雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
490 / 592
第四章:三人の旅

第九十一話:食物連鎖

しおりを挟む
 その村は、男しか生まれない村だった。
 全員が勇者だとか魔法使いだとかいうわけではなく、ただ男しか生まれないというだけ。
 ウアカリの様に異性を惹く魅力を持ち合わせているわけでもなければ、何か特段優れた技能を有しているわけでもない、ただ、男だけの村。
 その村の男たちは、簡単に言ってしまえば野蛮だった。
 いつ頃から続いているかも定かではない風習のせいで、彼らは女性の扱いを知らない。
 ただ子孫をつくる為に女が必要だと知っているだけで、女が居ない村に女性の扱いを知る者は現れる訳もない。

 つまり、彼らは略奪者だった。

 女が居なければ、何処か別の場所から持ってこれば良いのだ。
 彼らにとっては幸いにも、連れてこられる女性達にとっては不幸にも、この世界には魔法というものが存在する。
 彼らの悪しき風習は、連れてきた女性達を魔法の力で洗脳して、自分達の都合の良い道具に変えてしまうもの。

 それを彼らは、悪いとは思っていなかった。
 生き残るには当然必要なことで、女が居ないのだから仕方ない。
 所詮女というのは道具に等しくて、男達の為に存在するものだ。
 そんな風に、本気で考えていた。
 連れてこられる女達がそれで不幸を感じていないのだから、それがおかしいことに気づく者も出てこない。

 そして何より、彼らに伝わる洗脳の魔法は見事なもので、洗脳された女達は自分達でこの村に来たのだと本気で答えてしまうことが、国が彼らを取り締まれない理由の根底にある問題だった。

 かつてオリヴィアはこの村に立ち寄った際、そんな洗脳の魔法を夜中に受けたのだと言う。
 ある理由からオリヴィアに効かなかったそれを、効いたと勘違いした男達が夜這いを仕掛けてきたことで、オリヴィアは大層な恐怖を感じた。
 彼らはオリヴィアよりも遥かに弱い。
 しかしそれでも、そんなことをされそうになったという事実が、勇者では無くなったにとって、この上無い恐怖だった。
 それをエリーやエレナにでも言っていればこんな事件は起こらなかったのかもしれないが、まだ小さいクラウスを必死で育てていたオリーブは、それを心の底にしまってしまった。
 あれから十数年経って、ようやく過剰とはいえクラウスは母の復讐を遂げることになるのだが、それは置いておく。

 その日、村は大いに盛り上がっていた。
 前々から見つけていた魔物に襲われない呑気な村、ミラの村を襲撃し、無事に18人の女を確保したからだ。
 帰り際に見つけた冒険者の二人組も含めて、これで20名。
 数が多い為に洗脳は大変ながら、村そのものも全滅させてきた為に理由作りも簡単だ。
 数人逃げ延びた男は戦い方も知らない連中ばかりで恐らく死んでいるし、ブロンセン側は塞いでいたので屈強な勇者達を呼ばれることもない。
 もしも逃げ延びて助けを呼ばれたとしても、それまでに女達の洗脳を完了させてしまえば安心だ。
 そんな考えで、その日の村は浮かれていた。

 衝撃は、突然だった。
 突然勇者の大半が、女子ども関係無く弱い者から泡を吹いて倒れだした。
 魔法使いも魔法が上手く使えないと焦り出し、どちらでも無い者は突然の出来事にパニックに陥った。
 なんとか動ける勇者の中で、村人の代表格であるドニという青年は、村に何か異常なものが近づいていることを察して叫ぶ。

「落ち着け! 俺が排除してくる。お前達は女共を見張っておけ!」

 ドニは村で最も強い勇者だった。
 素手でデーモンを屠り、彼さえいればどんな略奪も成功する。
 人望と実力、そして卑劣な計算高さまで、村の中では図抜けた存在だった。
 そんなドニが出てくれるのならと、村人達は抑えきれない動悸の中でなんとか平静を保とうとした。

 出て行ったドニが見たものは、死だった。

 相手が強いだとか、弱いだとか、そういう次元の問題ではない、純粋なる死。
 ウサギとトラだとかアリとゾウだとか、そんな可愛いものではなく、ただ栽培されたトマトとそれを収穫する人間。
 それ程に決定的な食物連鎖の上下関係が、そこには存在していた。

「お前はどの程度の強さだ?」

 死はドニに向かって言う。
 その言葉に対して、ドニは逆らう術を持っていなかった。

「デーモンなら素手で殺せる」

 余りにもすんなりと動く口は、少しも震えてなどいなかった。
 これで死ぬにも関わらず、それに恐怖を感じることさえ許されない。
 ナマケモノは死の間際、苦しまない様に力を抜くと言われるが、まるでそんな風に、ドニはすんなりと生きることを諦めていた。

「そうか。なら良いな」

 そんな声を聞いた直後から、ドニの記憶は飛んでいる。
 死は、クラウスは、ドニの実力を聞いて、その体を掴んで木造の家へと投げつけた。

 そこからは、恐怖の連鎖だった。

 村で圧倒的な実力を持っていたドニがやられた理由を理解出来る者は居ない。
 勇者は得体の知れない死を直視すればその殆どが意識を失うし、それ以外はドニが恐怖を感じてすらいなかった様に見えていた。
 つまり、負けた事実を認めることすら一瞬では出来なかった。

 その日、男しか生まれない村が滅びるまで、かかった時間は10分もかからなかった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...