悪役令嬢? 何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く

ひよこ1号

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聖女じゃないアピールのために

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「マリク、いらっしゃる?」
たむたむと軽いノックの音と、可愛らしい声が扉の外から聞こえてきて、マリクは微笑んだ。

「居りますよ」
「おはようマリク」

可愛らしい幼女が可愛らしいお辞儀をして、にこやかに椅子に座った。

「まだ新しい毒は仕入れてませんが」
「そ、そんな用ではありません」

マリクがからかうと、マリアローゼは慌てたように両手を振った。
でも他に用があってきたのだろう、マリクはニコニコしながらマリアローゼにハーブ茶を淹れた。
硝子のポットの中で、緑が舞うようにヒラヒラと流れる。

「どうぞ」
「ありがとう…」

両手で受け取ったマリアローゼはふうふうと息を吹きかけて、こくりと一口飲んだ。
まあるいガラスのコップに入った茶の色は、紅茶に比べて薄い淡黄色。
レモンの様な香りもする、スッキリとした味わいのお茶だ。

「とても美味しいですわ…あ、用件なのですけれど」
「はい」

目の前に座りながら、マリクもマリアローゼと同じハーブティを飲んでいる。

「あの、マリクの使っている軟膏を、分けて頂きたいのです」
「まさか、また危ない事をしようというんじゃないでしょうね」

疑うような眼差しをわざとして、にこにこ笑っている。
からかっているのは分かるものの、何度も迷惑をかけてしまったので、
その言葉はぐさりとロマリアーゼの小さな胸に突き刺さる。

「信用がありませんわね……そうではなくて…
これから神聖国に行かなくてはいけないのは御存知でしょうか?」
「ええ、大事ですからね…」

マリクは流石に少し沈んだ顔をした。
マリアローゼや家人の気が進まないという事を、マリクも知っているのだろう。

「それで、最近神聖国の事を調べているのですが、
 神聖街道沿いの町に立ち寄ると、どうやら癒して欲しい人々がつめかけるらしいのです。
 勿論一々対応している訳ではないでしょうし、わたくしも癒す魔法は使えませんので…」

昔の話ではあるが、そういう逸話は数々残されている。
ただ、最近ではもう「聖女」の能力は、民のものではなくなっていた。
治療した、という宣伝の為の演技はあったかもしれないが、馬車にすら近寄らせて貰えないのが現状らしい。
救いを求めている人々に対し、それも酷い話ではある。
近来では諦めが勝っていて、街道に訪れる怪我人や病人は減っているようなのだが、
一筋の光明を目指して、何とか助けたい、助かりたいという人々の気持は分かるのだ。
だが、マリアローゼにはその基本の力も無い…という事にしている。
実際に自分の意志で魔法を使ったことはないし、治癒の魔法も使いこなせはしない。

「薬の出番、というわけですね」
「はい。皆様にはきちんと、聖女の力ではなく薬の力だというのも分かって頂きます。
ですのでどうか、お力を貸して頂けませんか」

マリアローゼは聖女じゃないアピールに使いたいのだ。
魔法ではなく薬、と言われれば、聖女じゃないんだ感が高まる、とマリアローゼは踏んでいる。
マリクにもその意図が伝わったようで、にこりと微笑み返した。

「そういう事なら喜んで。独自の薬にはなりますが、痛みに利く薬や、虫下しなど、色々用意しましょう」
「費用がかかるなら、別途お父様にご請求なさってください」
「分かりました。相談の上できるだけ希望通りにしましょう」

言いたいことを言い終えたのか、マリアローゼはこくこくとハーブティを飲んでいる。
生まれた時から見守って来たけれど、最近のマリアローゼはマリクの知る公爵家の主人ジェラルド並に規格外だ。
これから何をしでかすか分からないが、全力で助力しようと思い、軟膏を一つ手に取った。

「お嬢様には一応説明しておきますが、この薬は実は共同で作りあげたんですよ。
今は主に俺一人で作ってますけどね」
「共同…ということは、かなり色々な効能がありますの?」
「そうですね。消毒、止血、化膿止め、消炎、さらに治癒。鎮痛等々
薬草の選出はヴァローナとエレパースに、魔石はレノとクリスタに協力してもらったんです」

瓶の中の軟膏を眺めながら、懐かしそうにマリクが語る。

「魔石?魔石もはいっておりますの?」
「ええ。かなり細かく砕いたものを中に入れて密閉してるんです」

マリアローゼはそれを聞くと、両手で持っているグラスに暫し目を落とした。

「つまり、治癒の魔法を込めた魔法石を使った魔法薬、ですわね。
ポーションと同じく、空気に晒されると劣化するのでしょうか?」
「そうですね。ポーションは魔法というよりは錬金術ですが、腕の良い錬金術師もまた数は少ない。
治癒師なら誰でも作れるこの薬の方が費用対効果の面では上かもしれません」

「……売れますわね」
「……えっ。まぁ売れるでしょうが、流石に庶民が買える値段ではありませんよ」
「それですわ!!…あ、いえ、違うのです。順に説明致します。
この薬を使うにあたって、とても心配な事がございましたの」

治癒魔法や奇跡を使わずに、傷を治すことについて、神聖国や神聖教にとって脅威になるのではと思ったのだ。
マリアローゼはうーん……と考えつつ、ゆっくりと言葉にする。

「薬の効果を知られたら、神聖国が黙っていないのではないかと思いまして。
個人的に使うのはよしとしても、作成方法やマリク自身が狙われてしまう可能性もあるのが
由々しき事だと思ったのです。
ならば、大々的に売り出してしまえばいいかと。
そして買うのはまず冒険者の方々でしょう。使った分だけ無くなるとしても、ポーションは使いきりですもの。
それよりはお得ではあるでしょうし、使い分けも可能です。
次に購入するとしたら、治癒師を抱えていない貴族でしょう。
この二つで商売自体は成り立っても、抑止としては弱いのです」

「そこで、庶民ですか」
「ですわ。……例えばどうでしょう、魔石の混入と魔力を抑えて、更に少ない個包装にするとしたら」
「ふむ……一気に大量に作るならば問題なく出来そうではありますね」

下地に使っている軟膏自体は、肌荒れを防ぐ程度の物だが、
それを大量に作ってから、治癒の魔法をこめた魔法石の粉末を混入すれば、簡単に出来るだろう。
マリクは行程を思い浮かべながら、こくりと頷いた。

「多少割高であっても、購入者は増えると思いますの。
治癒師の地位を奪うのではとも危惧しましたけど、作る方で雇用すればいいのですわ!」

まさか、治癒師の立場まで考えているとは思わず、マリクは目を丸くした。
そして堪えきれずに笑ってしまう。

「ふ、ふふっ……本当にお嬢様は規格外ですね……」
「お父様とお母様の娘ですもの」

ふんす!と胸を張ったマリアローゼは愛くるしい。
マリクは手を伸ばして、優しくその頭を撫でた。

「では軟膏作りと、公爵殿への進言は任されます」
「お願い致します。では、わたくしお勉強に参りますので、失礼致します」

ドアの側で、スカートをつまんでお辞儀をすると、マリアローゼは急ぎ足で図書館へ向かった。
シルヴァインは鍛錬をすると言っていたので練兵場だろう。
きっとキース一人で黙々と調査している…と思っていたのだが、
また増殖していた。
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