雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第十二話:ママという一言で出会って

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 明日は、いよいよ婚姻の儀の初日。
 正妃選びの儀から、たったの半年。
 けれど、自分もジョゼフィーネも変わったと感じる。
 
 ジョゼフィーネはよく笑うようになったし、言葉かずも増えていた。
 なにより、ディーナリアスに向ける視線が変わっている。
 それを感じるたびに、胸が暖かくなった。
 同時に、自分の中の変化にも気づくのだ。
 
 ディーナリアスは、今まで誰かを「愛しい」と感じたことがない。
 好ましいとか、良い人物だと思うことはあっても、積極的な好意をいだいたことがなかった。
 女性とベッドをともにしていてさえ「愛」とは無縁で過ごしてきている。
 けていたのではなく、本当にそういう気持ちがわからなかったのだ。
 
 ジョゼフィーネを大事に想うようになって、初めて知った。
 それまでは「愛」がどのようなものか想像もできずにいたが、彼女との関係の中で実感するようになっている。
 
(ジョゼとでなければ、愛し愛される婚姻は望めなかったやもしれぬ)
 
 ディーナリアスは、書に従い、愛し愛される婚姻を目指してはいた。
 さりとて、言葉で言うのと実際的なものとは違う。
 
 言うだけなら簡単なのだ。
 本物には成り得ない。
 それも、今だからこそ、わかる。
 
「ディーン……どうしたの?」
 
 就寝前の、ひと時。
 
 いつものようにベッドに入っているが、今日は、字引きはなし。
 体は起こしているものの、ただ寄り添っているだけだった。
 ディーナリアスが黙っているので、不思議に思っているのだろう。
 ジョゼフィーネが首をかしげて、彼を見ている。
 
 ディーナリアスは、彼女の頭を、ゆっくりと撫でた。
 薄い緑の髪に、スミレ色の瞳をしているジョゼフィーネは、たおやかに見える。
 
 変わりつつあるとはいえ、急激な変化があったわけではない。
 彼女は未だ頼りなげな雰囲気をまとっている。
 そんなジョゼフィーネが、やはり愛おしいし、守りたいと思った。
 
「緊張しておるか?」
「う……うん……大勢の前に立つなんて、初めてだし……」
「案ずるな。俺が隣にいる」
 
 婚姻の儀では、儀式そのものが終わったあと、民への「姿見せ」がある。
 明日から3日間、王宮に民が入ることが許されるのだ。
 新年の祝時の際にも似た行事があるため、ディーナリアスは慣れている。
 ただ、今回は自分が中央に立つことになるのが、いつもとは違うところだった。
 
「ど、どのくらいの人が、来るの?」
「1,2万人程度……いや、3万人ほどであろうな」
「そ、そんなに……想像つかない、よ……」
 
 ジョゼフィーネが、少し不安そうに瞳を揺らがせる。
 その瞳を見つめ、ディーナリアスは目を細めた。
 2人で民の前に立つ姿を想像する。
 ジョゼフィーネは、ぷるぷるするかもしれない。
 
「王宮の立ち見台から手を振るだけだ。回数が多いゆえ、ずっと緊張しておると疲れるぞ」
「お昼前と、お昼のあと、2回ずつ、だよね?」
「そうだ。3日間で6回もあるのだし、すぐに慣れる」
 
 立ち見台にいる2人と民との距離は、それなりに離れている。
 1人1人の顔の判別がつくかつかないか、くらいだ。
 至近距離ではないので、慣れれば緊張もほどけるだろう。
 ディーナリアスも、いつもたいして「にこやか」な演技などしていないし。
 
 ディーナリアスはジョゼフィーネの両手を自分の手のひらに乗せる。
 その手を、じっと見つめた。
 ジョゼフィーネが怪我をした時と同じ仕草だ。
 
「ジョゼ」
「……はい……」
 
 ジョゼフィーネは、本当に鋭敏な「察する」という能力を持っている。
 悪意から身を守るすべだったのだろう。
 人の放つ「雰囲気」を察して、緊張したり、危険を察知したりするのだ。
 今は、ディーナリアスの声音に、緊張している。
 
「俺は、明日、国王となる」
「はい……」
「それで何が変わるということはない。俺自身はな」
 
 ジョゼフィーネの手から、彼女の顔に視線を移した。
 瞳を見つめて言う。
 
「だが、国王とは民の平和と安寧のための存在だ。国の乱れを治めねばならぬ」
 
 ディーナリアス個人の意思とは無関係に、その責任を負うのだ。
 即位に応じた際には、自分1人の責だと思っていた。
 負うのは自分だけだという勘違いに、今さらに、気づいている。
 
 もちろんジョゼフィーネに、同じだけの責を負わせるつもりなどない。
 ただ、無関係でもいられないのが、現実なのだ。
 
「そのために、俺は……お前に、どうしても言えぬことがある」
 
 自分とリスとの関係。
 与えられる者と与える者としての役割分担。
 
 これは、たとえ「嫁」であって、口にはできない。
 ジョゼフィーネを信頼しているとかいないとかの問題ではなく、知る者を限定することに意味があるのだ。
 
「いずれ必ず話す。それまで、待っていてほしい」
 
 ジョゼフィーネは前世の記憶のこと、心を見る力のことを話してくれた。
 秘密にしておくのが心苦しかったに違いない。
 
(嫁に隠し事をするなら墓場まで……これは、とてもできそうにない)
 
 ディーナリアスだって隠し事をするのは後ろめたいのだ。
 とくにジョゼフィーネは打ち明けてくれているのに、との気持ちがあるので、なおさら罪悪感をいだいている。
 ディーナリアス個人からすれば「たいしたことではない」と思ってもいた。
 ただ「国王」としては「たいしたこと」として扱わなければならないのだ。
 
「ディーン、真面目、だね」
 
 ジョゼフィーネが、なぜか笑っている。
 ディーナリアスの隠し事について気にした様子もない。
 
「隠し事は……黙ってするもの、だよ……隠し事があるって、言わなくても」
「それはそうかもしれぬが、隠し事を持っていることが、落ち着かぬのだ」
「…………隠し子、とか、じゃない、よね……?」
「いや、違う。そういう方向ではない、隠し事だ」
「だったら、大丈夫。話してくれるまで、待つ、よ」
 
 ジョゼフィーネは、気を悪くしてもいないらしく、にっこりする。
 その笑顔に、胸が、きゅっとなった。
 彼女からの本当の信頼が得られていると感じる。
 
 ディーナリアスはジョゼフィーネを抱き寄せた。
 ぎゅっと抱きしめて、頬に頬をすりつける。
 
「俺の嫁は、なんという出来た嫁だ」
 
 言葉でも態度でも、彼女を傷つけるようなことはするまい、と心に誓った。
 ディーナリアスの頭に、改めて書の言葉が蘇る。
 
ユージーン・ガルベリーの書
第1章第2節
 
 『嫁(妻となる女または妻となった女の別称)は、いかなることがあっても守り、泣かせてはならない。また、誰よりも大事にし、常に寄り添い合い、愛し愛される関係を築く努力をすべし』
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