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懺悔ーエリード
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次の日から王城はまるで喪に服すかのように静まり返っていた。
国王と王妃の子供達が揃って床に伏したのである。
一番重篤なのはエリード王子だった。
食事をする事も出来ず、寝台から起き上がる事さえ出来ずに、ただ時折涙を流したり、虚ろな目で天井を見上げるばかりだ。
毎日のように部屋に訪れていたエリーナ姫も伏せているので、訪れる人はいない。
ただ粛々と世話を任された侍女や小間使いが、身の回りの世話をしては部屋を退出する。
一週間ほど経ったある日、エリード王子の部屋にはエリンギル王子が訪れていた。
「大丈夫、そうではないな」
傍らの椅子に座り、エリードをのぞき込むエリンギルに、僅かに顔を傾けてエリードは涙を流した。
「申し訳、ありません。兄上……番を失う事がこんなにも辛いとは知らず、浅はかな真似を致しました」
「お前が謝罪することではないだろう……」
その浅はかな真似で苦しんでいるのは自身なのだから。
逆に、エデュラを失ったのはエリンギルの行った浅はかな行いだ、と自嘲の笑みを浮かべる。
だが、ふっと笑ったエリードが口にした言葉は。
「ああ……兄上はまだ薬を盛られているのか。だからその様に部屋を出れたのですね……」
気の毒そうな視線を向けられて、エリンギルは眉根を寄せた。
この前からずっと、同じようにエリーナもエリードもリリアーデが薬を盛っていると言っていたのだ。
「忘却薬を盛られていれば、忘れている筈だ……何かの間違いだろう」
「……いいえ、盛られているのは「阻害薬」です。番を認識する力を阻害する、薬……だから、兄上は今、エデュラ嬢を失った悲しみが薄れているのでしょう」
薄れている?
こんなに悲しく、辛いのに?
エリンギルは思い起こそうとして、ここ暫く記憶があやふやな事を思い出した。
「以前、エデュラ嬢が帝国に行った際の兄上は、酷く暴れていました。その時も番のエデュラ嬢が戻った時、暴れていた期間の記憶を殆ど失っていたでしょう……誰もその話をしなかったけど、大怪我を負った使用人もいました……」
「何故……」
言わなかったのか?という疑問に、エリードは薄く笑った。
「覚えていない、と言うものは仕方ないではありませんか。だから、使用人達は皆エデュラ嬢に感謝すらしていた。父上と母上にも愛されていた。だから、僕とエリーナはエデュラ嬢に酷い事を言っていた。ほんの、八つ当たりだったのです」
突然の告白にエリンギルは頭が混乱していた。
「忘却薬」は王族が飲むことは禁止されていて、その禁を破れば死罪になる。
だが、「阻害薬」については何も記載はない。
後から出来た薬だからなのか、それ以外の理由があるのか。
「エリードも、阻害薬を使えば起き上がれるようになるのではないか?」
「……はは、番がいないのに、起き上がる意味はありますか。僕はフィーレン嬢にも酷い態度を取っていた。愛する者の前で、僕への愛を強要しようと。……嫌われて当然で、ずっと愛され続けている兄上が憎かった」
酷い態度を取られても、泣いても、また静かに愛し、尽くし続けるエデュラを何年も見てきた。
あんな風に愛されたいと、自分が番ならあんな風に愛してもらえるのかもしれないと。
「リリアーデ嬢が現れた時に、止めておけばよかった。エリーナが昔呼んだ商人に聞いた「阻害薬」の話をリリアーデ嬢にしなければ。……いや、もしかしたら言わなくても彼女は、……知っていたかもしれないけれど。だから彼女は、本当はエデュラ嬢を遠くに行かせたくなかったはずだ……なのに何故追放を」
次から次へと重なる疑問に、エリンギルの中で確信が強まっていく。
「……はは……何という事か。そうか、優しさではなかったのか。エデュラを縛り付けて、自分が番として君臨し続けるために、追放に反対したのか。俺の精神を安定させるために、エデュラが必要だったのだな……あの女は、エデュラが本当の番だと、気づいていて」
「……けれど、条件は同じですよ、兄上。誰が番かも分からない状態で、貴方はリリアーデを選んだ。……僕も、フィーレン嬢が番だと気づかなければ、今でも別の人を好きだったかもしれないけれど……兄上は強制的に選ばされた訳じゃない……」
だが、番を引き裂くのは大罪だ。
その大罪を犯した人間を愛し、被害者である人間を断罪して罪を着せるという愚かな行いをした。
いいように騙されて、寵愛を与え、真実の相手を足蹴にしたのだ。
それは全て自分の意思だった。
捻じ曲げられていたとはいえ。
エリンギルはギリ、と唇を噛みしめた。
「責は負わせねばならぬ」
「でも兄上、リリアーデも兄上への愛ゆえに罪を犯したのかもしれません」
「だから、赦せと?その間、こんな苦しみに耐えながら、エデュラは何の罪も犯さずにいたのに」
憤怒に支配される、兄を見上げながらエリードは小さく息を吐く。
「僕も、エリーナも、リリアーデも兄上も、エデュラの前では等しく罪人です」
「お前もエリーナも罰を受けている、だろう」
静かに殺意の籠る目で見降ろされて、エリードは頷き返した。
自分に残されている時間は、多くは無いとエリードには分かっている。
「ええ。兄上の手を汚す必要はありません。僕はもう、長くない。だから、せめて懺悔したかった」
「……そうか。お前を赦す、と言える資格は俺にも無い。せめて安らかに、番を思い続けると良い」
言いたいことを言い終えて、小さく息を吐くと、エリードは虚ろな目を静かに閉じた。
フィーレン……美しい番……。
でも、最初に好きになったのは。
強く美しい、エリシャだった。
自分を連れまわす姉のエリーナよりも強く、エリーナは何度もその高い鼻を折られていた。
思わず、ふ、と唇に笑みが浮かぶ。
姉がやり込められる姿を見て笑うのは良くないが、痛快だった。
でも、会う機会が途絶えて、次に好きになったのはエデュラ。
辛抱強く愛を持ち続ける一途な姿に、心惹かれた。
そして、フィーレン。
番でなくても愛しただろうか……。
ただ愛しいと、いなくて寂しいと、強く思う。
それからやっと、彼女達に幸せになってほしいと、そう願えた。
次に生まれる時は、強くなりたい。
誰にも、運命にさえ流されずに生きたい。
エリードは半年もしない内に、ひっそりと息を引き取ったのである。
国王と王妃の子供達が揃って床に伏したのである。
一番重篤なのはエリード王子だった。
食事をする事も出来ず、寝台から起き上がる事さえ出来ずに、ただ時折涙を流したり、虚ろな目で天井を見上げるばかりだ。
毎日のように部屋に訪れていたエリーナ姫も伏せているので、訪れる人はいない。
ただ粛々と世話を任された侍女や小間使いが、身の回りの世話をしては部屋を退出する。
一週間ほど経ったある日、エリード王子の部屋にはエリンギル王子が訪れていた。
「大丈夫、そうではないな」
傍らの椅子に座り、エリードをのぞき込むエリンギルに、僅かに顔を傾けてエリードは涙を流した。
「申し訳、ありません。兄上……番を失う事がこんなにも辛いとは知らず、浅はかな真似を致しました」
「お前が謝罪することではないだろう……」
その浅はかな真似で苦しんでいるのは自身なのだから。
逆に、エデュラを失ったのはエリンギルの行った浅はかな行いだ、と自嘲の笑みを浮かべる。
だが、ふっと笑ったエリードが口にした言葉は。
「ああ……兄上はまだ薬を盛られているのか。だからその様に部屋を出れたのですね……」
気の毒そうな視線を向けられて、エリンギルは眉根を寄せた。
この前からずっと、同じようにエリーナもエリードもリリアーデが薬を盛っていると言っていたのだ。
「忘却薬を盛られていれば、忘れている筈だ……何かの間違いだろう」
「……いいえ、盛られているのは「阻害薬」です。番を認識する力を阻害する、薬……だから、兄上は今、エデュラ嬢を失った悲しみが薄れているのでしょう」
薄れている?
こんなに悲しく、辛いのに?
エリンギルは思い起こそうとして、ここ暫く記憶があやふやな事を思い出した。
「以前、エデュラ嬢が帝国に行った際の兄上は、酷く暴れていました。その時も番のエデュラ嬢が戻った時、暴れていた期間の記憶を殆ど失っていたでしょう……誰もその話をしなかったけど、大怪我を負った使用人もいました……」
「何故……」
言わなかったのか?という疑問に、エリードは薄く笑った。
「覚えていない、と言うものは仕方ないではありませんか。だから、使用人達は皆エデュラ嬢に感謝すらしていた。父上と母上にも愛されていた。だから、僕とエリーナはエデュラ嬢に酷い事を言っていた。ほんの、八つ当たりだったのです」
突然の告白にエリンギルは頭が混乱していた。
「忘却薬」は王族が飲むことは禁止されていて、その禁を破れば死罪になる。
だが、「阻害薬」については何も記載はない。
後から出来た薬だからなのか、それ以外の理由があるのか。
「エリードも、阻害薬を使えば起き上がれるようになるのではないか?」
「……はは、番がいないのに、起き上がる意味はありますか。僕はフィーレン嬢にも酷い態度を取っていた。愛する者の前で、僕への愛を強要しようと。……嫌われて当然で、ずっと愛され続けている兄上が憎かった」
酷い態度を取られても、泣いても、また静かに愛し、尽くし続けるエデュラを何年も見てきた。
あんな風に愛されたいと、自分が番ならあんな風に愛してもらえるのかもしれないと。
「リリアーデ嬢が現れた時に、止めておけばよかった。エリーナが昔呼んだ商人に聞いた「阻害薬」の話をリリアーデ嬢にしなければ。……いや、もしかしたら言わなくても彼女は、……知っていたかもしれないけれど。だから彼女は、本当はエデュラ嬢を遠くに行かせたくなかったはずだ……なのに何故追放を」
次から次へと重なる疑問に、エリンギルの中で確信が強まっていく。
「……はは……何という事か。そうか、優しさではなかったのか。エデュラを縛り付けて、自分が番として君臨し続けるために、追放に反対したのか。俺の精神を安定させるために、エデュラが必要だったのだな……あの女は、エデュラが本当の番だと、気づいていて」
「……けれど、条件は同じですよ、兄上。誰が番かも分からない状態で、貴方はリリアーデを選んだ。……僕も、フィーレン嬢が番だと気づかなければ、今でも別の人を好きだったかもしれないけれど……兄上は強制的に選ばされた訳じゃない……」
だが、番を引き裂くのは大罪だ。
その大罪を犯した人間を愛し、被害者である人間を断罪して罪を着せるという愚かな行いをした。
いいように騙されて、寵愛を与え、真実の相手を足蹴にしたのだ。
それは全て自分の意思だった。
捻じ曲げられていたとはいえ。
エリンギルはギリ、と唇を噛みしめた。
「責は負わせねばならぬ」
「でも兄上、リリアーデも兄上への愛ゆえに罪を犯したのかもしれません」
「だから、赦せと?その間、こんな苦しみに耐えながら、エデュラは何の罪も犯さずにいたのに」
憤怒に支配される、兄を見上げながらエリードは小さく息を吐く。
「僕も、エリーナも、リリアーデも兄上も、エデュラの前では等しく罪人です」
「お前もエリーナも罰を受けている、だろう」
静かに殺意の籠る目で見降ろされて、エリードは頷き返した。
自分に残されている時間は、多くは無いとエリードには分かっている。
「ええ。兄上の手を汚す必要はありません。僕はもう、長くない。だから、せめて懺悔したかった」
「……そうか。お前を赦す、と言える資格は俺にも無い。せめて安らかに、番を思い続けると良い」
言いたいことを言い終えて、小さく息を吐くと、エリードは虚ろな目を静かに閉じた。
フィーレン……美しい番……。
でも、最初に好きになったのは。
強く美しい、エリシャだった。
自分を連れまわす姉のエリーナよりも強く、エリーナは何度もその高い鼻を折られていた。
思わず、ふ、と唇に笑みが浮かぶ。
姉がやり込められる姿を見て笑うのは良くないが、痛快だった。
でも、会う機会が途絶えて、次に好きになったのはエデュラ。
辛抱強く愛を持ち続ける一途な姿に、心惹かれた。
そして、フィーレン。
番でなくても愛しただろうか……。
ただ愛しいと、いなくて寂しいと、強く思う。
それからやっと、彼女達に幸せになってほしいと、そう願えた。
次に生まれる時は、強くなりたい。
誰にも、運命にさえ流されずに生きたい。
エリードは半年もしない内に、ひっそりと息を引き取ったのである。
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