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プロローグ
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今日私は断罪される。
十年の年月を経て、結局私は番に気づいて貰う事すら叶わなかった。
「勘違い令嬢」
それが私に与えられた汚名。
番を勘違いで愛し続け、真実の番との仲を引き裂いた悪女。
そう。
誰も運命の番だと、外からは判断出来ない。
中には番ですら気づかない場合すらあるのだから。
なのに、神様は何故、こんな縁を与えるのだろう。
いいえ、もしかしたら、神様は関係ないのかしら?
ただ、そうあるだけのもの。
ここ竜人族の国、カイザン王国では竜人族が殆どだ。
厳峻な山々に囲まれて、一方が海に面している土地ゆえか、他国の侵略を受けることなく、だが、他国に攻め入ることもなくただ密やかに暮らしていた。
土地も貧しくはなく、海からの交易で他国とは繋がっている。
厳しく連なる山々を越えて陸路から訪れる旅人は少ない。
閉鎖的といえば、閉鎖的な国かもしれない。
だからこそ、番に対しての信仰のような扱いは、この国では重かった。
特に王族には破ってはならない決まり事もあり、番という存在は大事にされている。
例えば正妃がいたとしても、その後番が現れれば、身分を問わずに側妃として迎えられる位には。
王族にとって、番と結ばれることは使命のようなものでもある。
私は、学園で行われる卒業の祝宴に向けて、ドレスを着る。
きっとこれが、最後の装いだ。
「エデュラ……本当に、行くの?」
母が悲しげに問いかけてくる。
ずっと迷惑をかけてきたのに、私の家族は皆優しい。
優しすぎるくらいだ。
なのに、私は。
自分の気持ちばかりを優先してきてしまった。
ただ、愛して、愛されたかっただけ。
その気持ちを盾にして、家族も犠牲にしてしまっていたのだ。
「ええ。お母様。今まで申し訳ございませんでした。今日、何が起きてもわたくしは受け入れるつもりでございます。出来れば家族には迷惑のかからないよう…」
「そんな事はいいの。貴方はそれで本当に良いの?」
母が私の言葉を遮る。
私は真っすぐ母を見つめた。
どれだけ笑われ、嘲られても、私は私の思う通りにしてきた結果だ。
でも、母にとっては、娘の不始末でしかないのに。
それでも娘の幸せを願い、不幸を遠ざけようとしている。
「はい。お母様。わたくしには、番よりも愛する家族がおりますもの」
「エデュラ……」
大切にして貰えない、だけど愛すべき番とは一体何なのだろう。
でも、会って一目見れば、心が痛くとも愛さずにはいられない。
大事な家族さえ踏みつけにしても、諦められない存在。
ずっと、ずっと。
そうして諦めきれずに。
でも、それももう終わる。
どんな形になるか、分からないけれど。
ずっと覚悟はしてきた事だ。
化粧をして、着付けてくれた小間使いや侍女も、悲しげな顔をしている。
私は少しだけ微笑んで礼を口にした。
「有難う」
ずっと心配してくれたのは、使用人達も同じだ。
幼い頃からずっと支えてきてくれた。
悪評が立っても、ずっと。
「お嬢様、お綺麗です」
「お嬢様、お気をつけて」
涙ながらに口にした使用人達に、改めて微笑みを向けて私は立ち上がる。
栗色の髪は、地味だと罵られていた。
瞳は紫だが、やはり淡い色だからか、目立たないと揶揄された。
でも、それを気にするのも今日が最後だ。
白いドレスは着ることのできない花嫁衣裳のようだった。
私は静かに馬車へ向かう。
侯爵家の家紋が入った馬車に乗り込もうとすると、一人の男性が待っている。
「あら……どうしたのです?ランベルト様」
「お迎えに上がりました。せめて、エスコートをと思いまして」
彼は人間だ。
人間の国の最大の帝国から留学してきた生徒で、かつて皇族はその祖先に竜族の血が入っていたという。
だから竜人国に興味があったのだ、と男爵家の彼は言っていた。
そして、だからこそ、偏見の目を持たずに私と接してくれた数少ない人でもある。
「まあ……お気遣い有難う存じます。でも、ご一緒するとまた嫌な目に遭われるのではないかしら……」
「それも、今日までです。さあ参りましょう」
本当は一人でも大丈夫だったけど、申し出は心強い。
私は差し出された手を取って、馬車に乗り込んだ。
学園に併設された豪奢なホールで、舞踏会が開催される。
折に触れ、ここでは生徒達へ向けての夜会が催されてきた。
その殆どに、私は一人で参加していたのだ。
婚約者である王太子のエリンギルが、愛する番のリリアーデをエスコートしていたからである。
愛おしそうにお互いを見つめあう、その姿を見るのも今日で最後。
そう思えば辛くない。
辛いかもしれないけれど、最後だと思えば耐えられる。
私とランベルトが入場して暫くすると、エリンギルとリリアーデも二人揃って現れた。
場に流れる緊張感は、最後の時が訪れるのを物語っている。
「エデュラ・ボールトン侯爵令嬢、前に出よ」
「はい、殿下」
名を呼ばれて、私はランベルトから離れると中央へ進み出る。
目の前には寄り添うエリンギルとリリアーデ。
白銀の髪に青い目のエリンギルに、薄紅の髪に深紅の瞳の可憐なリリアーデ。
誰が見ても、お似合いだ、と言うだろう。
「今日を以て、そなたとの婚約は解消する。何か言いたいことはあるか」
「いいえ、ございません、殿下。謹んで婚約解消を承ります」
私は顔を上げて、エリンギルを見つめて淑女の礼を執る。
気づいて、気づいて、といつも願いながら見ていた顔だ。
美しく整った顔に、逞しい身体。
愛しい、番。
こんな時でさえ、何故だろう、心が幸福になるなんて。
「ふむ。殊勝なのは良いことだが、今まで私と番のリリアーデを引き裂いてきた大罪人であるお前は追放刑と処す」
「殿下、それは余りにも……」
何故かエリンギルの傍らにいるリリアーデが止めようとする。
もしかして、見せつけたいという理由から?
それとも、王妃教育を受けた私に執務をさせたいから?
良い理由は思い浮かばない。
「何だ?不服か、リリ」
「だって、お可哀そうですわ。勘違いとはいえ、殿下に愛を捧げてきたのですもの」
「優しいな、リリ。どうする?エデュラ。リリアーデの慈悲に縋っても良いのだぞ?」
離れたくない。
離れずに済むのなら。
いいえ、でも。
「追放刑を、承ります」
例え全てを奪われても。
家族にこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。
それくらいの理性は残っている。
私は力を振り絞るように、もう一度淑女の礼を執る。
「頑なな女だ。可愛げのない。だが、殊勝な心掛けは気に入ったぞ。褒美を取らせよう。おい、押さえろ」
エリンギルの命に拠って、彼の騎士達に跪く様に肩を押さえつけられる。
私は抵抗することもなく、それに従って床に膝を着いた。
彼は小瓶を手にしている。
「お前が王太子という身分の私に縋りつくのが悪いのだ。だから、真実の番を失うことになるのだぞ?」
この人は、何を言っているのだろう?
真実の番は、貴方だというのに?
「よせ、止めろ!」
止めに入ってくれたのは、ランベルトだろう。
声だけで分かった。
ああ。
あの薬は、そうなのね。
おかしな人。
ランベルトは飲んだ方が良いと言っていたのに。
その時、私は断ってしまったけれど。
「さあ、これを飲むがいい」
やめて……やめて……!
私の中にいる、小さな少女が泣き叫んでいるようだった。
彼を無心に愛していた頃の私、なのかもしれない。
でも、彼がくれるものなのだから、受け入れないと駄目なのよ。
「殿下、そんな、お止めになってください」
何故かまた、リリアーデが止めに入る。
その顔色は良くないが、今度はエリンギルも手を止める様子は無かった。
歪んだ愉悦に塗れた笑みを浮かべて、私の口元に小瓶を近づける。
痛くはないが、口を開かせるように頬にも手を添えられた。
皮肉ね。
ずっと触れられたいと思っていて。
最後の触れ合いがこんな形だなんて。
小瓶が口元で傾けられ、苦い液体が口いっぱいに広がる。
こくり。
こくり。
喉が嚥下する度に、代わりの様に涙が溢れ出た。
ほろり。
ほろり。
暖かい雫が、頬を滑り落ちて顎先に着く頃には冷たくなっている。
まるで、エリンギルへの、番への愛が零れ落ちるように、涙と共に滑り落ちていく。
これは、番への愛だけを忘れさせる忘却薬。
私は涙で歪んだエリンギルを見上げたまま、その愛が失われていくのを感じた。
一つ一つ、出会った頃の思い出をなぞり乍ら。
十年の年月を経て、結局私は番に気づいて貰う事すら叶わなかった。
「勘違い令嬢」
それが私に与えられた汚名。
番を勘違いで愛し続け、真実の番との仲を引き裂いた悪女。
そう。
誰も運命の番だと、外からは判断出来ない。
中には番ですら気づかない場合すらあるのだから。
なのに、神様は何故、こんな縁を与えるのだろう。
いいえ、もしかしたら、神様は関係ないのかしら?
ただ、そうあるだけのもの。
ここ竜人族の国、カイザン王国では竜人族が殆どだ。
厳峻な山々に囲まれて、一方が海に面している土地ゆえか、他国の侵略を受けることなく、だが、他国に攻め入ることもなくただ密やかに暮らしていた。
土地も貧しくはなく、海からの交易で他国とは繋がっている。
厳しく連なる山々を越えて陸路から訪れる旅人は少ない。
閉鎖的といえば、閉鎖的な国かもしれない。
だからこそ、番に対しての信仰のような扱いは、この国では重かった。
特に王族には破ってはならない決まり事もあり、番という存在は大事にされている。
例えば正妃がいたとしても、その後番が現れれば、身分を問わずに側妃として迎えられる位には。
王族にとって、番と結ばれることは使命のようなものでもある。
私は、学園で行われる卒業の祝宴に向けて、ドレスを着る。
きっとこれが、最後の装いだ。
「エデュラ……本当に、行くの?」
母が悲しげに問いかけてくる。
ずっと迷惑をかけてきたのに、私の家族は皆優しい。
優しすぎるくらいだ。
なのに、私は。
自分の気持ちばかりを優先してきてしまった。
ただ、愛して、愛されたかっただけ。
その気持ちを盾にして、家族も犠牲にしてしまっていたのだ。
「ええ。お母様。今まで申し訳ございませんでした。今日、何が起きてもわたくしは受け入れるつもりでございます。出来れば家族には迷惑のかからないよう…」
「そんな事はいいの。貴方はそれで本当に良いの?」
母が私の言葉を遮る。
私は真っすぐ母を見つめた。
どれだけ笑われ、嘲られても、私は私の思う通りにしてきた結果だ。
でも、母にとっては、娘の不始末でしかないのに。
それでも娘の幸せを願い、不幸を遠ざけようとしている。
「はい。お母様。わたくしには、番よりも愛する家族がおりますもの」
「エデュラ……」
大切にして貰えない、だけど愛すべき番とは一体何なのだろう。
でも、会って一目見れば、心が痛くとも愛さずにはいられない。
大事な家族さえ踏みつけにしても、諦められない存在。
ずっと、ずっと。
そうして諦めきれずに。
でも、それももう終わる。
どんな形になるか、分からないけれど。
ずっと覚悟はしてきた事だ。
化粧をして、着付けてくれた小間使いや侍女も、悲しげな顔をしている。
私は少しだけ微笑んで礼を口にした。
「有難う」
ずっと心配してくれたのは、使用人達も同じだ。
幼い頃からずっと支えてきてくれた。
悪評が立っても、ずっと。
「お嬢様、お綺麗です」
「お嬢様、お気をつけて」
涙ながらに口にした使用人達に、改めて微笑みを向けて私は立ち上がる。
栗色の髪は、地味だと罵られていた。
瞳は紫だが、やはり淡い色だからか、目立たないと揶揄された。
でも、それを気にするのも今日が最後だ。
白いドレスは着ることのできない花嫁衣裳のようだった。
私は静かに馬車へ向かう。
侯爵家の家紋が入った馬車に乗り込もうとすると、一人の男性が待っている。
「あら……どうしたのです?ランベルト様」
「お迎えに上がりました。せめて、エスコートをと思いまして」
彼は人間だ。
人間の国の最大の帝国から留学してきた生徒で、かつて皇族はその祖先に竜族の血が入っていたという。
だから竜人国に興味があったのだ、と男爵家の彼は言っていた。
そして、だからこそ、偏見の目を持たずに私と接してくれた数少ない人でもある。
「まあ……お気遣い有難う存じます。でも、ご一緒するとまた嫌な目に遭われるのではないかしら……」
「それも、今日までです。さあ参りましょう」
本当は一人でも大丈夫だったけど、申し出は心強い。
私は差し出された手を取って、馬車に乗り込んだ。
学園に併設された豪奢なホールで、舞踏会が開催される。
折に触れ、ここでは生徒達へ向けての夜会が催されてきた。
その殆どに、私は一人で参加していたのだ。
婚約者である王太子のエリンギルが、愛する番のリリアーデをエスコートしていたからである。
愛おしそうにお互いを見つめあう、その姿を見るのも今日で最後。
そう思えば辛くない。
辛いかもしれないけれど、最後だと思えば耐えられる。
私とランベルトが入場して暫くすると、エリンギルとリリアーデも二人揃って現れた。
場に流れる緊張感は、最後の時が訪れるのを物語っている。
「エデュラ・ボールトン侯爵令嬢、前に出よ」
「はい、殿下」
名を呼ばれて、私はランベルトから離れると中央へ進み出る。
目の前には寄り添うエリンギルとリリアーデ。
白銀の髪に青い目のエリンギルに、薄紅の髪に深紅の瞳の可憐なリリアーデ。
誰が見ても、お似合いだ、と言うだろう。
「今日を以て、そなたとの婚約は解消する。何か言いたいことはあるか」
「いいえ、ございません、殿下。謹んで婚約解消を承ります」
私は顔を上げて、エリンギルを見つめて淑女の礼を執る。
気づいて、気づいて、といつも願いながら見ていた顔だ。
美しく整った顔に、逞しい身体。
愛しい、番。
こんな時でさえ、何故だろう、心が幸福になるなんて。
「ふむ。殊勝なのは良いことだが、今まで私と番のリリアーデを引き裂いてきた大罪人であるお前は追放刑と処す」
「殿下、それは余りにも……」
何故かエリンギルの傍らにいるリリアーデが止めようとする。
もしかして、見せつけたいという理由から?
それとも、王妃教育を受けた私に執務をさせたいから?
良い理由は思い浮かばない。
「何だ?不服か、リリ」
「だって、お可哀そうですわ。勘違いとはいえ、殿下に愛を捧げてきたのですもの」
「優しいな、リリ。どうする?エデュラ。リリアーデの慈悲に縋っても良いのだぞ?」
離れたくない。
離れずに済むのなら。
いいえ、でも。
「追放刑を、承ります」
例え全てを奪われても。
家族にこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。
それくらいの理性は残っている。
私は力を振り絞るように、もう一度淑女の礼を執る。
「頑なな女だ。可愛げのない。だが、殊勝な心掛けは気に入ったぞ。褒美を取らせよう。おい、押さえろ」
エリンギルの命に拠って、彼の騎士達に跪く様に肩を押さえつけられる。
私は抵抗することもなく、それに従って床に膝を着いた。
彼は小瓶を手にしている。
「お前が王太子という身分の私に縋りつくのが悪いのだ。だから、真実の番を失うことになるのだぞ?」
この人は、何を言っているのだろう?
真実の番は、貴方だというのに?
「よせ、止めろ!」
止めに入ってくれたのは、ランベルトだろう。
声だけで分かった。
ああ。
あの薬は、そうなのね。
おかしな人。
ランベルトは飲んだ方が良いと言っていたのに。
その時、私は断ってしまったけれど。
「さあ、これを飲むがいい」
やめて……やめて……!
私の中にいる、小さな少女が泣き叫んでいるようだった。
彼を無心に愛していた頃の私、なのかもしれない。
でも、彼がくれるものなのだから、受け入れないと駄目なのよ。
「殿下、そんな、お止めになってください」
何故かまた、リリアーデが止めに入る。
その顔色は良くないが、今度はエリンギルも手を止める様子は無かった。
歪んだ愉悦に塗れた笑みを浮かべて、私の口元に小瓶を近づける。
痛くはないが、口を開かせるように頬にも手を添えられた。
皮肉ね。
ずっと触れられたいと思っていて。
最後の触れ合いがこんな形だなんて。
小瓶が口元で傾けられ、苦い液体が口いっぱいに広がる。
こくり。
こくり。
喉が嚥下する度に、代わりの様に涙が溢れ出た。
ほろり。
ほろり。
暖かい雫が、頬を滑り落ちて顎先に着く頃には冷たくなっている。
まるで、エリンギルへの、番への愛が零れ落ちるように、涙と共に滑り落ちていく。
これは、番への愛だけを忘れさせる忘却薬。
私は涙で歪んだエリンギルを見上げたまま、その愛が失われていくのを感じた。
一つ一つ、出会った頃の思い出をなぞり乍ら。
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