雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第八話:ツノノ少女

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 ジャガーノートの足跡を辿っていく。周囲の状況に全神経を集中させるが、特に他の魔物の気配は無い。
 こんな時にもっと対魔物の実践経験が豊富だったら良かったな、と今更な後悔も感じるけれど、今は集中を乱すわけには行かなかった。
 ジャングルの中でジャガーノートも燃える様な毛並みはとても目立つ。しかし目立つからと言っていつでもそれが見えるわけではない。あくまでここはジャングルで、死角は多い。

 クラウスは、今まで無いほどに集中していた。

「う、うぅぅ……」

 耳を澄ませていると、向かっている方向からそんな声が聞こえた。
 一聴する限りでは、少女の声。
 しかしここではまず聞くことが無い筈の声だった。
 ジャングルを北に抜けると比較的大きな街がある。グレーズ王国の中では魔法使いが多く住んでいる街で、かつて聖女が魔法書の原本の一つを置いて行ったとされる街、サウザンソーサリス。
 このジャングルは、その街の魔法使いにとって格好の修行場だ。見通しの悪い視界は探知系の魔法を鍛えるのに役に立つし、それほど強い魔物は存在しない。
 しかし魔法使いがこのジャングルの南方へと足を踏み入れることは、まず無かった。
 そもそも、北の端からクラウスが居る地点までは50km程離れている。一般人並みの体力しか無い魔法使いが、それなりに危険があるこのジャングルを、ジャガーノートがいる可能性がある南方エリアまで進んでくると言うことは、普通に考えればあり得ないと言っていい。

「なら、なんだ?」

 ジャングルに少女の擬態をする魔物が居ただろうかと思い、考えるが、候補は一つ。
 森林地帯に居るとすればドライアドだ。
 しかしそれらは動物の気配の少ない静かな森に居る筈で、今も猿や鳥がぎゃーぎゃー騒いでいるジャングルには出現しないと聞いたことがある。
 しかし、本来は死の山に五年に一度しか生まれなかったはずのデーモンロードが魔王出現前には世界各地に生まれたと言う。

「例外はいつだって存在する」

 エリー叔母さんの口癖だったその言葉を思い出す。

「警戒した方が良いな」

 もしかしたら、人間かもしれない。それなら素直に助ければ良いけれど、人間では無い可能性の方が高い。今も聞こえる嗚咽の様な声は、どう聞いてもあり得ない、一桁の年齢の少女にしか聞こえないのだから。

「うぅぅ、ぅ、うあう」

 声の主を、木の陰から伺ってみる。母やエリー叔母さんと共に訓練した隠密技術は、音の多いジャングルでは有利に働いていて、少女に見つかることは無かった。

 そう、それは正しく少女だった。
 ただ、額に小さな角があることを除けば。

「……女の子? でもあの角は……」

 それが魔物かどうかを見抜く方法は難しい。何も擬態して居ないのならば湧き上がる殺意でそれが魔物かどうかを判別することは簡単だ。
 ところが、それが疑似餌や変身、そして人間に取り付くタイプであるならば、殺意では分からない。
 少女に対して、クラウスが殺意を感じることは無かった。

「どうしたもんか……」

 それぞれの英雄パターンを考えてみる。
 レインなら、堂々と出て行って攻撃された瞬間に殺すと思う。サニィならマナを判別して、オリヴィアならば慈悲を見せる。そして心を読めるエリーなら、きっと考えるまでも無い。

「……全然参考にならないな…………」

 そのどれ一つ、クラウスには出来っこない。いや、オリヴィアの様に慈悲を見せることは出来るかもしれないけれど、その結果殺されてしまう可能性も無きにしも非ず。

 見る限りでは親に捨てられた所、ジャガーノートの母性本能をくすぐって育てられていた様にも見える。服は麻で作った様な薄汚れた一枚だけ。
 ただ、角が生えている意味がまるで分からない。

「狛の村の人々も見た目は普通の人だって聞いてるしな……」

 ここまで考えて、クラウスの考えは概ね纏まっていた。親に捨てられたのならば、このままここで放置することは出来ない。見つけてしまった以上、なんとかしなければならない。逆に魔物だったり魔物の疑似餌であるのならば、仕留めてしまわなければこの先何が起こるか分からない。
 この少女はどう見ても、エリーの言う例外だった。

「なら、……どっちにしろ殺してあげるのが最善か?」

 もしも角が変わっているだけの人ならば、その命を奪った罪を背負い続ければ良い。
「うはー、流石クラウス、容赦無いね」
 かつてエリー叔母さんに言われた、そんな一言を思い出す。
 魔物のことも、殺戮の様で良い気分では無いけれど、倒さなければならないのならば仕方ない。それはこの少女でもクラウスにとって同じで、もしも寝首を掻かれる可能性があるのなら、殺してしまった方が憂いがない。
 それが異常な考えであることを、クラウス自身は殆ど自覚して居なかった。

「ぅぅうう、ままぁ……」

 そんな、一言を聞くまでは。

「ママ、か。そんなことを言われちゃ、仕方ないな」

 比較的マザコンのクラウスには、その言葉が突き刺さる。もしも母に捨てられたらと考えれば、クラウスは平常心では居られない。もしも先程倒したジャガーノートがこの子の母であるならば、いくら正当防衛とは言え、この子を育てる義務が発生する。
 クラウスにとって、母とはそれ程の存在だった。
 父がおらず、母の過度な愛情を受けて育ち、首都の人々の冷たさに触れて育ったのだから仕方ない。
 エリー叔母さんも似たようなものだし。

 そんな風にクラウスは開き直って居たけれど、ママのたった一言で殺そうという考えが助けようにシフトしているのは、十分におかしいのかもしれない。
 何故なら、エリーはそんなことを呟いた所で、魔物なら倒してしまうのだから。

「君は、どうして泣いてるんだ?」

 一先ずクラウスは、偶然そこに居合わせたかの様に左手を挙げて言った。右手には宝剣旭丸を持って、急な襲撃にも対処出来る様に。

 ――。

「あの子は大丈夫かしら……」
「大丈夫だよ。何回言うのさ」
「だって、だって心配ですもの……」
「まあ、分からなくも無いけどね。クラウスは魔物と人の見分けが付かないから」
「ええ、あの子は多分、勇者ではないもの……」
「それでも大丈夫。オリ姉の全てを持っていったあの子が道中野垂れ死ぬなんて、万が一にもあり得ないから、ね」

 自分を信じなさい、とエリーは、相変わらず全く子離れ出来そうにない母親をあやしていた。
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