雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
437 / 592
第三章:王妃と幼馴染

第三十八話:エリス・A・グレージア

しおりを挟む
 エリスは子どもの頃から頭角を表していた。
 当時グレーズ軍の再編で強い勇者や魔法使いを集めていたグレーズではすぐに目を付けられ、手厚くもてなされた。
 テレポートという力も強力で、身体能力も高いエリスは実際に軍に入ってからも直ぐに上り詰め、それは王であるアーツの目にも止まることとなる。
 それを見て、アーツは一目惚れをしたらしい。
 実際にはアーツはエリーを好いていて、彼女に似ていたエリスに目を付けたのではという噂も立っていたが、年頃だったエリスは眉目秀麗なアーツにそう思われて悪い気もせず、そのまま婚約に至った。

 ちょうどその頃からだった。

 勇者の出生率が下がっていることを危惧した世界の首脳は人々の不安を拭うために、各国の代表者達で強さを競い合う、武闘大会が開催される様になった。
 その第一回大会のグレーズ代表がエリスだった。
 エリスは次々にトーナメントを勝ち上がり、準々決勝で遂にその相手との対戦となる。

「世界最強の勇者、エリザベート・ストームハートですか」
「あなたはエリスね。アーツ王との婚約おめでとう」

 微笑むエリザベートに、真剣な顔で対峙するエリス。
 若干の蔑みを含んだその表情に、当時のエリスは随分と馬鹿にされた様に思ったらしい。
 実際にはエリザベートのそれは全く違う感情だったわけだが、受け取る側のエリスには全く関係が無いことだった。

 試合開始直後、エリスは即座にエリザベートの背後にテレポートして横薙ぎに剣を振り回そうとした。
 ところが次の瞬間には、エリスは医務室に居た。
 後から聞けば、横薙ぎにしようとしたエリスは、転移など気づいていたかの様に行動していたエリザベートに一瞬で投げられ気を失っていた、ということ。

 その大会は一位がエリザベート・ストームハート、二位はベラトゥーラのルーク、三位がスーサリアのサンダル、四位がウアカリのイリス。
 準決勝のサンダル、決勝のルーク共にエリザベートは30秒以上の試合を続け、一瞬で勝負が決してしまったエリスは己の力の無さを深く実感することになった。
 しかも結局、エリザベートは全ての試合を素手と盾で行い勝ってしまった、とのこと。
 後から聞いた、「エリスは強かったわね。アーツ王を宜しくと言っておいて」というグレーズそのものを侮辱したような伝言だけを残して。

 それ以来八年間、その大会で一位から四位はその四人から全く動くことがない。
 トーナメントのシードを無くせばまた違う順位になるかもしれないが、結局のところその四人に勝てる者が一人も居ないのだから、強い四人を後半で当てる方が盛り上がる。それは例え、毎回同じ結果になったとしても。

 エリス自身が大会に出られたのは最初の一度だけだった。
 その年の内にアーツと結婚してしまったエリスは軍を引退し、戦場からも遠のいた。
 それでも、グレーズの人々は準々決勝までは圧倒的な力で勝ち抜いたエリスのことを『生まれる時代が違えば英雄になっていたかもしれない』と称え、新しい王妃の誕生を祝った。

 それでも、最早顔も覚えていないエリザベートに完敗した記憶を、エリスは忘れることなど出来なかった。

 ――。

「は、ははは、あれから八年も経ったのに、私は全然成長していませんね……」

 エリスの涙は止まらなかった。
 あの時の記憶から、一手は直接斬り付けてからの不意打ちを試みたけれど、それも全くの無駄。
 聞いていたエリザベートにやられた時と殆ど同じ負け方をして、言われたことまで殆ど同じ。
 それはエリスにとって、まるであの時の再現だった。

 エリザベート・ストームハートという英雄に、魔王擁護の英雄もどきに、徹底的に馬鹿にされたあの時の様な。
 もちろん、アーツと結婚した今となっては魔王擁護の意味を全く違うものとして理解している。
 それでも、その時に抱いていた感情が、エリスには再び溢れ出していた。

 騒然とする侍女達。「負けず嫌いは変わってねーな」と苦笑いするジャム達三人。
 厳しい視線を向けるアーツと、それにビクッと怯えた様子を見せるエリス。
 そして、クラウスは手を伸ばす。

「良い試合でした。ありがとうございました」

 それは、ただの挨拶のつもりだった。
 しかし、それに対してエリスは「ひっ」と恐怖の声を漏らした。
 クラウスの本質が、不意に油断していたエリスに突き刺さってしまった形だった。

「くらうす! おねえちゃんをいじめちゃだめーー!!」

 突然そんな声が響き渡る。
 次女の一人に抱かれていたマナが、もぞもぞと暴れて地面に降り立つと、エリスを背にクラウスに向かって両手を広げた。
 どうやら、何かを勘違いしたらしい。
 戦いをするのは分かっていたらしいが、泣かせたのはやりすぎというところだろうか。
 エリスの前に立ったマナはクラウスの足にしがみつくと、ぐいぐいと押す。

 それを見ていると、エリスも次第に笑顔を取り戻した。

「あはは、マナちゃん大丈夫ですよ。私はクラウスさんに虐められてません。ただちょっと悔しくて」

 そう言って、クラウスの足を押すマナの頭を撫で付ける。
 それにマナが「ほんと?」と返せば、「ほんとですよ」と笑顔で答えた。
 目元はまだ赤いが、マナの様子に和んだ様で、立ち上がるとクラウスに「完敗です、ありがとうございました」と握手を求めた。

 そうしてエリスとクラウスの試合は終わりを迎えた。
 その後、クラウスは少し切れていた背中をジョニーに治療してもらうと、エリスが驚いた様な顔をする。

「ははは、完勝とは言えませんね」

 そんな笑顔を向けられて、エリスは再び涙腺を少しだけ緩めた。

 ……。

「あなた、申し訳ありません。勝てませんでした」
「あのクラウス相手によくやったね、エリス。格好良かったよ」

 戻ったエリスを、アーツは抱擁で迎えた。
 アーツは全てを知る極一部の首脳陣の一人だ。
 そんな中で、もしもクラウスが事故で死んでしまったのなら仕方が無い。
 そう考えていたのは事実だった。
 エリスをけしかけたのは、本当にクラウスを殺したかったわけではない。
 それでも、もしも世界がクラウスのことを知った時に、エリスを跳ね除けられない様ではどっちにしろ死んでしまう。
 そんな中で、エリスはよく頑張ってくれたというのがアーツの本音だった。
 厳しい目を向けていたのは別にエリスを責めるためではない。
 その姿を、よりよく見たいと思っていただけの話。

 最初は確かに、見た目がエリーに似ている所に惹かれたものだった。
 しかしその人間性は、実はまるで違う。

「久しぶりにエリスの戦いを見られた。うん。君を嫁に貰って良かったよ」

 人前で悔しさを爆発させて涙してしまうその可愛さを見て、アーツはやはりとエリスを見直した。
 だからこそ、アーツは覚悟を決める。

「エリス、君には全てを話そう。ストームハートの正体、クラウスとマナの秘密、そして、世界の向かう先と、理想的な決着を」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...