優秀な二人が、何も言ってこないのならば任せておけばよいことでもある。
と断じて、あと5日の猶予の使い方を考え始める。
最初に申し出た1週間より、少しだけ期限が延びたが、何か出来る事はないだろうか。
体力面に関しては一朝一夕にはいかない。
神聖国の勉強はほぼ最初のすり合わせどおりの結果が揃いつつある。
あと喫緊の問題といえば…
「明日からは、神聖国へ向かうまでの地理のお勉強を致しますわ」
聖女についての蔵書を読み終えたマリアローゼが、兄達に宣言をした。
「そうだな。俺もそうしよう」
「しかし、見事に読みどおりでしたね」
キースが感慨深げに、ノアークが作った年表を見る。
そこには、昨夜話題に上がった聖女の在位期間と寿命が書かれていた。
「長命な聖女でも30代。彼女はある程度身分が高かったからでしょうか」
「各国の犯罪についても簡単に調べられれば、関連性も分かりやすいでしょうけれど…」
マリアローゼが何とはなしに言った言葉ではあるが、シルヴァインはその言葉にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「それはいい。父上にお任せしよう」
こき使う気である。
自らの父親を。
「でも、これ以上お仕事を増やされたら、お父様が大変ですわ」
「各国の犯罪者を取り締まれる情報網があれば、組織犯罪にも対処しやすいだろう。
民を安んじて治める為には必要な事だよ」
分かっている。
正論だから何も言えない。
マリアローゼは、むぅ、と言って可愛らしく唇を尖らせた。
そう。
今回は特に人身売買が絡んでいるのだ。
未だ奴隷制度が残っている国も多い。
それを無くす事もまた難しいだろう。
需要がなくならない、となれば供給も止む事はない。
善しか知らないような恵まれた優しいだけのヒロインならば、「奴隷制度なんてなくしましょう!」
などと言い出すのかもしれないが、とてもとても厄介な問題なのだ。
奴隷制度のある国では、捨て子や孤児というものが極端に少ない。
何故なら「売れる」からだ。
平民であっても身分がある人ならば、子供を不幸にしないよう最低限として孤児院等に入れるだろうが、
金に困っていたり、そもそも子供を邪魔としか思えない親も存在する。
「酷い」と非難すれば、皆が改心して優しい世界になるわけではない。
恵まれていた現代社会ですら、捨てる親も殺す親すらいたのだから。
だとしたら、多少恵まれていなくとも、命の危険のない生活を送れるなら?
その機会を取り上げるだけの善意は悪でしかない。
きちんとした次善策がなければ、安易に踏み込めない問題なのだ。
孤児達を救い上げるしかるべき組織と、その後の生活を助けるような職を与え、
王国だけでも供給を止める。
それだけでも何年かかるのか分からない。
「…ローゼ」
心配そうに名を呼ばれて、ぎゅっと手を握られる。
ノアークが心配そうに、マリアローゼを覗き込んでいた。
「考え事をしていました。今は目の前の事を片付けないといけませんわね」
にっこりと笑いかけると、安心したようにノアークが頷く。
キースも手を伸ばして、マリアローゼの頭をなでなでと優しく撫でた。
「じゃあ、ローゼの考え事は、残る僕達の宿題にしましょう。
貴方が戻るまで、少しは進歩すると思いますよ」
優しい。
優しい兄達に囲まれて、マリアローゼはとても幸福な気分になった。
「明日、神聖国からの使者が到着すると報せが入った」
「予定より遅かったですね」
シルヴァインが確認するかのように呟く。
といっても、聞いていた予定より1日弱程度ではあるのだが。
「何にせよ、明日王城にまず挨拶に上がるだろう。5日程度逗留頂かないとな」
「そうですね。こちらも準備を整えておきましょう」
二人はただ予定を話しているように見えるが、何とも含みがあるような気がして、
マリアローゼはしっかりと耳をそばだてていた。
だが、自分よりも遥かに優秀な二人が、何も言ってこないのならば任せておけばよいことでもある。
と断じて、あと5日の猶予の使い方を考え始める。
最初に申し出た1週間より、少しだけ期限が延びたが、何か出来る事はないだろうか。
体力面に関しては一朝一夕にはいかない。
神聖国の勉強はほぼ最初のすり合わせどおりの結果が揃いつつある。
あと喫緊の問題といえば…
「明日からは、神聖国へ向かうまでの地理のお勉強を致しますわ」
聖女についての蔵書を読み終えたマリアローゼが、兄達に宣言をした。
「そうだな。俺もそうしよう」
「しかし、見事に読みどおりでしたね」
キースが感慨深げに、ノアークが作った年表を見る。
そこには、昨夜話題に上がった聖女の在位期間と寿命が書かれていた。
「長命な聖女でも30代。彼女はある程度身分が高かったからでしょうか」
「各国の犯罪についても簡単に調べられれば、関連性も分かりやすいでしょうけれど…」
マリアローゼが何とはなしに言った言葉ではあるが、シルヴァインはその言葉にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「それはいい。父上にお任せしよう」
こき使う気である。
自らの父親を。
「でも、これ以上お仕事を増やされたら、お父様が大変ですわ」
「各国の犯罪者を取り締まれる情報網があれば、組織犯罪にも対処しやすいだろう。
民を安んじて治める為には必要な事だよ」
分かっている。
正論だから何も言えない。
マリアローゼは、むぅ、と言って可愛らしく唇を尖らせた。
そう。
今回は特に人身売買が絡んでいるのだ。
未だ奴隷制度が残っている国も多い。
それを無くす事もまた難しいだろう。
需要がなくならない、となれば供給も止む事はない。
善しか知らないような恵まれた優しいだけのヒロインならば、「奴隷制度なんてなくしましょう!」
などと言い出すのかもしれないが、とてもとても厄介な問題なのだ。
奴隷制度のある国では、捨て子や孤児というものが極端に少ない。
何故なら「売れる」からだ。
平民であっても身分がある人ならば、子供を不幸にしないよう最低限として孤児院等に入れるだろうが、
金に困っていたり、そもそも子供を邪魔としか思えない親も存在する。
「酷い」と非難すれば、皆が改心して優しい世界になるわけではない。
恵まれていた現代社会ですら、捨てる親も殺す親すらいたのだから。
だとしたら、多少恵まれていなくとも、命の危険のない生活を送れるなら?
その機会を取り上げるだけの善意は悪でしかない。
きちんとした次善策がなければ、安易に踏み込めない問題なのだ。
孤児達を救い上げるしかるべき組織と、その後の生活を助けるような職を与え、
王国だけでも供給を止める。
それだけでも何年かかるのか分からない。
「…ローゼ」
心配そうに名を呼ばれて、ぎゅっと手を握られる。
ノアークが心配そうに、マリアローゼを覗き込んでいた。
「考え事をしていました。今は目の前の事を片付けないといけませんわね」
にっこりと笑いかけると、安心したようにノアークが頷く。
キースも手を伸ばして、マリアローゼの頭をなでなでと優しく撫でた。
「じゃあ、ローゼの考え事は、残る僕達の宿題にしましょう。
貴方が戻るまで、少しは進歩すると思いますよ」
優しい。
優しい兄達に囲まれて、マリアローゼはとても幸福な気分になった。
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