上 下
1 / 3
Start of the end.  プロローグ

 第一話 特攻除霊師が亡霊になって異世界へ行くそうです。

しおりを挟む


 キーンコーンカーンコーン……

 
 いつもいつも、同じ時間帯に鳴る授業の終わりを知らせる学校のチャイム。

 この瞬間の開放感の為に生きていると言っても過言ではない。

「えー、今日の授業はこれで終わり。最近、物騒な事件がこの市でよく起きている。各自、気を付けて帰るように」

 担任の聞き飽きた声に耳を傾ける者は少ない。

 それは俺も例外ではなかった。

 担任がこの教室をスタスタと立ち去って行く。

 それを確認した一人の女子がチャラ男に愚痴を共有した。

「ねぇねぇ、あの担任マジうざくない?」

「わかるわぁ。俺らもう高校生だぜ?なのにあそこまで心配するかよ普通」

 そんな担任への愚痴を吐き、雑談を交わす者も居れば、部活に行く者、そそくさと帰宅する者もいる。

 俺は部活に入っちゃいない人間なので、そそくさと帰る人間だ。

 そして、バッグを持ち、席から立ち上がり、教室を後にしようとすると、

「……ん?」

 スマホに一件の通知が入った。

 ラインからの通知ではない。ハマっているゲームの通知ではない。ならば緊急の”仕事“のメールだろうか。授業終わりで疲れているのだが……無視するわけにもいかない。

 パスワードを解除し、俺はメールを開く。

 どれどれ……。

 俺はその通知の内容を確認する。

 ……ううむ。どうやら、直ぐに帰宅はできないらしい。

 ”一仕事“してから帰ることになった。

「……急ぐか」

 多少の距離があるので走った方が良さそうだ。

 俺はスマホの電源を落とし、ダッシュでその仕事場に向かうのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……ここか?」

 時刻は午後七時半。

 電車に乗ってざっと一時間。

 俺はスマホの地図だけを頼りに、その現場へと駆けつけていた。

 一見、何の変哲もない小学校。だが、俺を呼ぶからには何かあったのだろう。

 まあ、それが“見間違い”とかの可能性もあるが。

 そして俺は小学校に足を踏み入れた。

 校舎のほとんどは暗いが、職員室らしき場所はまだ光が付いているので人がいると思われる。

 スリッパを履き、俺は職員室の扉を二三回ノックした。

 すると、中から校長らしき姿の人が現れた。

 年は四十前後くらいだろうか?

「ああ、もしかして”除霊師“の方ですかな?」

「あ、はいそうです。依頼人……の方でいいですか?」

「ええそうです。私こと、この学校の校長を務めております白木光男と申します」

「墨内泉里です。除霊師させて貰ってます。では早速ですが、その教室へ案内させて貰えませんか?」

「わかりました。ではこちらへどうぞ」

 そう言って、校長はその教室へ誘導を始めた。

 俺の職業(?)は除霊師。……といっても、普通の除霊師ではない。御札を貼ったり、変な念仏を唱えて成仏させるわけでもない。

 俺は特攻除霊師。その名も通り、物理的に霊を除霊する除霊師だ。

 わかりやすく言うと、霊に接触が可能な一部の人間、俺みたいなやつが霊を殴り殺すのが特攻除霊師ってわけだ。


 ……霊を殴り殺すって、今考えれば頭おかしいな。意味的にも言葉的にも。



 ……霊と言うのは一般的に三つの種類がある。

 まず、人を守る守護霊。こいつは目に見えない霊だが、悪さをしないし、なんなら悪霊の束縛から守護してくれたりする至って良い類の霊だ。次に地縛霊。こいつは死んだことに気づかず、現世を彷徨う哀れな霊だ。基本悪さはしないが、稀に自身を抑えきれなくなった時に暴れ出す時がある。……そして恐らく今回のターゲットの”悪霊“。こいつは誰彼構わず、人様に危害を加える霊だ。俺の主な討伐対象はこいつだ。

 今回の依頼は昔、虐めで自殺した生徒の悪霊の除霊。

 長年この学校に取り憑いては怪奇現象を引き起こしているらしい。

 怪我人も複数報告されている。

 八つ当たり……と言ったところか。まあ、気持ちはわからなくもない。自殺を決意するまで追い詰められていたのだからな。

 だが、手は抜けない。「情を見せるな。屈するな。臆すな。さすれば死ぬだろう」

 と、昔誰かが言っていた気がする。

 もう覚えちゃいねぇがな。

 そんなことを考えている内に、例の教室の前に辿り着いた。

 一番、怪奇現象が起きやすい例の教室のクラスは六年二組。校長曰く、このクラスの生徒だったらしい。

 今では立入禁止にまでされている。

「確かに……霊の気配がするな。これは相当、お怒りになられているな」

「未だに消えないのでしょう……その心に背負ったたくさんの傷が……」

 ああ、校長辞めてくれ。こっちまで心が痛くなる。

「武器は……ナイフでいいか」

「ええ……幽霊とナイフで戦うのですか……?」

「逆に聞きますが、教室で銃をぶっ放していいと?」

「それは……ううむ……」

 校長の顔が曇る。

 俺は少々、呆れながらこう言った。

「それに霊になろうとも、元生徒。撃ち殺されたくはないでしょう?」

「ははは……何も言えませんね……」

 ……だろうな。

 そんなのわかりきっていたことだ。

 これが俺なりの配慮であり、最低限の情だ。

 
 ……深呼吸をする。荷物を置き、カバンの中から黒いローブを取り出し、それを着用する。

 多少の攻撃ならこれで防げる。

 スリッパを脱ぎ捨て、動きやすいシューズを取り出し、履く。

「……さて、準備は整った。……行くぞ」

 ドアに手を掛け、心の中でカウントダウンを始める。

 五_____________

 四__________

 三________

 二______

 一____



 

 ……零_____________________

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ふぃ~~っす、疲れたぁ~」  


 帰宅後、全身筋肉痛の俺はカバンを投げ捨て、少し肌寒いのでカーテンを完全に閉めてからベットへと倒れ込んだ。


「……まさか、ナイフを折られて最終的には殴り合いになるとは思いもしなかったなぁ……」

 近接系の雑魚種の霊で良かった。遠距離系なら多分、死んでたなこれ。

 ナイフがボロボロだった為、攻撃を一二回受け止めただけで壊れてしまった。

 まあ、結果殴り合いで勝つことができたし……結果オーライか。報酬も弾んだしな。
 
 あの校長のナイフが折られた時の反応ったら、めっちゃ慌てていて、それが面白くて今でも覚えている。

 あの完全に希望を失ったあの感情がすっ飛んだ表情が面白くてありゃしない。


 そんな一人反省会も長くは続かなかった。

「あ~、眠ぃ……」
  
 まだ風呂も入ってないのに布団に入って寝るのはちょっと嫌だが……体が言う事を聞かないのだ。仕方ない。

 現在時刻は夜十一時。明日も学校だ。急いで脳を休ませよう。風呂は……朝にでも入るとするか。

 

「お休み世界……あばよ憎しみが残した亡霊たち…………」

 そんな少し物騒な言葉を残しながら、深い深い眠りにつくのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


  ________カチッ!キィー…………

 ……気のせいだろうか。窓を開けた音がしたような気がした。

 ……少し聞き耳を立てることにする。

 ……静かだ。雑音一つ入ってこない。……気のせい……か…………。

 窓の外で、風でも吹いたのだろう。

 俺は目を開くことなく、気のせいと片付け、寝返りを打った。

 明日も学校。早めに寝て脳を休ませないと、授業に追いつけなくなるかもしれん。

 なので、再度眠りに就こうかと意識を無にする。


 そして、寝返りを打ったその時、目蓋に一筋の光が入った気がした。

 ……眩しい。目蓋を瞑っていても光というものは入っくる。この眩しさは……きっと月明かりだな。

 鬱陶しい光だな。反対側に寝返ってもう一度眠りに_____ん?”月明かり“?俺はカーテンを閉めたはずだ。風がカーテンを動かした?いや、そもそもこの部屋に風なんて入ってこない。だったら____

 その刹那、背筋が凍った。


 急いでベッドから飛び起きようとする。だが____

「なっ!?」

 これは……金縛りか……!!!!

 俺の体は身動き一つ取れなかった。

 手足の筋肉を必死に動かそうと試みるも、手足が動く気配はない。
 
「クソっ……!!!!やられた……!!!」 

 霊の気配を探る。すると、一体霊の反応を確認した。

 おいおい、まじかよ……こいつはかなり手強いぞ……。

 気配でわかる。この霊はとても強い悪霊だ。

 手足が動いても勝てるかどうかわからない。

 必死に金縛りの解呪を試みる。だが、その一瞬の努力が報われることはなかった。

 すると、部屋の影から一匹の悪霊が姿を表す。

「……来やがったな……!!」

 その外見は人と酷似しているが、大きさが人の二倍はある。目が三つあり、肌が青色。とても気色悪い姿をしていた。

 その青い手には赤く変色した物騒なナタが握られている。

 そして、動けない俺に一歩、一歩近づいてくる。

 …………完全に殺す気でいる。

 俺との距離が完全に縮まったや否や、そいつはナタを振りかぶった。

 (おいおい、流石にこれはやばい……!!!!)

 このとんでもなくでかいガタイから繰り出されるナタでの攻撃はベッドどころか家の床すらも真っ二つにしそうだ。

 そんな一撃を耐えれるわけがない……!!!!

 だが、逃げようにも生憎と動けない……クソっ……なら……最後くらい道連れで終わってやる……っ!!!!

 俺の体を巡る血は体内から飛び出し、空気に触れると大抵の生物にとっての毒となる。

 この毒は人間と物体には効果は無いし、ブラックマンバの毒にやや劣るが、十分すぎる強さの毒だ。霊界に干渉できる俺だからこそ出来る芸当。悪霊にも効果は抜群なはずだ。

 さあ、来い……!!!!

 目を瞑る。

 俺はその一撃を自らの肉体で受け止めようとした。

 そして、風を切るような音がし、ナタを振り下ろされたことを感知した。
 
 だが…………

「ぐっ……!?…………ん?……痛く……ない……?」


 ……は?どういうことだ?意味がわからない。

 確実にやつは俺にナタを振り下げ、殺そうとしたはずだ。

 あのナタは俺を切り刻むどころか痛み一つ無い____っ……そういうことかよ…………

 瞑っていた目を見開くと、そこには答えであり、衝撃的な光景があった。

「“肉体”と”魂“の分離……か」

 俺の視界に入ったのはなんと自分自身。

 一見、意味のわからない光景だ。だが、何をしたのかは簡単に理解出来る。

 あのナタは俺の肉体を切り刻んだのではなく、俺の“肉体“と“魂”を切り離したのだ。

 つまりは、“幽体離脱“。魂と体が別々になったということ。

 わざわざ、俺を殺さなかったのは俺の道連れ戦法がバレていたのだろう。

 だが、まだ希望はある。幽体離脱は元の体さえあれば元に______

 そんな期待も、直ぐ様終わりを迎えた。

「……ぐしゃぐちゃぬちゃぬちゃぼりぼりぼり……」

 そこには俺の肉体を貪る悪霊の姿が見えた。

 不快な咀嚼音が耳に入る。

 これほどまでない“絶望”をこの日、目の当たりにした。

 …………終わった。おいおい……どうすんだこれ。肉体食べられちまったぞ……。

 うわぁ……マジ泣きしそう。体と一緒に希望も一緒に食われちまった。うげぇ……吐きそう……。

 ボリボリという自分の骨を噛み砕かれてる音が俺の心に追い討ちをかけた。

 俺の赤い血液が地面に垂れて血の湖が出来る。

 俺はただ、その光景を見ていることしか出来なかった。

 自分が食われている姿なんて見たくもないのに……目が釘付けになっていた。
 
「ボリボリボリボリ……」

 俺の骨を貪り喰う音。

 食べ終わるのは思ったよりも遅かった。      

 味わって食べていたように見えたせいで余計気持ち悪い。

 その悪霊は口に付着した血を拭い、魂だけの俺の姿を見た。

 薄汚いドブネズミを見ているような眼差しを俺に向けていた。

 そして、やつは俺の首を掴み…………!?

「ぐぁっ……!!」

 軽々しく俺を持ち上げた。

「……お前のせいで私の部下が沢山死んだ。勇敢に戦った部下達に謝罪を要求する」

 殺意、悲しみ、憎しみの全てが詰まっている日本語でやつは俺に謝罪を要求した。

 (謝罪……か……)

 ここで謝罪し、懇願して命乞いをしたところで助かる可能性は限りなく低い。

 なら言いたいことを吐き捨てて、死んだ方がマシ……か。

 俺は首を絞められたカスカスの声で、力を振り絞り、こう吐き捨てた。

「……知らねぇよ……ばーか。何、お前らだけが被害者ぶってんだよ……こっちだって惜しい人を沢山無くしたんだ。……お互い様と言うのは不覚だが、どっちもどっちだろうが……」

「……お前、今の自分の立場をわかっていないのか?なぜ命乞いをしない?人間は何よりも生にしがみつく生物だ。お前は……自分の命が惜しくないのか?」

「ハッ、許す気なんて毛頭ないくせに何言ってんだ」

 その問いに対し、俺は鼻で笑った。

「……ほぅ?」

 そんな俺の戯言を気に入ったのか、やつは……

「お前……面白いな。いいだろう。“チャンス”をやる」

「……チャンス……だと?」

 その言葉に俺は耳を傾けた。

 やつは俺の首から手を離し、俺を開放した。

 魂だからか、床に足が付かず、ぷかぷかと浮いている。不思議な感覚だ。

「お前には俺をこの世界に追いやった”七代霊神の討伐を条件に見逃してやる」

「七代神霊??それにこの世界に追いやった??すまんが、一つ一つ説明してくれ。理解が追いつかない」

 こいつの言っている言葉の意味がまったくもってわからない。わかったのは七匹の霊を殺せというとこだけだ。

「質問が多いが、まあいいだろう。一つ一つ話そう。まず、俺は元々、この世界で産まれた霊ではない。こっちの世界で言うところの“異世界”からある七匹の霊達にこの世界へ追いやられたのが私だ」

 ”異世界“……ねぇ。漫画みたいに魔法があったりして……あるなら一度は使ってみたいものだ。

「なるほど。つまり、あんたを追いやった霊の除霊をしてこいと……。俺の倍強いあんたがその七代神霊を倒せばよくないか?」

「それが不可能だからお前に頼んでいる。私はやつらが死なない限りあの世界には戻れん。例え、お前が死のうと、元々殺そうとしてたが、気が変わっただけ。つまりは少しの執行猶予ってことだ」

 なるほど。要約すると、やつは七代神霊の手によってこの世界に追放され、元の世界に戻れないように細工をされた。なので、俺を使って七代神霊を討伐。そして、やつが元の世界に帰ることが可能になる。

 例え、俺が死んでも結局は殺すはずだった命。

 俺は一つの手駒にすぎないということだろう。

 どちらにしろ、ここで断る選択肢は無い……か。

 死ぬか生きるか。……だが、生きた先にどんな地獄が待っているのか……想像もつかない。

「……わかった。その条件を飲もう」

「そう言ってくれてよかった。“手駒”は多いほど良いからな。七代神霊全員の生命反応が無くなったら”強制的“に元の世界に連れ戻すように設定しておく。制限期間は二年半。それまでに討伐ができないかった場合、お前の命は無に帰る」

 俺以外にも手駒を作るつもりなのか。

 制限期間付き……か。のんびりはしてられないかもしれない。

「ならさっさとその世界に送ってくれ。この血だらけの部屋になんていつまでも長居したくない」

 そう急かすように伝える。そうすると、やつは指を鳴らした。

 その時のことだ。指が鳴らされたとほぼ同時に俺の足元に漫画でよく見る魔法陣のようなものが張り巡らせていた。

「こりゃまた凄い妖術をお持ちのようだな……」

「妖術?これは”魔法“だぞ。私の世界には魔法というものがある。大抵の日本人は異世界と言えば一瞬で理解できるのではないのか」

 その“魔法”と言う言葉に、俺は耳を疑った。

 まさかとは思っていたが、本当に魔法というものがあるのか!?いや、事象か?それとも現象?それとも概念なのか!?

 俺は未知のものに心の中で大興奮していた。

 これは死ぬだけの価値はあるかもしれんな。

 ……ん?あれ……?そういえば、俺の体どうなんの? 

 さっき、むしゃむしゃ食べられてたが……魔法で依り代的な何かを作り出したりするのか?

 ま、まあ流石にねぇ……?肉体は返して貰える……よね……?

 急に不安になった俺はやつへ一応、そのことを聞いてみることにする。

「えーっと、これ俺の体どうなるんだ?まさか死んだ状態で行けとは言わんよな?」

「?お前の体はもう無いぞ?代わりの依代もない。そもそも私は生きた生物を転移させることはできない。霊か魂だけの存在じゃなければ転移は不可能だ」

 ………………。

「いや、無理無理!この状態じゃ物体にも触れられないし、会話すら成り立たないんだが!?」

 ご存知の通り、霊は基本的には視認ができない。一部の限られた霊感を持つ者だけ見ることが可能なのだ。

「安心しろ。向こうの世界にもこちらの世界ほどではないが、霊感を持つ者は多少いる」

 なら、完全に人と会話が不可能という訳でもないということか。

 だがそれでもキツイことに変わりはないのだが。

「向こうの世界に着いたら“ステータス”と口に出して言ってみろ。そこに便利なスキルの一つや二つあるはずだ」

 えぇ?丸投げってマジ?

 スキル……異世界もののテンプレ的象徴であるアレか。

 多少ワクワクするが、それ以上に不安が勝るのだが……。

 すると、床に張り巡らせてある魔法陣がさっきより光を増してきた。

「……健闘を祈る」

「おい待て、もう少し説明してくれないか!?」

 魔法陣の中からやつに手を伸ばす。

 だが______

 ____その手が届くことは無かった。

 そして、どんどん意識が闇に飲まれて行き、光りに包まれ、俺は意識を失ったのだった。

 










 

 



 
しおりを挟む

処理中です...