雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
406 / 592
第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第七話:素振り21万回

しおりを挟む
「184745、184746、184747、くそー、いつになったら終わるんだーはち!」

 クラウスは、ひたすら素振りをしていた。ジャングルの入口、木を斬り分けつつ、ただひたすらに素振りを続ける。
 油断一度につき素振り7万回。エリーから課された絶対の指令。
 デーモンに会った翌日、その日油断した回数は三回に増えていた。

「結局僕は、50、温室育ちの、51、御坊ちゃまだったって、52、ことか、53」

 油断していたつもりは、無いはずだった。しかし、旅を始めて蓋を開ければ、魔物の奇襲を受けること既に本日三回。
 それが一般人の母なら絶対に受けない奇襲を受けたのだから、油断して受けた奇襲だと言っても過言ではない。

「なるほど、56、サラを僕に、57、同伴させらない理由は、58、僕が頼りないからってのも、59、あるのかもな、60」

 そんなことを考えながらも、改めて母とエリーの凄まじさを思い返す。
 母は一度として魔物の奇襲を受けること無く、危険な魔物がいそうな所は避けて通り、戦わなければならない時には常に先制をとっていた。
 エリーに至っては意味不明で、「500m先にゴブリンに襲われそうな馬車がいるから助けてくる」と見えもしない弱小の魔物すら察知して逆に奇襲を仕掛けていた。
 戦闘面をそんな二人に過保護気味に育てられたクラウスの感覚が鈍くなるのは、むしろ仕方のないことかもしれない。
 二人共が、子どもの頃から今までずっと、戦闘訓練の時はべったりと張り付いていたのだ。
 それが急に一人で旅に出れば、それなりに強いことが分かってしまっているのも相まって、周囲への警戒をついつい怠ってしまう。

 そんなつもりじゃない。油断してるつもりは無かった。と自分に言い聞かせるのは簡単でも、エリーならばそれを簡単に見抜いてしまう。
「今一瞬、その花綺麗だなとか思ったよね?」
 とか、心を見抜かれた様な発言をするエリーを思い返せば、クラウスにはちゃんとしてるつもり、と言う逃げ道を作ることは出来ない。
 だから、避けようと思えば避けられたはずの魔物の奇襲は、クラウスにとって全て油断だった。
 それは少なくとも、母なら簡単に回避出来ることだったから。

 全く、危機感が薄いのは母さんが自分を好きすぎるせいで、過保護も困りものだ、なんてことを思いながらも、実際に油断したのは自分なので仕方がない。
 それに、大切な人を多く亡くした母が過保護になるのも仕方がないと言えば仕方がないことなのだ。
 何せ、一般人の母にはデーモンを超える魔物への対処そのものが難しいのだから……。
 だから母は逆にこの旅には付いてこなかったのだろう。来れば、いつかは足手まといになってしまうのだから。

「全く、子離れ出来ない母とマザコンの息子だって言われても仕方ないな、76、と言うか、エリー叔母さんも何だかんだで過保護だし、77」

 でも、と考える。
 ここまで計4回の油断をしながらも、未だに一つの傷も受けていない。こと戦闘状態にさえ入ってしまえば、クラウスに傷を付けることそのものが、ただの魔物には難しいことだった。

「そこだけは、叔母さんの地獄の特訓に感謝だ、80」

 少なくとも、勇者の一流と呼ばれるデーモン殺しはこんなにもすぐに成し遂げることが出来たのだから。
「私はドラゴンでも倒せるけどね」と豪語する叔母さんに言ったら怒られそうな低いレベルの達成感ではあるものの、初めての一人での戦いを無事無傷で済ませられたことは、ほんの少しだけ自信になった。
 ……結果が、本日三回の油断である。

 過去に油断が原因で仲間に気絶させられたことがある、とチラッとルークを見ていた叔母さんが印象的で、油断はしないと決めていたにも関わらず。

「英雄レインなんかは60km先のドラゴンに気づいたって言うし、83。聖女サニィなんかは世界の何処だって分かったらしい、84。それに比べたら僕は、85、ただの一般人に等しいな、86」

 だからこそ、戒めは大切だ。
 今は油断しても対処出来ているかもしれないが、いつ油断が命取りになるかは分からない。
 上には上がいることを、常に自覚していなければならない。
 幸いにも、身近に英雄やエリー叔母さんがいる環境は、クラウスにとって良い方向に働いていたと言える。

 魔物がこちらに来るのが分かったのだ。
 本日三回の戒めを受けてようやく。
 だからクラウスは、その魔物を一切の容赦なく切り刻んだ。
 敵ジャガーノートと言う肉食獣型の魔物だった。巨体と凶悪な姿に似合わぬ子煩悩な魔物。

「子煩悩な魔物か……、100、ごめんな、お前も子を守ろうとしただけかもしれないのに、101」

 勇者と魔物は殺し合う関係。会えばどちらも殺意を抱いてしまう。
 それは仕方ないとは言え、たった一匹の例外を除いては、過去全ての魔物が人間を滅ぼそうとしてきた。
 だからこそ、クラウスはある種の優しさとして、ジャガーノートの子どもにも止めを刺しておかなければと思い、やって来た道を辿ることにした。
 憂いは完全に断たなければ、復讐が復讐を呼ぶ。特に子煩悩なジャガーノートはそれが顕著だ。
 一匹を見つけたら、周囲の全てのジャガーノートを殺し尽くさなければ危険とされている。
 確か、サラの魔法道具を手に入れる時にレインとサニィがこのジャングルで一度魔法でぱぱっと全滅させたと聞いたが、もうあれから20年以上。再び生まれているのだろう。
 それならば、このジャングルのジャガーノートをもう一度掃討というのが、今クラウスに課せられた使命となる。
 英雄への第一歩と言えば聞こえは良いかもしれないが、やることはただの殺戮。

「レインは殺しに抵抗感が無かったらしいし、115、サニィも故郷を滅ぼされてる。良い気はしないってのは僕が温い環境で育ちすぎなんだろうな……、116」

 相手が子煩悩の魔物でさえなければそんなことすら考えなかったかもしれないのにと思いつつ、あまり良い気はしないながら、その巣へと向かうのだった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...