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第三章:王妃と幼馴染
第四十話:王妃と叔母と、王と甥と、娘と娘
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エリスは理解した。
かつてストームハートに向けられた言葉の意味と、その時の表情の理由。
それは確かにあんな表情になるのだろう。
ならば、あの一撃での決着も仕方がない。
もしも同じ立場で、相手が自分よりも遥かに弱ければ、きっと自分も同じことをしていただろう。
全てを聞いて、エリスはそんなことを思った。
世界の向かう先よりも前に、エリスはストームハートを恨んでいたことを反省した。
あれは、彼女からのメッセージだったのだろう。
皮肉などではなく、純粋に。
アーツを守る力を付けなさい。
そんな、なんの変哲もないただのメッセージだ。
エリスの実力は今のグレーズでは抜けている。
しかしそれでも、英雄やそれに比肩する者達と比べてしまえば、随分と劣ることが今回のクラウス戦で明確になった。
つまりそれは、いつか来る世界の危機には愛する国王を守りきれない可能性を示唆している。
オリヴィアはもう、勇者ではない。
クラウスにアーツを守ることは出来ないし、ストームハートはエリーゼの守護者だ。
そうなれば、守るのはグレーズ軍だが、今のグレーズ軍には頭抜けた強さを持つ勇者が存在しない。
ジャムは英雄に比肩するが、それも四人が揃ってこそ。
しかも軍は国そのものを守らなければならないし、アーツ自身が王よりも国そのものを守れという方針を打ち立てている。
そうなれば、最後の砦である筈の王妃エリス・A・グレージアが王を守れるかどうかに全てがかかっていると言っても過言では無かった。
少なくとも、クラウスに負けているエリスでは王を守りきることは不可能だ。
今回アーツがエリスをクラウスにけしかけた理由はきっとそれを強く自覚させる為だったのだろう。
エリスはそう予想した。
アーツの本心はエリスの戦いを観たかったことがほぼ全てで、ついでにたまたまクラウスを仕留めてしまったのなら仕方がない。
程度のものだったのだが、それをエリスが知るわけもなく。
だからエリスは、強くなることを決意した。
主な理由としてはアーツに再び認めて貰う為に。それはまるで意味のないことなどと知らず。
そして、アーツを守る為に。
一人娘を守る為に。
ストームハートを見返してやるという感情も少しだけ踏まえつつ。彼女を安心させてやろうと思って。
今までは殆ど才能だけで勝ち得てきたグレーズ最強の座を、かつてのオリヴィア姫の様に努力のみだと言える程に磨き抜こうと、決意した。
勇者の出生率が落ち、世界は緩やかに滅びに向かっていた。
これからは魔物の出現率も落ち始め、事態は緩やかに収束に向かうだろうけれど、それもいつかは終わる。
そう。世界はこれから先、明確に滅びに向かっている。
――。
「マナ、あっちにぼうけんに行きましょう」
「うん、いってくるねくらうす」
次の日、王女は初めてクラウスとマナの前に姿を現した。
六歳になった王女ブリジットとまだ五歳にも満たないだろうマナは出会ってすぐに仲良くなって、一緒にきゃっきゃと遊び始めた。
広いグレーズ王城をぼうけんと称して駆け回るらしい。
子ども二人の遊びに侍女が付いて回る光景がなんだかおかしなものだ。
マナの角のことは既に王城内の全ての者に城外には内密にと伝令してあるらしく、特別な心配事も無さそうだった。
それはともかくとして、後三ヶ月ほどで今年の世界武闘大会が開催されるらしい。
なんとか英雄達の牙城を崩そうと、今年からは各国二名までが出場可能となったらしい。
より多くの人に当たればそれだけたまたま負ける可能性も増えるだろうという算段の様で、シードと名前は付けど一回戦も免除されることは無く、ただトーナメント表の四隅に配置されるに留まっている。
「ということで、今年は我が国から第一回大会ぶりにエリスが出るということで、もう一人はクラウスに頼みたいと思うんだがどうか?」
王は言う。
それを聞いて、クラウスはやはり抜け目ないと苦笑いが抑えられない。
先の試合の本当の目的はそれだったらしい。
しかし、クラウスはそれに出るわけにはいかなかった。
「いえ、母に禁止されてますので……」
クラウスにとって母のお願いは絶対だ。
例えエリー叔母さんに命令されたとしても、母がダメだと言うのならダメなのだ。
今のところ、そういうことは無いけれど。
「そうか。それなら仕方ないな。もう一人の選出はジャムに任せる」
あっさりと引き下がる王に違和感を覚えながらも、その大会には興味があった。
今まで一度も見たことが無いその大会は、ドラゴンなどの災害戦を除けばいつも訓練を付けてくれていた英雄達の本気が見られる唯一の場だ。
「今年は何処が会場になるんでしたっけ?」
「今年はベラトゥーラだな。旅に時間があるのなら行ってみると良い。歩きだろう?」
「はい。またアルカナウィンドから離れちゃいますけど、マナにも聞いてみます」
結局興味はあると言っても、マナのママを探すという建前がある以上、マナが嫌だと言えば断念せざるを得ない。
しかし、ベラトゥーラと言えばあの有名な英雄夫婦の住んでいる国だ。
「ベラトゥーラ代表はルークさんとエレナさんなんでしょうか」
「どうだろうな。でも、エレナさんが出たら大会がぐちゃぐちゃになりそうで怖い所もあるが、同時に楽しみだよな」
「ははは、下手したら観客にトラウマ植え付けかねないですねエレナさんは……」
王と二人で笑いながら、語り合う。
互いに英雄のファン同士と言っても良いのかもしれない二人の会話は次第に濃いものになっていき、近くに居たジャムの一人であるサムは、やはり途中から立ったまま眠り始めていた。
「やはり俺としては、エリスに頑張って欲しい。君のおかげでやる気に満ち満ちている。凡人の俺では何一つ手助けにはなれんのが歯痒いが、せめてやる気を支える程度の役割は果たせたらな、と思うよ」
そう言いながらエリスが訓練する中庭を見つめて慈愛の目を向ける王とエリスを交互に見て、クラウスは嫌なことを思い出すのだった。
まだ、村娘に課せられた素振りが随分と残っている、と。
かつてストームハートに向けられた言葉の意味と、その時の表情の理由。
それは確かにあんな表情になるのだろう。
ならば、あの一撃での決着も仕方がない。
もしも同じ立場で、相手が自分よりも遥かに弱ければ、きっと自分も同じことをしていただろう。
全てを聞いて、エリスはそんなことを思った。
世界の向かう先よりも前に、エリスはストームハートを恨んでいたことを反省した。
あれは、彼女からのメッセージだったのだろう。
皮肉などではなく、純粋に。
アーツを守る力を付けなさい。
そんな、なんの変哲もないただのメッセージだ。
エリスの実力は今のグレーズでは抜けている。
しかしそれでも、英雄やそれに比肩する者達と比べてしまえば、随分と劣ることが今回のクラウス戦で明確になった。
つまりそれは、いつか来る世界の危機には愛する国王を守りきれない可能性を示唆している。
オリヴィアはもう、勇者ではない。
クラウスにアーツを守ることは出来ないし、ストームハートはエリーゼの守護者だ。
そうなれば、守るのはグレーズ軍だが、今のグレーズ軍には頭抜けた強さを持つ勇者が存在しない。
ジャムは英雄に比肩するが、それも四人が揃ってこそ。
しかも軍は国そのものを守らなければならないし、アーツ自身が王よりも国そのものを守れという方針を打ち立てている。
そうなれば、最後の砦である筈の王妃エリス・A・グレージアが王を守れるかどうかに全てがかかっていると言っても過言では無かった。
少なくとも、クラウスに負けているエリスでは王を守りきることは不可能だ。
今回アーツがエリスをクラウスにけしかけた理由はきっとそれを強く自覚させる為だったのだろう。
エリスはそう予想した。
アーツの本心はエリスの戦いを観たかったことがほぼ全てで、ついでにたまたまクラウスを仕留めてしまったのなら仕方がない。
程度のものだったのだが、それをエリスが知るわけもなく。
だからエリスは、強くなることを決意した。
主な理由としてはアーツに再び認めて貰う為に。それはまるで意味のないことなどと知らず。
そして、アーツを守る為に。
一人娘を守る為に。
ストームハートを見返してやるという感情も少しだけ踏まえつつ。彼女を安心させてやろうと思って。
今までは殆ど才能だけで勝ち得てきたグレーズ最強の座を、かつてのオリヴィア姫の様に努力のみだと言える程に磨き抜こうと、決意した。
勇者の出生率が落ち、世界は緩やかに滅びに向かっていた。
これからは魔物の出現率も落ち始め、事態は緩やかに収束に向かうだろうけれど、それもいつかは終わる。
そう。世界はこれから先、明確に滅びに向かっている。
――。
「マナ、あっちにぼうけんに行きましょう」
「うん、いってくるねくらうす」
次の日、王女は初めてクラウスとマナの前に姿を現した。
六歳になった王女ブリジットとまだ五歳にも満たないだろうマナは出会ってすぐに仲良くなって、一緒にきゃっきゃと遊び始めた。
広いグレーズ王城をぼうけんと称して駆け回るらしい。
子ども二人の遊びに侍女が付いて回る光景がなんだかおかしなものだ。
マナの角のことは既に王城内の全ての者に城外には内密にと伝令してあるらしく、特別な心配事も無さそうだった。
それはともかくとして、後三ヶ月ほどで今年の世界武闘大会が開催されるらしい。
なんとか英雄達の牙城を崩そうと、今年からは各国二名までが出場可能となったらしい。
より多くの人に当たればそれだけたまたま負ける可能性も増えるだろうという算段の様で、シードと名前は付けど一回戦も免除されることは無く、ただトーナメント表の四隅に配置されるに留まっている。
「ということで、今年は我が国から第一回大会ぶりにエリスが出るということで、もう一人はクラウスに頼みたいと思うんだがどうか?」
王は言う。
それを聞いて、クラウスはやはり抜け目ないと苦笑いが抑えられない。
先の試合の本当の目的はそれだったらしい。
しかし、クラウスはそれに出るわけにはいかなかった。
「いえ、母に禁止されてますので……」
クラウスにとって母のお願いは絶対だ。
例えエリー叔母さんに命令されたとしても、母がダメだと言うのならダメなのだ。
今のところ、そういうことは無いけれど。
「そうか。それなら仕方ないな。もう一人の選出はジャムに任せる」
あっさりと引き下がる王に違和感を覚えながらも、その大会には興味があった。
今まで一度も見たことが無いその大会は、ドラゴンなどの災害戦を除けばいつも訓練を付けてくれていた英雄達の本気が見られる唯一の場だ。
「今年は何処が会場になるんでしたっけ?」
「今年はベラトゥーラだな。旅に時間があるのなら行ってみると良い。歩きだろう?」
「はい。またアルカナウィンドから離れちゃいますけど、マナにも聞いてみます」
結局興味はあると言っても、マナのママを探すという建前がある以上、マナが嫌だと言えば断念せざるを得ない。
しかし、ベラトゥーラと言えばあの有名な英雄夫婦の住んでいる国だ。
「ベラトゥーラ代表はルークさんとエレナさんなんでしょうか」
「どうだろうな。でも、エレナさんが出たら大会がぐちゃぐちゃになりそうで怖い所もあるが、同時に楽しみだよな」
「ははは、下手したら観客にトラウマ植え付けかねないですねエレナさんは……」
王と二人で笑いながら、語り合う。
互いに英雄のファン同士と言っても良いのかもしれない二人の会話は次第に濃いものになっていき、近くに居たジャムの一人であるサムは、やはり途中から立ったまま眠り始めていた。
「やはり俺としては、エリスに頑張って欲しい。君のおかげでやる気に満ち満ちている。凡人の俺では何一つ手助けにはなれんのが歯痒いが、せめてやる気を支える程度の役割は果たせたらな、と思うよ」
そう言いながらエリスが訓練する中庭を見つめて慈愛の目を向ける王とエリスを交互に見て、クラウスは嫌なことを思い出すのだった。
まだ、村娘に課せられた素振りが随分と残っている、と。
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