雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三章:王妃と幼馴染

第六十五話:サラの初陣

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 それは、摩訶不思議な戦いだった。
 いや、それは最早戦いと呼んで良いものかすら判然としなかった。
 それを見ていたある人物は、ちゃんとやれと野次を飛ばした。
 またある人物は、流石は英雄エレナの娘だと納得した。
 更にある人物は、あの幼馴染はやりやがったと頭を抱えることになった。

「何をどうやっても私の勝ち。おっけ?」
「…………はい。参りました」

 審判の放ったはじめの掛け声の直後、シーンと静まり返った会場内で誰しもが聞こえる声でそんなやりとりが行われるとサラは極あっさりと勝利を収めてしまった。
 精神系の魔法の一つなのだろうか、しばし呆然としていた対戦相手はしばらくするとはっと目を覚ました様に周囲を見渡し、勝利の声がサラにかかっているのを認めるとトボトボと会場を後にしていった。
 流石に意識すら乗っ取られた様な状態から我に返れば、その間に何度殺されていたとしてもおかしくはないこと位は理解出来る。
 もしかしたら負けを認めたことを覚えていたのかもしれないしどういう状態だったのかは分からないが、対戦相手は一切何をすることも出来ずに終わるという屈辱を飲み込んで退散していったことだけは評価に値すると、会場内は微妙な雰囲気に包まれた。
 野次を飛ばしていた者達も、サラがその者達に向かってにっこりと微笑むだけで黙ってしまったからだ。
 その魔法を理解すれば、恐らく相手が手を抜いたわけではなくサラがやらかしたことが分かるだろう。

「あれは相手も少し可哀想ですね」

 ストームハートやサンダルの様に仮にも本気で戦ったのなら分かる。
 しかし、どう見てもサラのそれは本気のほの字にも達していていない。
 クラウスにも簡単に出来る、威圧程度のもので相手が戦意喪失した。
 その位のものだったはず。サラの修行の成果として確かに凄まじいものではあるけれど、相手の強さすらはっきりとしない。
 しかし、聞いた相手が悪かった。

「そう?」

 エレナはなんのことか分からないとばかりに首を傾げて逆に問うてくる。

「まあ、エレナさん的にはそうですよね……」

 悪夢に人の感情は分からない。なんてことを言う人がいる。
 実際にそんなことは無いのだが、エレナは勝敗の方法に全くと言っていいほど頓着しない。
 勝てればなんでも良いし、負けたら反省を活かせば良い。
 その程度の認識で戦っている。
 そんな認識にも関わらず英雄なのはその考えが突き詰められ過ぎているからなのだが、それは今は置いておくとして。

「あのサラの魔法は、勝利の意志がそのまま結果に繋がる魔法。元々クラウス君に勝ててたのもサラのあれのおかげなのよね」
「……あー、互角だと思っても何故か勝てないとか、苦手意識を持ってるとか、そういうものってもしかしてそれなんですか?」
「苦手意識は性格じゃない?」

 相変わらず適当なことを言うところを見ると、結局感覚だけで魔法を使える真の天才エレナさんにはクラウスの疑問は正しく伝わらなかったらしい。
 まあそういうことにしておくかと思うことにして、改めてサラの方を向き直る。
 すると、サラはクラウスの方を向いて手を振っていた。

「クラウスー! 一回戦目勝ったよー!」

 ブンブンと両手を振りながら、満面の笑みでそんなことを叫び始める。
 あれだけ簡単に勝てる戦いならば普段のサラはなんでもない様な顔をするはずだった。
 それでもあんなに嬉しそうな顔をするということは、考えられる理由もまた簡単だった。

「……なるほど。あっさりと勝った様であれだけ修行頑張ってたもんな」

 納得して、軽く手を振り返す。
 会場内の視線が集中するかもしれないと思いながらも振り返したのだけれど、驚く程に会場は静かでサラの声だけが響いていた。

「ほら、クラウス君も答えてあげないと」

 そう言うエレナの言葉で、どういうことなのか理解する。
 エレナの魔法で、サラには幻術がかけられているのだろう。
 クラウスだけが正しく認識出来る魔法なのか、もしくは逆なのか。
 どちらにせよ、言いたいことはある。

「サラ、あと六戦あるぞ!」
「えー! 一緒に喜んでくれても良いじゃん!」
「お前なら修行無しでも一回戦は行けたはずだ」
「ケチ! ロリマザコン!」

 ロリマザコンってなんだよと思いながらも、手だけは振り続けることにして。
 なんだかんだで嬉しそうなサラが退場するのを見守ってからマナを方を向いてみると、マナはぼうっとしていた。

「どうした、マナ?」
「ろりまざこんってなあに?」

 どうやらマナも、その謎の言葉が気になっていたらしい。
 しかし、その質問には答えられない。

「僕にも分からない」
「そっか。さらのたたかい見たかったなー」

 ロリマザコンは割とどうでも良かったのかそんな感想を漏らす。
 確かに、サラを一番応援すると言っていたマナからしたら一番微妙な試合だったのだろう。
 つまらなそうにし始めてしまったので、この日は何かしてあげようと考えるのだった。
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