雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
419 / 592
第二章:恐怖を煽る二人

第二十話:避けられる二人

しおりを挟む
 不可解なことが起こっている。
 それをはっきりと自覚したのは、目の前に一匹のデーモンが出て来た時のことだった。
 例によって、マナが眠っている。

 しかしそれがどうにもおかしいのだ。
 魔物は人間を殺す存在で、優先度は勇者、魔法使い、一般人という順番。
 ならばこの場合は狙うべきはクラウスが優先で、マナは後になるのが普通だろう。
 ところが、デーモンは明らかにマナを狙って襲いかかって来ている。
 今まで出てきた魔物は最初のジャガーノートを除けば駆け出しの冒険者でも討伐出来る様な雑魚ばかりだったので気付かなかったが、倒すことが出来れば一流と言われているデーモンを前にして、初めてそれに気がつく。

「ん? でも、それを考えると……」

 魔物はクラウスよりも母を優先的に狙う。
 それは母が率先して戦いたがるのが理由だろう。
 魔物が襲う優先度はあくまで指標だ。
 勇者に対してより強い敵意を持つにしても、殺しやすい相手や邪魔な相手がいれば、当然そちらを優先する。
 それは母もそう言っていたし、実際に後方でぼうっとした様子を敢えて見せるエリー叔母さんと修行すれば、必死に戦っているクラウスを先に倒そうと躍起になるのが普通だった。

 ところがそのデーモンは、明らかにマナを狙って動いている。

「どういうことだ……?」

 このパターンに似たパターンは、自分が子どもの頃に何度も経験している。
 まだ戦えなかったクラウスが、母の背後でその戦いを眺めながら守って貰っていた時。
 しかしその時も、たまたま回り込んで来た一部を除けば、攻撃は母へと向いていた。

 ところが、今回は違う。
 そのデーモンは、何も考えない破壊の権化は、マナさえ殺せればその役割を果たせるのだとでも言わんばかりに、左腕に抱えて眠っているマナを狙う。

 そしてもう一つ。
 何故か、魔物達はマナが起きている時には全くと言っていい程襲い掛かってこないのだ。
 知性の低い魔物が空気を読むなどと言うことは聞いたことがなく、いくら強い勇者が相手であっても、知性の高い一部の魔物を除けば時間も何も関係が無い様に襲い掛かってくるのが魔物の常だった。

 その為、基本的にキャンプをする時には見張りを置いて交互に眠るしかない。
 クラウスを一人で旅に行かせられる理由は単にこれを一人で回避する術があるからで、母であっても王都に向かう時には他に二人ほどブロンセン兵を伴うのが常だった。
 もちろん、心を読めるエリーならば一人でキャンプしようと何の問題も無い。

 話を戻そう。
 魔物はいつも、マナが眠るのを待っていたかの様なタイミングでやってくる。
 そして、そのデーモンしかデータはないものの、マナばかりを執拗に狙う。

 その二つの状況を考えると、まるで魔物は……。

 気になることはいくらでもあるものの、マナをあまり危険な目に合わせるわけにも行かず、クラウスはデーモンを一刀の下に斬り捨てた。
 クラウスが振るう剣の正確性は確実に相手の急所を傷つける。今回の場合は、振るわれた腕を搔い潜って、心臓を一突き。

「……マナは本当に、何者なんだろうな」

 倒せば一流と言われている魔物との戦闘中であっても健やかな眠りを続けている少女の頭をひと撫ですると、そんな言葉を漏らしてしまう。
 マナを起こさない様に一流の戦闘を終えるクラウスは既に異常の域に達しているのだが、そんなことよりも。

 まるで、マナに怯えている様な魔物の行動が、今は気になってしまっているのだった。

 それからしばらく歩いていると、マナが目を覚ました。
 マナは相変わらず目を冷ますと歩きたがり、手を繋いで歩く。
 すると、やはり魔物はぱったりと姿を見せなくなる。

 そんな不可解な状況にしばし考えていると、一つの村に辿り着いた。

 二人の門番が、クラウスを見て止まれと叫ぶ。

「お前は魔物か?」

 そして、一言目にはそんな言葉。
 随分と単刀直入な物言いだが、警戒心は抱いているものの殺意までは抱いていない。そんな状況だ。
 実はクラウスがそんな状況に陥るのは、初めてでは無かった。
 一部の勇者は、死地に多く赴いている勇者は、クラウスを見ると稀に敵意の様なものを向けることがある。
 サウザンソーサリスの門番はそれほど戦闘経験は豊富ではない様で何も無かったものの、ここには比較的強い魔物が出るのだろう、クラウスに対して警戒心を露わにする。
 そんな時の対処方法を、エリーから学んでいた。

「いや、僕は勇者だ。ここにデーモンとジャガーノートの素材がある。確認してくれ」

 それは、比較的高位の魔物の素材を提供することだ。
 魔物はそんなことはしない。
 魅了を纏うたまきはそもそも疑われることすら無いし、ヴァンパイアは門番程度問答無用で眷属にしてしまう。
 サキュバスが行動するのは夜だし、魔物は基本的に魔物同士で争うことはない。
 何より、狛の村という例外を除けば、魔物はまず武器を持たない。
 それならば、魔物を仕留めている冒険者であることを示してしまえば、それ以上疑われることはない。

 そして幸いにも、今はマナを抱いていた。

「分かった。村への立ち入りを認めよう」

 素材を確認し、クラウスをひと睨みした後、双方がマナを見て微妙に顔を崩すと、片方の門番がそう告げた。
 ささみ亭の女将然り、服飾の少女然り、マナは案外と勇者や魔法使いに好かれやすいらしい。
 そこに二人の勇者が加われば、やはりマナが魔物である可能性は随分と低くなる。
 もちろん、それがチャームの力である可能性も、無くはないけれど。

 そして実のところ、クラウスが信じられやすい理由には三人の英雄の力の残滓が影響していることも関係があるのだが、それをクラウスは知る由もなかった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

処理中です...