雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
409 / 592
第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第十話:初代とは違う三代目

しおりを挟む
「まな」

 剣を首元に突き立ててから数十秒、クラウスの服に涙や鼻水を存分に擦りつけた少女はそんなことを呟いた。
 魔物であれば、まず間違いなく抱きしめるという行為は隙を晒す行為だ。懐に入り込んだ時点で明確な魔物優位。ソレが人に寄生していたり姿を変えているのであれば変形を利用して攻撃することが出来るし、疑似餌で本体が別に居るなら懐に居る疑似餌が邪魔になる為に攻撃しやすい。
 しかし、少女は全く攻撃の素振り等なく、……涙と鼻水で服をぐちゃぐちゃにする以外の攻撃の素振り等なく、数十秒。疑似餌だとしても、それに剣を突き立てれば本体は少量の殺気位は漏らすはず、が、それもない。
 突き立てた剣の所在を何処にしようか悩み始めたところで、少女はそんなことを呟いたのだった。
 もしも涙や鼻水が猛毒でそれが本当の攻撃手段だったら恐ろしい限りだが、今のところはヒリヒリすることすらない。
 子ども特有の高い体温がこの熱帯雨林では少し暑苦しいなと感じる位のもので、一先ずこの少女そのものに危険はなさそうだと剣を下ろす。もちろん、即座に攻撃出来る準備は整えたままに。

「マナ?」
「……なまえ」

 なるほど、と思う。
 名付けたのは誰かは知らないが、英雄の子であるクラウスが出会った少女の名前がそれ・・なのは何処か意図を感じる。
 ある意味で謎に包まれたエリー叔母さんが一人で修行の旅に言い出したこと、自分自身が英雄レインに憧れていること、唯一の例外だった魔物、妖狐たまきの話を聞いていたこと、様々な要因を含めると【世界の意思】とやらがクラウスの元にソレを送り出してきてもおかしくはない。
 魔素という呼称を良く思っていないクラウスがどう出るかで、世界の意思もまた出方を変えるのかもしれない。それは間違いなく、英雄と呼ばれることになる人物を監視している。

(もしも全部勘違いだったら恥ずかしいどころの騒ぎじゃないな……)

 そんなことを思いながらも、様々な英雄達が集まる中心地である『漣』で育ったクラウスがそんな考えを持つに至らない理由は存在しなかった。
 自分は特別だ。そんな風に自惚れるつもりはないけれど、英雄達の誰しもが自分に注目のしていることは、これまでの18年間で嫌というほどに経験してきている。
 それは何処か英雄オリヴィアの子どもというだけでは足りない理由がある様な……。

(まあ、何れにせよ、ここで安易に殺せば魔王を差し向けるという脅しの様にもとれるけれど……、本当に人間の子どもだって可能性もあるわけだ)

 理由達に囲まれて育ったクラウスは一先ず空いた右手で、自分の名前をマナと呼んだ少女の頭を撫でることにした。

「ん、んぅ」

 すると、少女はくすぐったそうに目を瞑りながらもぞもぞと動く。
 その表情は何処か幸せそうで、それがまたクラウスを油断させるつもりの様にも見えてくる。
 だから、青年はもう一度名乗りを挙げることにした。

「僕はクラウスだ。よろしくな、マナ」
「ん」

 聞いているのかいないのか、マナはそのまま再び頭をこすりつける。
 その様子は本当に、ただの子どもの様だった。
 しばらくマナの様子を伺っていると、次第に体の力が抜け始めているのが分かる。
 そしてものの数秒のうちに、頭をかくんと後ろに逸らし、クラウスの右腕に全体重を預け始めた。
 今まで泣いていた影響か、疲れて眠くなってきたらしく、首も最早座っていない。

「まあ、仕方ないか。ほら、首に手を回しな」
「んんぅ」

 そのまま半開きの目でマナはクラウスの首元に手を回すと、クラウスはその尻の下に腕を回す。
 もちろん腕を回すついでに攻撃を受ける可能性があるので警戒は怠らない。左手の剣はいつでもそのか弱い腕を切り落とせる様に構えている。
 しかしやはり何も起こらず、マナはすぐにすーすーと寝息を立て始めた。疑似餌の様に、周囲の変化も何一つ無い。

「やっぱり何一つ起こらない、か」

 角の生えた少女はこうして一時、本人はその称号を受け取っているのを知らない【時雨流三代目クラウス】によって保護されることになった。
 それは圧倒的な力を誇っていた初代が勇敢な二代目を保護した時とは随分違って歪な形ではあるけれど、何も知らない三代目は、初代と同じ様にをその手で保護することとなるのだった。

「一先ず、この子の服装をなんとかしないとな。ジャガーノートの処分もしないといけないし、一先ずはサウザンソーサリスに向かおうか」

 そんなことを呟きながら、クラウスは東の方角を見る。
 少女とはまるで違う、それなりに慣れた殺意がこちらに向けて進んできているのが分かる。
 今まで散々警戒していたのだから多少遠くとも気づけたらしく、その赤い獣が木をかき分けてこちらへ走ってくるのを待つことにした。

 クラウスは強い。
 油断さえしていなければ、その力はエリーが絶対に大丈夫だと言い切れる程に。
 ずっと英雄を夢見て育ってきた英雄の子孫で、先代最強だったオリヴィアの全てを受け継いでいる。
 成長こそ遅かったものの、それは母オリーブが一般人で、エリー叔母さんの教え方が凄まじく下手だったからに他ならない。
 いつでもクラウスは戦いたがる母の肩を持つように遠慮していたし、訓練でも母を傷つけない様に無意識下で手を抜いていた。
 それが母の手から開放されるとどうなるか。

 走ってきたジャガーノートは、そのまま自分が死んだことにすら気づかず意識を闇に落としていった。
 大口を開けて走ってきたジャガーノートの口にそのまま旭丸を突き入れ、その剣先を心臓まで貫通させると、牙が抱いている少女の体に到達するよりも早く引き抜いてその身を回避する。
 もちろん、抱かれた少女はそんな事態に気づくこともなく、「んん」と軽く揺られて少し声を漏らすだけ。
 一般人でもデーモンを倒せるその技術が勇者の身体能力で活かされれば、その程度のことは、造作もないこと。

「ふう、結構時間が経ってこの一匹だけだってことは、それほど数は増えてないってことかな」

 そんなことを呟いて、一先ずゆっくりと北に向かうことにしたのだった。
 たまたま着ていたフード付きのローブでマナを包む様にして。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...